煙と糸
"ここにいた"という自分だけの記憶ばかりがどんどん増えていく。ひとりで外へ出て、誰とも会わず帰路につく。そんな記憶は、他の誰にも知る余地のないものだ。厳密に言えば、私を知らない誰かが、近くの木に止まっていた鳥が、横切る風が、私という実体を目撃したのかもしれない。けれど、きっと見ず知らずの私を憶える人やものはいないだろう。だって自分の記憶さえも曖昧なものだから。私はそこにいたけれど、"いなかったかもしれない"と思えば、そこにいた現実はすぐに揺らいでしまう。掴む事のできない、煙みたいなもの。
そんな曖昧な記憶で、この二年ほどが紡がれている。誰かに会うことや街に出かけることがなによりも特別で難しいことになってしまった。身体を壊したのもあり、誰かと会うこと それ自体が、大きな叶わない夢のように感じる。誰も私のことを知らないし、私ももう誰のことも知らない。これまで繋がっていた、数少ない人との糸が みるみる細くなっていくのを、じっと見届ける。最近はそんな日々だ。細くなっていく糸と引き換えに、どこか見えない場所で、新しい糸が紡がれたりしていることを想像する、それだけが 小さな救い。
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