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100万のローンを組まされた話

兄は自分の価値を高めるために私を利用することが多々あった。

自分の劣等感をカバーするには自分より下の人間を作ることが1番簡単で満足できる方法だからだ。

ある時、兄に「俺の友だちがエステの練習相手を探してんだけど、お前行ってこいよ」と命令された。

エステなんて1ミリも興味なかったが、命令されたのだから拒否権なんてない。

断れば「俺の顔に泥を塗った」と憤慨して怒鳴られるか、殴られる事を分かっていたから、いつものように「いいよ」と答えた。

兄は満足そうに女友だちに「OK」と返事をしていた。

当日は1時間ほど練習相手をして、さっさと帰ればいいと思っていた。

薄暗いビルの一室。

「兄に言われて来たんですけど」と伝えると異様にテンションの高い女が1人現れた。

「今日はありがと〜!遠くまでごめんね〜!」

そのテンションの高さに私は引いていたが、とりあえず終わらせようと作り笑いで返事をした。

いくつか個室がある部屋に通され、待っているとバスローブを着たお客のような女子が数人、部屋を出入りしていた。

ギャルが多いな…

「ここのお客さん若い子多いんだよー!大学生とかばっかり!」とテンションの高い兄の女友だちが世間話をしつつ、カウンセリングをスタートさせた。

「今学生さん?」
「はい、短大1年生です」
「そっか〜今時みんなエステしてるから興味あるでしょ〜?」
「はぁ…そうですね」
「ここにきてる子たちも皆学生さんでね、自分でローンを組んでるんだよ!」

この時点で「おや?」と思ったそこのアナタ、正解です。

この会話は今でこそマルチ商法の導入部分だが、そんな事知る由もないTHE・世間知らずの私は危機管理能力どこに置いてきたんだ?と思われるレベルで「へー」だとか「ほー」とか言いながら適当に話を聞いていた。

いつ練習するんだろ、話長いなーとか考えていると「じゃあここからはこの人が説明するね!」とメンバーチェンジされた。

おいおい、お姉さんはどこ行くんだ?

私はエステの練習台じゃないのか?

私の困惑を他所に交代した女性が会話をスタートさせる。

「〜でね、このプランで契約すると、こんなにお得なの!」的な事を言いながらポンポン会話を進めていく。

あれ?私契約する事になってる??

この辺りで不安を感じ、契約はしないとやんわり伝えてると、にこやかだった女性の表情筋がスンッと動かなくなった。

その場を離れることも出来ず、帰さないという女性の固い決意だけを受け取りながらまた1から説明がスタートされた。

さっきと違うのは女性の目が死んでいることと、隣に兄の友だちが戻ってきて増えたことだ。

壊れた機械みたいに同じことを淡々と繰り返す2人の女性、そして圧をかけられながら帰りたいと思う私の攻防戦が始まるが、結果からいうと契約させられてた。

断りきれなかったのだ。

それというのも「兄の友だち」がいたからに他ならない。

兄の友だちに不快な思いをさせたら、私にどんな罰が待っているか分からないという恐怖心から断れなかった。

契約したくない

兄から殴られる

でも100万なんて払えない

でも断ったらなじられて、殴られる

女性2人のトークスキルより、内面の攻防戦が激しさを増し、結果負けてサインをしていた。

ストレスが半端ない。

契約をしたことで無事?その場から解放された私は頭の中で「契約」「100万円」「どうしよう」と顔面蒼白で考えていた。

18歳の私にローンとはいえ100万円なんて金額が払えるわけなくて、でもこの人は兄の友だちで、支払いができなかったら兄に恥をかかせた事になって、殴られる。

負のループを延々と繰り返していた。

家に着いても誰にも言えず、契約書を見てひたすらに考えた。

クーリングオフってどうやるんだろう?

でも契約を破棄したのがバレたら殴られるんじゃないかな?

そもそもどうやって100万円作ろう?

1人部屋で考えていると母が帰宅した。

「どうしたの」

私の顔を見るなり血相を変えた母に詰め寄られる

「ひ、ひゃくまん、契約…させられた」

母に言うのも正直勇気がいる事だった。

母に言う=チクった

これで私は何度となく報復として殴られているからだ

殴られるのも、無意味に100万円支払うのも、どっちも苦痛だったが、背に腹はかえられぬと母に伝えた。

私の部屋から物凄い勢いで出ていた母が、兄の部屋に向かう

兄の部屋から怒号が飛び交う

「あんた!100万の契約ってなに!?妹に何させてるの!!」
「何のことだよ!しらねぇよ!!」

もうその声だけで卒倒しそうだった。

ああ、確実に明日…殴られる。

この時までも私は自分が詐欺被害にあって100万円を支払う契約をさせられた事より、殴られることを心配していた。

翌日、勇気を出してクリーリングオフをすることをエステのお姉さんたちに伝えた。

「かーそうなんですかー」とガチャ切りされたけど、クーリングオフは受け入れてもらえた。

兄はといえば謝るどころか「わりぃな、アイツとはそんな仲良くなかったんだけどさ、断れなくてよ。他の奴らに聞いたら色んな人騙してその金で良い生活してるんだってさ」と悪びれもなく、べらべらと喋っていなくなった。

そもそもたいして仲良くない人間に妹に紹介するってどういうことだ。

友だちって言ったじゃんか…。

諸々頭を駆け巡ったけど、殴られずに100万支払わなくて良くなったので黙って言葉を飲み込んだ。

人を騙すのは何も他人ばかりじゃない。

身内も充分危険な存在なんだと知ることができた。

この経験から私は、今でも他人に心を開けないでいる。

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