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【感想】劇場版仮面ライダー剣 MISSING ACE

 配信で『劇場版仮面ライダー剣 MISSING ACE』を見た。
 剣崎が最後の一人のアンデッド・始を封印し、無事にバトルファイトが終了していた世界線のお話である。『龍騎』のとき同様、エンディングの先取りといったところだろうか。冒頭、息をするだけで溺れてしまいそうな雨の中、ジョーカーとブレイドは剣を交えている。一騎打ちに勝利し、ジョーカーを封印する剣崎の額や腕からは赤い血がしたたり落ちる。まるで、彼が緑の血を流したTV最終回との対比のようにも見える。完全なる分岐、ifの世界という感じだ。


「仮面ライダー」という「仕事」が終了したことにより、新たな道を歩もうとしている各々。剣崎は転職、睦月は就活中で、橘さんだけが今もアンデッド絡みから抜け出せずにいるのはもはやサガであるなあ。栞は結婚(しかも国際婚!)しようとしているが、いつもみんなから「広瀬さん」と呼ばれていた彼女がとうとう「広瀬」でなくなってしまう、というのは一番わかりやすい変化と別離かもしれない。
 ノンフィクション本が売れて左団扇の虎太郎はこれ見よがしに高級スーツを身にまとい、昼から高級レストランで高級ワインに舌鼓を打っているが(大皿からダイレクトに食ってついでに食べこぼす剣崎が最高に剣崎っぽい)、公園で剣崎とふたりオロナミンCを傾ける姿は残念ながら(?)以前の彼そのものだ。虎太郎についてはどちらかというとおだてられて調子に乗った、という表現の方が正しいか。剣崎達と行動する中で次第に服装がラフになっていき、しまいには路上で牛乳を一気飲みしている。仮初めの栄華に酔っていたのが、ばっちり正気に戻った瞬間である。

 とはいえ、アンデッドを追ってひたすら戦いを続けるような日々は、果たして「正気」と言えるのか。
 劇中、剣崎は「仮面ライダーとしてアンデッドと戦っていた頃が一番幸せだった」と零す。自分の志望動機に沿った充実した仕事、頼れる先輩と同僚、新たな友人と後輩。確かにこの職業は、「人間を守りたい」と願う剣崎にとっては天職であったろう。
 しかし睦月は今でもライダーであった頃の感覚が抜けきらず、社会復帰に苦労しているという。「普通のサラリーマンに憧れている」と面接で述べ、「普通に暮らしたい」と願う睦月。嫁いでいく栞もまた、「普通のお嫁さん」になるのだと言う。仮面ライダーとアンデッドにまつわる一連の出来事は、やはり世間一般の尺度からすれば到底「普通」とは言えない。イレギュラーで、アブノーマルである。
 その命がけで特異な環境を、剣崎は「幸せだった」と言えてしまうのだ。人間を守るために戦う彼は紛れもなく正気だが、その献身ぶりは少々やりすぎのきらいもある。終盤、もう一人のジョーカーによって封印された天音を救うため、剣崎と始は古代のレリーフのもとへやってくる。外で暴れている大いなる化け物を倒すためには、その命の源を断てばよい。今は天音がカードに閉じ込められ、その源となっているが、誰かほかの人間が身代わりとなってカードに入り、そのうえで殺されればよいのだ。――吹き付ける嵐の中、始の視線に促されるようにして、剣崎は自らレリーフの前に立つ。あまりにも短い逡巡である。
 結局、すんでのところで始は剣崎を押しのけ、自ら天音の身代わりとなる道を選ぶ。これは完全な妄想だが、生贄に捧げなければならないのは「人間の命」とのことだったので、人間である剣崎を使ってカードの入り口を開き、ちゃっかり自分がそこへ侵入を果たした、などという理由なのかもしれない。ともあれ、剣崎は始に再びの眠りを与える。前回は封印しただけだったが、今回は剣で貫く必殺の一撃である。神様もむごいことをなさると思う一方、やはり始の決着は剣崎がつけてやらねば、と納得する自分もいる。
 幸いなのはこの世界線では思ったより始と剣崎の関係がドライそうなことだ。川辺で倒れていた始は顔を上げ、「剣崎」ではなく「ブレイド」と呟く。ブレイド=剣崎も剣崎で、大声で名前を呼ばわりながら駆け寄った割には特に始の心配などせず、「さっさと立て」とばかりに引っ張り上げてバイクにまたがらせている。これはこれでさっぱりしてよいものだ。だからこそ剣崎はジョーカーを封印できたのだろうし、始も剣崎を利用して天音を助けようとしたのだろう。


 橘さんによって運用されていた、3人組の後輩ズについて。さきに『ディケイド』で対面してはいたが、改めて戦い方をまじまじと見ることが出来た。スラッシュしたカードの図案が浮かび上がり、それを武器の刃先についっとひっかけるように吸収する仕草がなんともいえずよい。近・中・遠距離にそれぞれ対応した武器もバランスがよく、そして3人のコンビネーションは息ぴったりだ。無尽蔵に湧き出すアンデッドやローチたちを手際よく倒していく姿はかなり戦い慣れしている様子でもある。
 慎と夏美は二人で占いをひやかすほど仲が良い。慎の方では夏美を憎からず思っているようだが、当の夏美は飄々としたもので、もう一人の仲間・純一について占ってもらおうとしている。その純一は、街頭募金を見かけるやいなや募金箱をさっと奪い取り、自らも声を張り上げてさらなる募金を呼びかけるようなタイプの人物だ。最後には自分の財布を丸ごと置いてその場を立ち去っている。剣崎とはまた違ったタイプの過剰善人ムーブである(なにせ剣崎には金が無いので……)。
 クラブのキング(嶋さん!)を封印したことによりもう一人のジョーカーに襲われた慎と、その慎および駆けつけた純一からキングのカードセットを盗み、殺された夏美。二人の遺したダイイングメッセージ「4」「J」は、真犯人のイニシャルを示している。……仲間たちとの阿吽の呼吸は、カードを集め天音を捕らえるという仕事を効率よく進めていくための手段にすぎなかったのか。善人めいた振る舞いは、正体を見破られないための演技であったのか。
 太古から受け継がれし大いなる力・フォーティーンと一つになって、純一=アルビノジョーカーはブレイドたちに襲い掛かる。何かの力と同一化して戦う、という点に於いて、アルビノジョーカーの姿はとても『剣』的である。
「俺たちと、始の力で」フォーティーンを倒そうと、橘さんたちを鼓舞する剣崎。始が自らの命を犠牲にしたことにより、フォーティーンはかなり弱体化しているはずである。だがその状態であっても、レンゲルやジャックフォームのギャレンでは大物相手に歯が立たない。そこで満を持して、ブレイドは13体のアンデッドと融合したキングフォームの姿になる。かたや命の供給を断たれた古代の力、かたや封印したてのアンデッドたちを従えた王の力。金色の一閃がフォーティーンを縦に引き裂き、戦いはブレイドたちの勝利に終わるのであった。


 橘さんのハイテク研究所はどうなったのか、栞の結婚はご破算にならなかったのか、諸々気になりつつも、物語は天音の誕生パーティーで幕を閉じる。始が消えても何事もなかったかのように続く日常を受け入れられず、寂しさをずっと引きずっていた天音。外見的にも性格的にも一番大きく変わったように見えて、実は何一つ幼いころと変われていなかったのが彼女だろう。
 今回の一時的な復活でも、天音は直接始を見たり、話したりすることはできなかった。だが、思い出のペンダントを握り締める彼女は、もう道をたがえることはないはずだ。まるで4年前に戻ったみたいなハカランダの中で、今度こそ天音はしっかり成長し、変化している。


 余談。
 さきに述べたように『ディケイド』を先に見てしまっているので、なんだか答え合わせのような感慨深さを抱きながらの鑑賞となった。海東の兄ちゃんがおもむろにプールで泳いでいたのは本作で栞が泳いでいたことのオマージュなのか!? みたいな……。
『剣』のパラレルワールドである『MISSING ACE』、そのリマジが『ディエンドの世界』であることを考えると、海東の故郷はまるで孫コピーのようなあやふやさだ。彼が各世界の象徴たる「お宝」を盗んで回っていたのも、なんだか「お宝」の力で自分という存在・自分の帰る世界を補強するためのように思えてくる。他人の輝きをいくら集めたところで、それは自分の輝きにはなりえないというのになあ。

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