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だって日記は、書く人だけのものだから/移民局に出頭した(6/3)

24時間悩みに悩みまくった末、結論から言うと「分からない」なのだが、ひとまず「分からない」状態も現実として残しておくことにした。

毎日日記を書くと決めると、実際には「今日は本当に疲れている」とか「悲しいことや嫌なことがあって、とても日記なんて書いてる気分じゃない」という時がある。これまでにも、そんな日はあった。

そういう時は「何か書き出せば気分が乗るかも知れない。書く前から諦めるなよ、世武。とりあえず、やろう!」と自分を鼓舞して、一縷の望みで書き始めるようにしてきた。最後の一行までずっと苦痛に満ちた状態で文章を書いた日は、結果的に一度もなかったと思う。

たまに、同じようにブログとか日記を書いている人たちから聞かれる。

「世武さんと会って話して感じたこと、自分の日記で書いても良いですか?」

私はいつも答える。
「日記に何を書くか、私の許可なんて必要ないよ。だって、あなたの日記はあなただけのものだから」

色々な価値観や危機管理の具合は人それぞれだけれども、私はこの自分のスタンスを結構明確に「良し」としている。ごく稀に特殊な理由で触れて欲しくないことがあったら、その点は会話の中で伝えているし、そもそも私が親しくしている人たちは品が良い。要するにモラルが高い。

近年で最もヘヴィーな24時間の中に、よりにもよってフランスで滞在許可証を取得するための一大イベントが入っていて、移民局に出頭した。試練はいつだって玉突き事故みたいな形でやってくる。

精神的にヘトヘトになりながら、絶対に睡眠だけは確保しようと気合いを入れすぎたせいで、遅刻する夢を何度も見た。
頑張って目を開けては寝落ち、また目を開けては寝落ちてしまう。これを繰り返している最中に「もしかしたら夢かも知れない。私はまだ遅刻してないかもしれない!」と思って、次に目が開いた瞬間すかさず時計を見ると「 5 : 38 」だった。この時の私の安堵感は、簡単に言葉にするにはあまりに勿体ないくらいの価値があった。

移民局に行くまでの道も、日記のこと、自分の仕事のこと、権利やモノづくりのことに何度も気を取られながら、今日の試験のことになるべく集中した。

早めに到着するとすでに何人かの黒人が並んでいた。
申請者の8割はアフリカからの黒人だったのではないだろうか。残り1.8割がアラブ系の人たちだったと思う。今日の午後は、そんな感じで総勢50人ほどが集まっていた。

いつかの日記でも書いたが、私は読み書きが苦手なタイプだ。主に読み解き系の設問で迷って答えた2つが間違っていたのだが(情けない!)、そのあとの面接でコケティッシュにおどけてみせたり、「こなれ感」を言葉の節々に演出したためか、普段通りの「とは言っても、君フランス語のレベルは全く問題ないね!じゃあ、この2点は僕がオマケしとくよ」を引き出すことに成功。
如何にも"フレンドリー"な雰囲気で談笑をしたご褒美は、語学研修の免除と面接官のウインクだった。

最終的に語学研修を免除されたのは5人。その中にイラン人の婦人がいて、彼女には「あなたは若いんだから、これからのこと考えてフランス人に帰化なさいね。私みたいに40年もフランスに住んでいるのに、今だに移民局で小学生みたいにテスト受けさせられるわよ!」と懇々と話してくれた。
息子さんがビデオアーティストなんだと言って、自慢げにメッセージのやり取りを見せてくれたり、渡仏してからの人生の軌跡を話して聞かせてくれた。
最後には、何があるか分からないじゃない?と言いながら、連絡先を息子に渡したいからと、私の名刺を丁寧にポーチにしまっていた。

すっかり閉館時間が近づいて、最後まで待たされた5人がついに呼び出される。その最初の一人がイラン人の婦人だった。

「ああ、早く良い煙草を吸いながら、本物のミントティーが飲みたいわ。もう、あなたと会わないかも知れないわね。素敵な美しい日本のお嬢さん、今日はありがとう。元気で頑張ってね。良かったら息子に連絡してね。」
と、カトリーヌ・ドヌーヴが乗り移ったみたいに優雅に、扉の向こうに消えていった。私は彼女のすぐ後ろの席だったが、ニットのカーディガンのタグが"Jus d'Orange Paris ( オレンジジュース パリ)" だったことは、これからもたまに思い出すと思う。

あとは、誰が最後の一人か!というのを、私と、残った3人のアフリカ人とでわちゃわちゃ話していたが、婦人の次に呼ばれたのは私だった。

「幸運を祈る!」と言いながら、部屋を後にする。

フランス大使館の時よりもよっぽどフレンドリーな職員さんに証明書を発行してもらい、ようやく移民局から解放された頃には17時半もすぎていた。

帰宅してから、パリの警察や、労働番号や、社会保障加入や、まだまだたんまりあるはずなのに全く全貌が見えない魔物たちとパソコンで格闘しながら、今日中に提出しなければならない楽曲を仕上げ、またこうして日記を書いている。

私の仕事は、本当に自由な文章が書けない。
もしかしたらどんな仕事をしている人だって同じなのかも知れないが。
正解がわからない。
もう何も書かないことの方がいっそ自分にとってプラスかも知れない。

でも、合ってても間違ってても、やり切ったと清々しいところまではやりたいじゃない?
自分がやっぱり間違っていて、怪我をしても、それは自分が納得するまでやって分かった間違いなんだから、きっと良い。

100%の自由がないからと全部放り投げてしまうより、100%に自分の自由を近づけていけば良いのかなと思う。100%の自由が幸せかどうかも分からないしね。


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