見出し画像

ぼくが死んだら、、、





ぼくが死んだら、泣くんだろうと思う。



死んだら身体機能が停止してるので、どうやって泣くのかと聞かれたら、心が泣くのだろうと答える。



これまでの人生の記憶が全て再生され、この素晴らしい感情がぼくを興奮させることだろう。




哀しみでも喜びでも苦しみでも嬉しさでもない、全てが混ざった感情を観るだろう。




法則的にいえば、全てが混ざるんなら、それはゼロになるから、なんの感情も抱かないはず。



それでも思う。死んだら、全ての記憶と共に全ての感情が同時に起こると。そして、それはとても素晴らしいだろうと。





それは一瞬で起こる。





そして理解する。愛されていた事に。




ぼくが死んだらきっと、世界が消える。




この世界にはぼくしか存在していないから。







ぼくが生きている間、「わたし」はずっと聞いている。



他人という概念のもと、「わたし」がしゃべり、「わたし」が聞いている。



自分という、自己に分けるという概念により、「わたし」のノドを振動させ、声を発し、喋っているようで、聞いている。





死んだ後のことは、死んだ事がある人にしか分からない。


考えても無駄。


それでも、必要のある事しかやらない人生より、無駄なことをどれだけやれるかが楽しさの秘訣。


だから、死んだ後の事を考えるのも楽しさの一つかもしれない。



たぶん死んだら、ぼくは泣くだろう。




嬉し泣きでも、哀しくて泣くんでもなく、全ての感情がゼロに戻るために。





感情は豊かさだと思う。




だって死んだら、感情のみが僕たちに幸福を与えてくれるから。







ぼくの活動を応援してくださったら、もっと深く至福に入っていけるような記事を書けると思います(^○^)