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名作バレエ漫画『天使なやつら』

2001年頃にちゃおで連載されていた、今井康絵によるバレエ漫画『天使なやつら』を君は知っているか。

今井康絵さんはちゃおでは後年ホラー漫画を描いていたり、小学生女子の中で一大ムーブメントだったメゾピアノとコラボしていた(?)シンデレラコレクションなどで有名な少女漫画家だ。小学1年生から6年生頃まで少女漫画はちゃお(及びちゅちゅ)しか読んでいなかった生粋のちゃおっ子のわたしは、その中でも『天使のやつら』がいちばん好きだった。今日はそれについて語りたい。なぜならさっき読み返してボロボロ泣いたから。

小学館の電子書籍サイトで、わたしは買いました。

https://csbs.shogakukan.co.jp/bookshelf/item?book_group_id=9251

わたしにとっての『天使なやつら』をまず聞いてほしい

(が、わりとどうでもいいので読み飛ばし可)

この作品はわたしがちゃおを買い始めたばかりのときに連載していた。わたしの少女漫画原体験のうちのひとつの作品なのだ。そして、小学生の少ないお小遣いで単行本を買ったうちの一冊だ。そう、一冊だ。3巻まで出てるのに。

お小遣いが少ないので、あまり何冊もコミックスを買えず、買ったものは擦り切れそうなくらい読んだ。二巻三巻分は、たぶん、本誌で読んだから内容を知っているから買わなかったんじゃなかろうか。しかし、大きくなるうちに1巻以降の内容は忘れてしまって、読み返したくともすでに絶版になっていて読み返すことが長年できなかった。そこでこの大インターネット時代が来て、電子書籍で読めるようになったのだ。それで半年くらい前に思い出して購入した。本当にいい時代だ。

ずっと心に残っていた一冊だった。わたしは、この漫画を読んでバレエを習い始めたのだ。

この漫画を読んで、母に「バレエを習いたい」と言ったら、保育園児のときから訴えていたのに習わせてもらえなかったピアノを飛び越えて、すんなり二箇所に見学に行かせてくれ、毎週車で送り届けて通わせてくれたのである。足を痛めてしまいフェードアウトするように辞めてしまったが、バレエはわたしにとっていい思い出である。そんなバレエに出会わせてくれた漫画。

だが、そんなバレエの話をする友達も、バレエ教室以外で出会うことはないし、何より『天使なやつら』を読んでいた同級生に会ったことがなかった。同学年の子より少し早いタイミングでちゃおを読み始めていたので、誰も『天使なやつら』を知らなかった。「あれ、いい話だったよね!」と話せる相手がいないのだ。いいものは、話したいじゃないか、今これを書いているように。

長い前置きは終わりだ。


ストーリーの単純明快さ、キャラクターの型通りさ

さすが子ども向けなだけあって、とにかくテンポがよく、わかりやすい。話やキャクターがわかりやすいのだ。読みやすく、ムダがないところがいい。洗練されているともいえる。

主人公のさららは明るく元気で前向きな、いかにも「少女漫画の主人公です!」といった感じの女の子だ。だが、ただ元気だけで乗り越えていくのではなく、リアルな葛藤だったり、繊細な部分もある。幼なじみの男の子洋平はちょっと乱暴でデリカシーがないヤツだけど、やるときはやるいい奴だ。友達になる麗ちゃんも大人しくて品があってかわいい。いい子だけど気が弱く、コンクールから逃げ出してしまった過去を持っている。ライバルの美加も気の強い美人キャラ。最初はやなやつだけど、本当はいい奴。

そして主人公の恋する相手は黄河くん。名前よ。でっけー川の名前がついてる。イケメンに違いないだろう。黄河くんは、幼なじみの洋平とは反対の、王子様のように優しく優雅な男の子だ。

このメインキャラを見てわかるように、少女漫画の原体験として、最高に型通りのキャラクターが用意されていて完璧である。ぜひお子さんのはじめての少女漫画にして欲しい。

そして、さららにもあったように、ちゃんとみんな心に繊細なところがある。そこが、ただの型通りの「漫画の登場人物」として終わらないポイントだ。キャラクターみんなに弱いところがあって、それを乗り越えていく。短い話数の中に、それがきちんとわかりやすく描かれている。

バレエの腕に自信満々の美加が、コンクールで観客にもらった手拍子と、プレッシャーのせいでいつもなら失敗しないような失敗をしてしまう。だが美加は、さららの演技を見て素直にすごさを認め、一位を取ったさららが遠慮がちな表情を見せると「私は私自身に負けたの!心の鍛錬が足りなかったということですわ!」(2巻p.79)とはっきりと言い切る。こんなに正しい人間はそうそういないだろう。その正しさ、言い切れる心の強さに、25歳のわたしは「美加さん、どうしたら心って強くなるんすかねぇ…」と泣くしかない。


記憶より、重い話じゃねぇか…

半年ほど前に、電子書籍で2巻を買って思った。この話、小学生のわたしでは理解できていなかった重みのある作品である…。

ここからはかなりネタバレになります。

黄河くん、死にます。2巻で。


黄河くん、昨日までは元気だったのに、死んじゃうのである。1巻を残して。まさか。こんなに人ってあっさり死んじゃうんだ…。黄河くんは、ロシアで生まれ育ち、両親ともにすでに亡くなってしまって、親戚のうちに引き取られて日本にやって来たのである。なんとなく、少女漫画的なヨーロッパ・白人文化への憧れや、バレエといえば、といったようなロシアだと、思う、だろう…?

黄河くん、両親ともに、チェルノブイリ原発事故のせいで亡くなってしまうのである…。

これは25歳になって読み返してびっくりだ。描かれたのは2001年。2001年に中学生のロシア育ちの男の子…。ソ連崩壊前生まれなんだ…とか…今思ったり…。チェルノブイリとか…これマジで、ちゃおに書いてありますからね。わからんよ、小学1年生にはさあ。小学5,6年生なら、わかったのかな?とにかく、こんな時事ネタ(?)まであるんです。社会問題まで描かれてる、重くて深いでしょう?まさか、主人公の恋する男の子が、中学生で原発事故のせいで死んじゃうなんて…。


黄河くんの名言

そして、深さはここからだ。

黄河くんは、日本に来てからアイドルをやっていて、人気を博していた。しかし、さららがバレエ(の技を使った高所からのジャンプ)をしているのを見て、やっぱりバレエが踊りたい!と芸能界を電撃引退する。

それを洋平に、なんで人気だったのに、アイドル辞めてバレエなんだ、と聞かれると、

「芸能界なんて…楽しいところじゃないよ 仕事だから仕方がないけど それに… どんなに騒がれててもいつもどこかで自分が自分じゃない気がしてた TV番組なんてアッという間に終わり 後には何も残らない。だけどバレエはそうじゃない。」

「舞台は永遠に続くんだ。どんなにその輝きが一瞬だとしても 本物のダンサーなら本物の芸術なら 永遠に語りつがれる…だから…」(2巻p.106, 107)

なんて、芸術やマスコミへ端的で芯を食った言葉だろう。すでに体が弱った黄河くんは、自分が本当にやりたいことをやって生きたいと言うのだ。実際に、黄河くんが死んでしまった後、黄河くんのファンだったはずのさららの同級生は、もう新しいスターの名前を口に出す。黄河くんの求めていたものを、わたしたちは体感する。

さららは黄河くんが亡くなって、バレエごと忘れようとする。辛い記憶を忘れてしまおうとする。だが、黄河くんが教えてくれたバレエを続けていくことが、黄河くんのことも忘れないこどだと気づく。黄河くんの死を乗り越えて、黄河くんが教えてくれたバレエを続けていくことで、黄河くんとともに生き続けていく。

たしかに、こうして書くと話の展開としては王道すぎるかもしれない。ありきたりと言われるかもしれない。だけど、それでいいと思う。小学生の、まだ何も知らない子どもに、とてもわかりやすく死との向き合い方が描かれていると思う。それに、大人になって読んでも、すんなりと胸に落ちてくる描かれた方だと思う。辛いことは辛いと、主人公がしっかりと泣いた上で、その辛さを乗り越えていく。さららにはバレエがある。それも、黄河くんが教えてくれたバレエがあるのだ。だから、一生懸命それに打ち込むことで、さららはさらに素敵にこれからも生きていく。


これが恋だよ

さららの黄河くんへの恋は、「そう、これが恋なんだよ」と、泣いてしまいそうなくらいピュアだ。そう、これはバレエ漫画であるだけでなく、とても純粋な少女漫画だ。

最初は、さららもアイドル黄河くんの一ファンであった。憧れの好きではなく、恋に切り替わるところが描かれている。そう、好きにもちゃんと種類があるんだね。

さららは黄河くんと出会って、黄河くんの優しさに恋に落ちるのだ。バレエを教えてくれたり、いっしょに踊りたいと言ってくれたり、悩んでいるときにバレエ鑑賞に誘ってくれたり。一方的に見てるときとは違う、自分に向けられた行動を経て、さららは黄河くんに明確に恋に落ちる。黄河くんが見せてくれた「ジゼル」の演目を見て、自分が気にしてた「見た目」よりも「内面から輝くことが大切なんだ」ということに、さららは気付くのである。(これもほんとに、シンプルに良いこと言う………)

「あたしも黄河くんといると お姫様みたいな気分になれる…」「そうだ… わたし恋してる!!」(2巻p.64, 65)

こんなに純粋な恋、あなたは何度したことがありますか?ちなみに、わたしはもうこのような気持ちになることは諦めています。

誰かといて、自分はお姫様のような気持ちになれる。それは、自分の見た目とかの問題じゃないのだ。自分がステキだと思えるような自分に、変えてくれるような人と出会うこと。それが、恋なのである。

何度もいうが、恋の原体験として、最高じゃ無いだろうか?

見た目を気にして変に気に入られようと思ったり、わたしなんて…と卑下したりしない。あの人は見た目がかっこいいから、足が速いから好き、なのではない。誰かといて、自分を素敵だと思える・素敵な気分にしてくれる人。それにはっきりと「恋してる!!」と思えること。なんてステキなことでしょうかね…。


バレリーナは天使なんだ

『天使なやつら』を読んでしまったら、バレリーナに憧れざるを得ない。美しい芸術に清く身を捧げる人たち。生きることって、こういうことなんだねって思っちゃう。何かに打ち込んで、そして人と出会って、自分と他人と生きていく。だからもちろん打ち込むものは、自分が好きなもの、なんだっていい。だけどやっぱりバレエの美しさに魅了されてしまう。ストーリーだけでなく、ダンスのシーンや練習風景、本番の衣装やセットも美しく、かわいいのだ。ラストページは、さららが美しくジャンプしながら「きっとバレリーナには天使の羽がはえているんだね…!」(3巻p.95)と言っているシーンで終わる。黄河くんにとってはさららが天使のような存在であり、さららにとっては黄河くんが天使のような存在だった。

なりたいじゃないか、バレリーナに。

バレリーナになりたい。わたしも心身共に美しい、誰かにとっての天使であるバレリーナになりたい。だからわたしはバレエを習わせてもらった。これを読んでしまったら、バレリーナになりたくて仕方なくなってしまうのだ。


そして自分に立ち返る

芸術は素晴らしい。わたしは高校のときから演劇をやっていたが、わたしの舞台芸術の原体験は、バレエなんだろう。

発表会で、最後の挨拶で全員出て行き、礼をしたら、緞帳が下がりきるまで笑顔で決めポーズ。前からのまばゆい光を浴びて、それをさえぎるようにゆっくり下がっていく緞帳。最後には緞帳の裏側に貼られた大きな「火の用心」が目に入る。そうしたらもう笑顔を解いて、本当の終わりだ。

わたしにとっての舞台・舞台芸術を教えてくれたきっかけは、間違いなくちゃおで、『天使なやつら』だった。素敵な作品を描いてくれて、載せてくれて、出会わせてくれてありがとう。25歳になって、改めてこれが読めてうれしいです。

みなさんも、ぜひ読んでみては????

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