見出し画像

まだ届かないラブレター 102通目






春、元気にしている? 
こちらは皆元気でやっている。

春が旅立ってからも、ピューや〈地球〉からのコンタクトはあれ以来ないけれど、きっと惑星エスクベルで楽しく幸せに暮らしていると信じているよ。


う~ん、いつも書き出しが同じになってしまう。
困ったものだね。




今日はね、チカの結婚お披露目のパーティーがあったんだ。
しかもなんと! 城でだよ!? 城! 
運良くあの大戦をやり過ごしたそうでまさしく威風堂々。これぞ城だよ。


何故城かって?
チカの夫が海外のとんでもない一族の出らしくてね。
ほら、由緒あるってやつ。普段は表の世界には出てこないけど……のやつ。
春が好きそうだよね。


しかもあの大戦で命を懸けて街を救った英雄の孫らしいんだ。
廊下に飾られている歴代当主の肖像画が怖いのなんのって……。


実は今、城に用意された部屋で春に手紙を書いてるんだ。
便箋も用意してくれたんだけど高級感がありすぎて本当に使っていいのかまだ不安になる。


そしてこの部屋にも何枚か絵が飾られていてとても怖い。
不機嫌そうな男性の絵は見たくない。せめてヴィーナスや女神モチーフにして欲しかった。
やはりこれくらいの一族になると自己主張が激しいんだね。


すごく怖い。目が合う。
ここに春がいたら何を見ても「やばい」としか言っていないと思う。
私もだけど。



チカは母親とは違って結婚を決めたのが遅かったのもあってね、義息子はずっとチカと一緒に暮らせてたからなあ、嘆きようがすごいよ。
おめでたい事だとは言え、チカは向こうの家族と一緒に海外暮らしになるって聞けば同情もする。


ぐずぐず泣いてるんだが、それを見る娘の顔が昔の春そっくりで……。
チカがお母さんそんな顔で見ないであげてって言いだしてなあ……その言い方がこれまた昔の娘にそっくりで……。


血の繋がりとは恐ろしい。
義息子とは血は繋がっていないけど家族になると似てくるんだね……。

いやーははは、皆はまだ楽しんでいるけどもうさ、こんな素晴らしい城、華やかな空間に場違いな老人1人いたたまれなくてね……。早々に退出してきてしまった。


もうワインの味なんてわからないよね……。
でもあちらはこちらを母国語が同じ人種のくくりに入れてくるからすごくフレンドリーに話しかけてくるんだよ。
ありがたいよ?
でもね、



話してる内容が高尚過ぎて理解できないよ……!
こっちは日本暮らしの方が長いんだよ……!



ここに春がいれば思う存分愚痴を言えるのに。






それでチカの夫の一族なんだけど、もしかしたら、





〈地球〉が過去選んだ人間の子孫かもしれない。





城に肖像画だけでなく、見知らぬ惑星、地球ではお目にかかる事のない配列のものが1枚飾られてあったんだ。
しかもどの肖像画、高そうな絵画よりも立派で大きかった。


でも私はあれを、あの配列を見た覚えがある。


ピューの惑星にいた時に。




聞けばチカと彼が仲を深めるようになったきっかけは、チカが地球の写真をお守りのようにいつも持ち歩いていたかららしい。
チカは私達が同じようにしていた事は知らないはずなのに。


彼の一族は地球と、地球ではない謎の惑星が描かれたものを当主が代々引き継いできたそうだ。
そしてある先祖の回想録も。



見えるはずのない惑星を描いた誰かが存在していたんだ。



やはりあの子はいくつもの惑星の加護があるのかもしれない。
私達が知らないだけで。


まあ〈地球〉は自分のホームで今生きている人間にそんな贔屓はしないと思うけどね。
老い先短い老人は孫娘の人生が幸多いものになるよう勝手にそう思っておくよ。



次代の当主となる彼も何かを察しているのか、チカに私達の事を聞いたのか、私にあの大戦の、皆が知らない真実を教えてくれた。



はじめは何故、と思った。


ただ、不思議に思っただけだった。




しかし、話を聞いて思い知らされた。



自分の不甲斐なさを。






あの時、




元気だった春が突然体調を崩した時、




あの時、




この世界にあと一度、




そう、一度、




落とされていたら終わりだった。
取り返しがつかなかった。




たったひとつ。




落とす先は日本。







ねえ春、




僕は気が付かなかった。




なぜ日本は比較的安全でいられたのか。




世界が争いに飲み込まれていた時に。




なぜ、春の死と共に争いが終結に向かって行ったのか。




ねえ春、




全部、




全部、1人で引き受けて逝ってしまったの?




僕を置いて。




長寿で有名な日本人女性が先なんておかしいと思うべきだったんだ。




年齢的にも僕が先だよ?






はる、




はる、




はる、




さみしいよ。




いつあえる?




いつまでがんばればいい?




ひとりで。








飲み慣れない高いワインをたくさん飲んだからかな?
少し酔ってるかもしれない。
今日は良い酔い方じゃないな。


ふふ、この言い回しを春が聞けば「海外ドラマでありそう!」って興奮するんだろうね。
まあこれでも私は春にとっては外国人だからね。
海外言い回しは任せてくれ。
得意ではないけれど。





もう寝るよ。
おやすみ、春。




君の幸せを祈っている。
君の大好きな惑星よりも誰よりも。













P.S.

深夜におかしな音がして目が覚めたら、部屋に飾られている肖像画の男性が笑っていて腰を抜かした。
この城に出るゴーストかと思ったが違った。


アレの仕業だった。
アレだよアレ!
今までなんの音沙汰もない病人だったあいつだよ!


大笑いしながら、


「はるちゃんがそんな重要なポジション担ってるわけないでしょ~! プーッ! はるちゃんは寿命だよ、じゅーみょーおっ! あのはるちゃんにそんな力ないって! でもはるちゃんは秘密を抱えた主人公設定なんて好きだろうからそういうことにしとこっかなあ~? プーッ! あーおっかしー! はるちゃんにもよく笑わせてもらってるし夫婦揃ってさいこー! あ、はるちゃんはとっても元気!」


と言いたいだけ言うと肖像画が壁から落下してまた驚かされた。
真面目に心臓が止まる。

しかも肖像画の不機嫌な表情の男性が大笑いの表情のまま元に戻らない。
ご丁寧に新しい便箋にも同じ〈地球〉のセリフが残されている。
勘違いをするなと念を押された気分だ。



その後いくら呼びかけてもあいつは現れない。
おい、この肖像画どうすんだ。
弁償できないぞ。




春、私がまたピューにお世話になる時がきたら一緒にあの惑星に体当たりしよう。
約束だぞ。
全力でいくぞ。







もうすぐ届くラブボイスレター 1通目







LOVE&PEACE&WORLD&MOFU