渾然誘拐狂騒曲
モーニングコーヒーを飲みつつキューバ葉巻を燻らせていると、事務所に依頼人がやってきた。
黒いキートンのスーツを着た若い男。名刺には大層な肩書き。
「殺しの依頼を」
「事情を聞きましょう」
「ゴロツキが10人ばかし、娘を誘拐した」
「そいつらを殺せと?」
「いや、殺してほしいのは娘の方だ。……私には婚約者がいてね。お互いにこれが初婚となる」
私は顎髭を撫でて溜息をつき、そばの壁掛け棚に触れた。
棚の下半分が展開し、拳銃とナイフを納めた隠し収納が現れる。
「つまり、あれかね。あなたは非嫡の娘を殺してゴロツキに罪を押し付け、自分は素知らぬ顔で婚約者との結婚を進めようと?」
「その通り。式は来週だ、それまでに頼む」
男は小切手をテーブルに置いた。金額欄は白紙。
「好きな額を書きたまえ。それが報酬だ」
私はもう一度溜め息をつき、小切手を受け取った。
◇
「――というわけなんだがね」
その日の昼前、放棄された埃っぽい廃ビル。
私は正面からそこに乗り込み、『誘拐犯』と顔を合わせていた。
「ロクでもねぇオヤジだな」
「許せねぇッ! あのクソ野郎ッ!」
顔に入れ墨を入れた男たちの横で、金髪を逆立てたパンク風の女が叫ぶ。
彼女が依頼人の娘で、入れ墨男らはその悪い仲間といったところ。
案の定、実情は依頼主の説明とはだいぶ食い違っているようだった。
「さて、諸君。聞いてくれたまえ」
私は帽子を脱ぎ、その場に座った。
「第一に、我々は利害を共有している。お嬢さん、お父上は君を殺す気だ。バッドボーイ諸君、君たちはその罪を被せられて、やはり殺されるだろう。かくいう私はプライドと信用の危機だ。殺し屋といっても、金さえ積めばどんな汚れ仕事もする奴だとは思われたくない」
「なるほど」
「そこで提案だ」
私は続けた。
「来週の結婚式の前に、我々で彼を誘拐しよう。彼には身代金として、己の不実の代償を支払ってもらう」
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