『魔女り狩(まじょりか)』第三話
暗くなった町の塀から塀を渡り歩き、レイは猫のように地面に着地した。
「ここか」
レイの手には、リカのスマホが握られていた。
『北第三公園まで一人で来い。でないと女は殺す』
メモ帳アプリに表示された画面を消すと、レイは薄暗い公園へと突入した。
林に囲まれた自然公園風の広場には、周囲からの目が届かない。
レイは臆することなく、パーカーのポケットに手を突っ込んだまま進む。
その先、街灯に照らされた広場に、鬱ノ木がいた。
「僕の家、この公園の近くなんだけどさ。毎晩ここに不良が集まってはバカ騒ぎするもんだから、ウンザリしてたんだよね」
鬱ノ木の声が言う。
公園広場には、二十人弱の不良たちが倒れていた。
口からは泡を垂らして白目を剥き、胸や首、頭を掻きむしったような姿で死んでいる。
周囲を見回したレイは、鬱ノ木をにらんだ。
「そんな理由で、これだけの人数を殺したのか」
「まあね。もうじき自分という存在が終わるんだって分かってると、そういう常識とか規範とか、どうでもよくなっちゃうもんだよ」
鬱ノ木は薄ら笑いを浮かべながら、不良の死体を足蹴にした。
「それに、近隣の人はなんだかんだ喜ぶんじゃないかな? 周りの大人が言っても聞かない連中だ。こういうのって、死ななきゃ治らないんだよ」
「アンタの性根は一度死んだぐらいじゃ治らないようね」
「じゃあ、もう一度殺すかい? 魔女さん」
「今度は蘇らないように、念入りにね」
レイはパーカーのポケットからナイフを引き抜いた。
「コワいなぁ、その手慣れた感じ。もう何十人も殺ってきてるって感じじゃん。きっと僕がまた殺り合ったところで、勝てないんだろうなぁ」
わざとらしく言いながら、鬱ノ木は不良から奪ったバタフライナイフを握りしめた。
「動くな」
鬱ノ木は、背後のベンチに寝かしつけてあるリカにナイフを突きつけた。
レイの眉がぴくりと動く。
歩くその足が止まる。
「そう、それでいい。学校でわざわざ姿を晒したのは、贄村さんから疑いの目を逸らすためなんだろう? そうまでして助けた彼女を、みすみす見捨てるなんてできないよね」
鬱ノ木は、左手でリカにナイフを突きつけたまま、右手をレイに向けた。
「死ね」
鬱ノ木は、蛇口を閉めるようなしぐさで、レイの血流を操作しようと試みる。
「……っ!」
レイは自らの胸を苦し気に押さえた。
しかし、倒れはしない。
(人質さえいなければ……)
額から汗を垂らしながら、レイはジッと鬱ノ木をにらみつけている。
「あー、やっぱり僕の能力、効いてないんだ。いや、効いてはいるけど応急処置が間に合ってるって感じかな」
鬱ノ木は、「ギギ……」と音が出そうなほど力を込めて、存在しない蛇口を握りしめている。
「思うに、君の『力』は喰らった能力のコピー、あるいはストックだ。それも、怪人の能力限定でね。それなら、君が死ななかったことにも、君が僕を誰か他者の能力を使って瞬殺しなかったことにも、説明がつく」
「……」
「図星か。君、クールに見えて顔に出るタイプだね」
鬱ノ木は、レイに向けていた手を下ろした。
「じゃあ、こうしてみたらどうかな」
今度はリカに右手を向け、血流の操作を試みる。
「やめろ!」
「やめない。彼女を死なせたくなかったら、君が相殺するしかない」
「ちっ!」
レイは自分に向けて行っていた血流操作をリカに向けた。
鬱ノ木とレイ、それぞれがリカに手を向けて蛇口をそれぞれ逆方向に捻ろうとするかのように力を込めている。
「うっ……!」
気絶していたリカ、苦しそうに胸を押さえてもがく。
しかし、鬱ノ木は構わずに能力を使い続ける。
「はは、やっぱりね。僕らのことを怪人だ何だと呼ぶくせに、その力をパクるのかよ。許せないなぁ」
その時、レイの周囲でブツンと、大電力に機械を繋いだかのような音がした。
近くの林でカラスが鳴き、一斉に飛び立つ。
「うぅ、あぁ……」
不良たちの死体が、起き上がる。
その様子を横目に見やるレイの額に、冷や汗がつたう。
「やはり、死体を使役できる怪人が他に……」
「ご名答。僕は意識を残してもらえてるけど、こいつらはどうかな」
不良たちの死体は、意思の無い顔でレイの方を見ると、一斉に懐から武器を取り出した。
「ほらほら、能力に集中しないと贄村さんが死んじゃうよ。能力なしで、こいつらを始末しなくちゃね」
「やめて……」
「ん?」
リカが胸を押さえながら、ベンチから起き上がった。
「もうやめて、鬱ノ木くん……これ以上ひどいことは……っ」
鬱ノ木は、ちらとリカの方を目だけで振り返ると、興ざめした顔になった。
「なんだ、今頃気付いたのかい、贄村さん? 最後まで都合の良いマヌケでいて欲しかったんだけどな」
「……!」
鬱ノ木の口ぶりに、リカはショックを受けた表情。
「ほら、やっちゃえ不良ども。能力に集中してる今なら、楽勝だろ?」
「うぁぁぁぁ!」
不良たちの死体が、唸り声をあげながらレイに殺到する。
「っ!」
リカは、思わず目を逸らした。
一方で鬱ノ木は、うっとりとレイが不良たちの波に飲み込まれていくのを見つめている。
「正直、僕を殺しやがった君には、この手で直接トドメを刺したかったんだけどね。高みの見物が僕には合ってるよ」
鬱ノ木は、ゆっくりとリカの方を振り返った。
「あとは君を始末するだけだ、贄村さん」
「鬱ノ木くん……」
鬱ノ木は、じりじりとリカの方へと歩み寄る。
「本当、君には笑わせてもらったよ。僕の血流操作で感情をいじくられた操り人形、イジメの原因になった僕相手に胸なんかときめかせて、馬鹿みたいだったよ、贄村さん」
「ち、違う……私は」
何かを言おうとしたリカの首を、鬱ノ木が掴んだ。
「何も違わないさ。いまさら何を言おうが、マヌケの負け惜しみだ」
「違う。私は……」
リカは一瞬ためらった後、言った。
「鬱ノ木くんのことが、好きだったの。クラスがいじめで変になる、ずっと前から」
「……」
鬱ノ木は一瞬目を丸くした。
しかし次の瞬間には目に憎悪をたぎらせてリカの首を掴んだ。
「助かりたいからって変なウソ吐くなよ、気持ち悪い」
「本当だよ。鬱ノ木くん、一年生のころ図書委員でずっと一緒だったでしょ? 頭は良いのにどこか寂しそうで、私たちクラスの人とは別のところをいつも見てて……いつの間にか、気になってた」
リカの表情に嘘偽りはない。
そのことが、鬱ノ木の心を一瞬乱した。
しかし、その困惑を噛みつぶすように、鬱ノ木は顔に無表情を浮かべた。
「……あ、そう。僕は君のことなんて眼中にはなかったけどね、贄村さん」
そして、その細い首を両手で掴んだ。
「僕が好きだって言うなら、もう長くないこの身体と一緒に死んでくれよ。好きならできるだろ、それぐらいさぁ」
「うっ……!」」
ギリギリと、鬱ノ木の手がリカの首を締め上げる。
その時だった。
「見苦しいぞ、怪人」
「なに?」
骨の折れるバキッという音とともに、不良たちの死体がいくつも吹き飛んだ。
その人だまりの中心から、マチェーテ(幅広の山刀)を持ったレイが立ち上がる。
「どうして生きている……能力は封じたはずなのに」
「お前は勘違いしている、怪人」
レイのスカートの裾から、もう一振りのマチェーテが滑り落ちた。
それをレイが右手で掴み取り勢いよく振ると、背後から迫っていた不良の頭部が弾け飛んだ。
鬱ノ木は、辺りに倒れる不良たちの死体を見回した。
「まさか、能力抜きでこいつらを斃したって言うのか」
「『力』を持っているだけが、魔女じゃない。それを扱うだけの厳しい訓練と実戦を乗り越えた一握りの魔法少女だけが、魔女を名乗ることができる」
レイは、鬱ノ木の方へと歩み寄る。
「く、来るな! こいつがどうなっても……」
そう言って再びリカに能力を使おうとする。
しかし一瞬リカと目が合い、鬱ノ木の動きが硬直する。
「遅い」
その隙にレイがマチェーテを振り、鬱ノ木の右手首を切断した。
「…………ァッ!?」
声にならない叫び声をあげる鬱ノ木を引き倒し、レイがマチェーテを振り上げる。
「やめ……っ!」
リカが止めに入ろうとしたが、それを鬱ノ木が目で制する。
「鬱ノ木くん……」
次の瞬間、マチェーテが鬱ノ木の首を刎ね飛ばした。
鬱ノ木の首は勢いよく飛び、公園の地面を転がった。
「これで、もう二度と動かない」
レイはマチェーテを握りしめたまま、リカの方を振り返る。
「もうじき警察がここにくる。話は通してあるから、適当に話を合わせて」
レイは短く告げると、パーカーのフードを目深にかぶった。
「待って!」
リカはその後を追って手を伸ばした。
透明になったレイは、その手をかわし、すれ違うように逃れようとする。
しかし。
「待ってって、言ってるでしょ!」
リカの手が、レイの手首を掴んだ。
「なっ……? どうして私を認識して……」
まぐれ当たりじゃないことは、リカの目を見れば分かる。
レイは、目を丸くした。
(まさかこの子、魔女の才能が? この一件で覚醒を……?)
強い意志を目に宿したリカを、レイは呆然と見つめていた。
つづく。
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