旅のひと

旅の人

20代の半ば、ひととき富山に住んだことがある。当時勤めていた会社の工場がその地にあった。工場から徒歩で行き来できる寮で生活していた。

そこにはなんとも凄みのある寮母さんが住み込みでいた。寮に入って間もない頃、そのおばちゃんが何気に言った。『あんたらは旅の人やながけ、いい加減にしたらいかんがやぜ』。まだ若かったぼくらに、地元の若い子と付き合うのなら、半端な気持ちで付き合うのはダメだよ、と諭されたのだ。

そうか自分は旅の人…なのか。
その言葉が生きている地域性にも驚いたし、自分自身がそのように見られていることにも驚いた。

考えてみれば自分自身はずっと旅の人である。自分の生まれ故郷も父母にとっては他所から来た場所であり、その先を遡ったところでどこまでいけるかわからない。今、暮らしている静岡にしても特別何かあるわけでもない。由緒正しい旅の人の家系である。それでもそのことをあまり意識せずにすんだのは、そこそこ都市化された地域に暮らしてきたからだ。

それは今も変わらない。
地域のことを考えているとは言え、百年単位で暮らしてきた人たちや何十年とその地で商いをしてきた人たちとは同じ立ち位置にはなれない。
一方で旅の人だからこそできることがあるとも思っている。地元だからとか住人だからという土地に引っ付いた発想ではなく、個々お互いを大切にすることをベースにした発想もあるように思う。

それでもどこまでいっても旅の人であることに変わりはない。あの時おばちゃんが言った一言は、今でもこころに留めておくべきことなのだと思う。
旅の人だからといって、半端な気持ちで付き合ってはダメなんだよ。

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