再登校
私がずっと追い求めていた、私の実体など、存在しないのかもしれない。
一度に全て掴むことのできない、なんだか酷く混沌とした自我の塊。それが私の本当の姿であって、その一部を無意識に、あるいは意図的に、掬い上げて形を成す。そうして私は誰かと言葉を交わし、時間を共にする。
誰もいなくなった空間では、当然といえば当然、その姿を留める理由をなくす。引き留める物が無い限り、あたかも逃げるように。
ぷつりと、また混沌とした塊に戻っていく。
自分が愛する形、認めたくない形、それぞれの形で得る時間や想い出も、生きていく限りは留まることを知らず、徐々に手に負えなくなっていく。
絶えず雨水が注ぎ、無理やりに拡大していく池のように。
整合性が、取れなくなっていく。
普通を装うのに適した形を、私は知っている。
今まで積み上げてきた思い出や、その地続きに居る大切な人々に会うべき、それを担うべき形を知っている。
おそらくどこにも行けない、誰の前にも姿を現すことができない形も、知っている。
その大半が、普通に生きていくのに適していないことも。
放っておけば、それらに容易く乗っ取られ、普通から遠ざかっていくことも。
その中でどうにか、バランスを取り、自分の世界を保ってきた。
どれもが私。間違いではない。けれど、本当の意味で1つになる事はできない。
そうしてそんな生き方には限界があることも、知っていた。
試行錯誤の末に、均衡は保たれるどころか、悪化して行った。
掴めなくなっていく。その場その場に適した自分を、成せなくなって、ここが一体どこなのか、本能的には理解できなくなって。
向かうべき場所も、思い描くべき世界も、思考と感覚の中ではぐちゃぐちゃと、混沌を極めていく。
遠くの方から、常に信号が発されている。何かがおかしい。普通ではない。けれど戻り方が、着地点が、わからない。どうしようもない。
人目を避け、閉鎖された空間、或いは個人として認識されない空間で、何者かである私は頭を抱え、時にはどうしようもない息苦しさと闘い、ぼろぼろと涙を零し、どこか場違いなところに居ると叫ぶ頭を、必死になだめようと、その術を探した。
決定的に、何かがおかしいのだけれど、ではどうすればよいのか、どう人に伝えるべきなのか、わからない。そもそも、人前に出る形を今は成すことが出来ない。心が猛烈に拒否している。気を許せたはずの友達にも、頼れそうな先生にも、助けてほしいけれど、まずその声をかけるための形を成すことすら、今はできない。帰りたい。安心できる場所に帰りたい。ここは私の居場所ではない。
そうだ、こういうときはひとまず、逃げてみると良いらしい。
その場からひとまず離れてみて、途中で気が変わったなら、引き返してくればいい。
正直なところ、外に出て歩くことすら、不安だった。けれどこのままでは、どうしようもない。わたしは足を引きずるようにして校舎を出た。
俯いたまま街を歩いた。どこまで行くかも考えずに、ひとまず、電車に乗った。
乗り換えをした。引き返すならここかもしれない。けれど、心は拒否している。
もう一度、乗り換えをした。
4限の授業は、休むならお昼までに連絡しなければ、減点だ。なんて送ろう。あと数時間の後に、戻れるのか、わからない。なんて送ればいい?悩んでいたら、電車が来て、タイムリミットも来た。
スマホを投げ出して、しばらく呆然と、揺られていた。
スイッチは、次第に押されて行った。
今なら、戻れる。
あと3つの所まで来たところで、私は反射的に電車を降りた。
そうして、元来た方へと向かう車両に、また乗り換えた。
一度、戻ったんだ。
どうにも調子が悪くて。
けど、頑張ってまた戻って来たの。
友人に声をかけたい自分が、形を成すのを感じた。けれどそういう気分にはなれなかった。いつもより少し調子が悪そうに、或いは単に眠そうに、そんな程度に映っていたかもしれない。
帰る頃には、普通に笑って喋っていた。
気付かれていたのかもわからない。
また一人になって、何を感じていたのか。
もう、よく覚えていない。
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