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【小説】原始人的生活


原始人になったつもりで生活してみることにする。

原始人になったつもりになれば、この現代社会、なんでも楽しいだろう。この案を実行するために、仕事もやめたぞ。
今から僕は、古代からタイムトラベルしてきた原始人だ。そう決めた。

この世界は、厳しい。これからこの世界を生きぬいていかねばならない。
そのためには、水源の確保だ。おや、ここに蛇口があるぞ、そーれ、蛇口をひとひねり。蛇口から水が出てきたぞ。しめた!

「ウォー」

僕は喜びに打ち震え、声をあげた!

さて、水源の確保はできたぞ。
つぎは、住む場所の確保だ。というか、どうやら、ここは建物みたいだぞ。ここを住む場所にしよう。おや、ほかの部屋にベッドがあるぞ。ここで寝るとしよう!
そうしたら、そうしたら、あとは食べ物に決まっている。なんせもといたところでは、朝起きて、日が暮れるまでは食べられるものを探しながら、友達と遊んだりする毎日だったからな。
今日から僕の仕事は、食べ物を探すことだ。
よーし、探すぞー。
どうやらこの家には、いくらか食べ物があるようだった。
ようし、食べるぞー。
冷蔵庫の中を開けて、色々なものを食べたぞ。
トマト、キャベツ、きゅうり。
そこで僕は、肉がないことに気がついた。

「肉がない」

そうしたら、人間、狩りに行くものに決まっている。

「ウォー」

オレは、狩りにいくぞー!
オレはアパートのドアを開けた。
すると、男の叫び声が聞こえた。

「うわっ」

ちょうど隣から出てきた隣人のようだった。

「ちょっと、裸で、何をしているんですか?」

オレは原始人だ。この時代の言葉はわからない。

「ウォォ」

「狂っている!警察を呼びますよ?」

オレはこの男に、オレが原始人であることを説明した。
うるさくいわれるのも嫌なので、結局、部屋にあったバスタオルを腰に巻き、恥部を隠した。
そして、オレはまた駆け出した。
途中、何度か外れかけたバスタオルを直しながら、たどり着いたのは、スーパーマーケットだ。

「ウォォォ」

奇異の視線を浴びながら、オレは肉売り場に向かった。
肉売り場では、様々な種類の肉があった。豚肉、牛肉、鶏肉。それらの色々な部位が並んでいる。血抜きも解体もしなくていいとは、なんて便利なんだ!
オレは手に持っている買い物かごに次々と肉を入れていった。

「ウォォー」

オレは、未だかつてこんな量の肉を食べたことがない!今日は宴だ!狩りを終えたオレは走って家に帰ろうとした。しかし、止められた。

「ちょっと!お客さん!ダメですよ」

どうやら、ここのものを取って出るには「お金」というものが必要で、それと交換しなければならないらしい。オレは大人しくレジに並んで、家から手に持ってきていたこの「スマートフォン」とやらで、バーコード決済を完了した。
それからオレは急いで家へと帰った。日が暮れたら、厄介だ。外れそうになったバスタオルを直しながら、オレは家へと帰ってきた。

「今回の収穫だー」

オレはテーブルに買ってきた肉を並べた。
肉は柔らかい板に乗っており、何やら透明で薄いものがかぶさっている。こいつを剥がさないといけないみたいだ。オレは豪快にその透明で薄いものを剥いだ。それはもうビリッバリッと豪快に。
そうしたらガスコンロを点火だ。これもクルッと豪快に、と思ったが......

「枝がないぞ」

そうだ。肉を焼くための枝がないことにオレは気がついた。日が暮れる前に、急いで探さなければ。
オレは近くの公園に向かう事にした。
バスタオルを巻いて、いざ出発だ。

扉を開けて、今度は人がいなかった。よし、余計な時間を取られることもない。
階段をドシドシ音を立てながら降りて、住宅街の道路に出る。当然、急いでいるので、走る。
元いたところでは地面は砂利だらけだった。思えば、ここは道が滑らかで走りやすいぞ。なんて楽なんだ!オレは嬉しくなった。バスタオルももう慣れたもの。手で抑えながら走った方が、直しながら走るよりも早いぞ。



公園までの道は、次の通りだ。

アパートから道路に出て、北方面に少し進む。

そうしたら脇に庚申塔のある道へ左折。しばらく歩く。

そのまま地蔵尊の脇道を直進すれば、林が見えるぞ。それが公園だ。奥に蓮の池もある。

「そうだ、今は蓮の季節じゃないか」

蓮の実を取ろう。元いたところじゃ、夏の味覚だったぞ。毎年仲間内で楽しんだものだ。懐かしいなあ。
公園の池の蓮はたくさん生えていた。池に入らずとも、手を伸ばせば取れるぞ。いくらか蓮の実をもぎ取った。
それから、元々の目的である枝だ。いくつか、丁度いい枝を探そう。


いくつか枝を見繕ったが、この蓮の実と枝をどうやって持って帰ろうか。何かないかと辺りを見回したが、何も無い。
仕方がないか、このバスタオルに包むようにして持とう。当然、僕は全裸になるから気をつけなければいけない。

そろり、そろりと。

幸いこの街は人が少ないようだ。気をつければ、人に見られずに帰ることができるかもしれない。背中にバスタオル風呂敷をしょって、蓮の実と枝を運ぶ。

そろり、そろりと。

そうして、僕はアパートへ無事に帰還した。

「やったぞ」

誰もいないからすんなりと部屋までたどり着けたぞ。

「今夜は、宴だ!」

肉を枝に刺していく。枝には土やら何やらが付いているが、僕は原始人なので、洗ったりはしない。
そのまま刺す。牛肉のこま切れを、豚ロースを、鶏ももを。
そして、塩を振って(この家に塩があるのは確認済みだ)、ガスコンロに火を灯す。豪快にクルッと回して、直火に当てる。

よぉし。

肉が焼けていく。次第に煙が出て香りが漂ってきた。一酸化炭素中毒対策に、窓はしっかり開けてある。心配ご無用。肉は上手く焼きあがった。とりあえず第一陣はこれで。

ガスコンロの火はつけたままだ。

水と塩を入れた鍋を設置して、蓮の実を茹でるぞ。鍋ももちろん部屋を探った時にあることはわかっていたぞ。蓮の台を豪快に崩して、中の実を取っていく。それを、沸騰した鍋に入れて、塩茹でだ。

僕は肉の枝を齧りながら茹で上がるのを待った。

それ、うまそうに茹で上がったぞ!

そうしたら鍋をどかして、火はつけたまま、枝を燃して、キャンプファイヤーだ。

「ワァァァ」

オレは肉の枝を持って、キャンプファイヤーの周りを飛び跳ねて、踊る。これが俺たち原始人の宴だ!

時折蓮の実や肉を口に運びながら、ひたすら踊っていると、なんとも言えない陶酔感に支配され始めた。

「ウオオオオ」「ワァァ」「ウォォォォ」「ワアアア」

結構な大きさで叫んでいるが、なぜかお隣さんがやってくることも無く、この陶酔を邪魔するものはいない。

オレはついに到達したのかもしれない。

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