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Quatre Saisons -キャトル セゾン-

プロローグ

 


それを文字にするのなら「ガタンゴトン」というのだろうか。

 一定のリズムが刻まれているそれが、先ほどから戦っている眠気を増幅させる機能がある。
 足元が暖かく、電車の車内はレールを走る度に、心地よく揺れる。

 目的地に着くまではだいたい2時間くらいかかるため、6時台の電車に乗る必要があった。
 起床したのは4時頃だったか。
 家族は元々早起きだった為、寝過ごさないように起こしてくれようとしていた。
 だが、明日以降は1人で生活をする為。
 自分で早起きを頑張った。

 それが逆に『早く起きないと!』という謎のプレッシャーで、夜中に何度も目が覚めてしまい。逆に仇となってしまったようだ。

 起きた時はまだ暗かった空も、電車が走り続ける度にどんどん明るくなっていく。

 

 ふわふわと意識が上下して瞼も重くなりそのまま意識を手放しかけた。
 その時。

『次は――……』

 (あっ!降りなきゃ)
 
 自分の降りる駅の名を告げるアナウンスが車内に響き渡り、遠くへ行きかけていた意識が引き戻された。

 ……本当に危なかった。

 電車が停止すると椅子から立ち上がり、電車を降り、ホカホカになっていた熱が徐々に足から吸い取られていく。

 
 もう春がそこまで来ているというのに、まだまだ寒い。

 改札口を出て目的地まで徒歩15分ほど。
 少しズレたリュックをよいしょと正しく背負い直し、スマートフォンの地図アプリを起動させる。

 映し出された画面にはこの町の地図。
 そこには自分が今立つ場所のマーク。

 目的地へ辿り着くには約18分。
 この道を真っ直ぐに行ったところを右に曲がる。

「ふぅ……」

 
 久しぶりの土地だった。

 ふと空を見上げると視界には空が狭く、上へと伸びるビルディングがいくつも入ってきた。
 

 今まで住んでいたところと全然違う。

 

 すたすた。
 きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いている姿は周りから見れば少し不審に思われてしまいそうになる。

 だが。

 
 (あれ、このビルこんなに小さかったっけ?)
 
 (ここのお店無くなってしまったのか)

(あ、この店まだあったんだ、でもちょっと雰囲気が前と違う)
 

 視界に入るその世界はどれも興味をそそるものでしかなかった。

 
 
 懐かしいのに真新しい。
 
 知っているようで知らない。

 
 なんとも言えない感覚。

 
 

 卯月 桜斗《うづき さくと》

 彼は数年前まではここに住んでいた。
 だが、あることをきっかけに遠い祖父母の家に預けられたのだ。
 
 今年の春から高校一年になる。
 入学すると同時に近くのアパートに引越しすることとなった。
 
 間取りは1LDK。
 トイレと洗面、浴室は別々でウォークインクローゼット付き。

 内見した際にすぐに気に入り、ここに決めたのだ。

 それに、ここに決めた理由。
 実はもう1つある。

 事前に受け取っていた部屋の鍵を使ってガチャリと鍵を回せば、段ボールの山積みと対面する。

 分かるように段ボールの側面に名前を書いておきなさい。と祖母に言われていたので、ある程度のものは把握しているが、これらをこれから荷解きしないといけないのかと思うと……自然とため息が漏れる。

 しんとした部屋で1人きり。

 ――そうだ。今日から一人暮らしになるのだ。

 まだまだ寒い3月。
 この冷たい空間は無機質に冷たく。
 ここだけがどこか違う空間へと飛ばされたのではないか。
 桜斗はまだカーテンのない窓際に立って外の風景を見渡す。
 
 
「今度こそ、一人で生活するんだ。もう、誰にも迷惑をかけちゃ……ダメだ」

 小さくキュッと握った拳をもう片方の手で握る。
 そして、はっと気づいて段ボールの中から一枚の写真立てを探し、冷たいフローリングの上に置き、その横に自分も座った。

「へへ。久しぶりだね。父さん、母さん……」

 そこに写るのは、仲睦まじい様子の親子三人の写真。

「落ち着いたら、ちゃんとお墓参りに行くからね」

 ――――

 それから数時間後。
 まだまだ手の付けていない段ボールは残っているものの、必要最低限のものは中身を取り出し終えていた。

「うーん、先にベッド組み立てようかなぁ……冷たいところに寝るのやだし……」

 と横にある特大の荷物を見つめていると。

 ――ピンポーン。

 突如として響き渡ったインターフォンの音。

 後で音量の調節が必要だ。
 心臓が飛び出るかと思った桜斗は足早に玄関に向かう。

 ガチャリと扉を開けると。
 そこには後ろ髪を1つにゴムでくくった小柄な女性が立っていた。

「引っ越しの際中ごめんなさいね、卯月桜斗くんでよかったかしら?」
「え?あ、はい」
「私ここのアパートの大家の四季風音です。遠いところからご苦労様。卯月くん」
「あっ……!初めまして卯月桜斗です。今日からお世話になります!まだご挨拶に行けなくてごめんなさい、何から片付ければいいのか分からなくて……」

 目の前に立つ女性が今日から住まうアパート管理人の四季風音しき かざねであった。
 しゅん、と困ったような顔をした桜斗を見て優しく笑いながら首を横に振った。

「ううん、引っ越し初日は大体そんなものよ。今日から一人暮らしなんてえらいわ。なんでも困ったことがあったら言ってね。あと……桜斗くんって呼んでもいいかしら?」
「あ、はい!」
「うん、元気で素敵ね!私のことは「風音」でいいわ」
「ありがとうございます、風音さん」

 と、桜斗はぺこっと頭を下げた。
 ふふふと笑いながら、素直な子は大好きよと笑う風音の言葉に桜斗は顔を真っ赤にさせた。

「ところで……桜斗君もう13時になるけど、お昼ご飯は食べたかしら?」
「え……?もうそんな時間だったんですか?まだ、全然考えてなくって。近くにコンビニがあればそこで買おうかと思ってたんですけど」
「それなら、このアパートの前にカフェがあるでしょ?あそこ私のお店だからいらっしゃい」

 この【キャトルセゾン】の小さな道を挟んだ真向いに、二階建てカフェがあることは知っていた。
 だが、まさかそこがここの管理人が運営しているところだというのは知らなかった。
 
「そうなんですか?下見の時にカフェがあるなぁとは思ってたけど……でも、俺……中々そういうところに行ったことなくって……」
「ふふ、安心して。すぐに慣れるわ。とりあえずキリのいいところで一度カフェにいらっしゃい。お財布は持たなくて大丈夫よ。待ってるわね」

 え?!財布も?!と言いかけたが、風音は笑って手を振ってすぐに玄関の扉を閉めた。
 呆然と立ち尽くす桜斗だったが、「ごはん」という言葉を聞いてすぐにお腹が鳴いた。

 意識はしていなかったが朝食を食べた後は何も口にしていなかった為、彼是6時間以上空いているのではないか?
 これからまだまだ成長する男子だ、エネルギーも集中力もなくなってしまった。

「じゃぁ……帰ってきてからベッドを組み立てよう。今日の目標は寝るところの確保だな」

 と、言いながらダウンを着て、部屋の扉の鍵をかけ、向かいのカフェへと急ぐのであった。


to be continued

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