温暖な気候では人の声が大きく聞こえる?――音の聞こえやすさ「ソノリティ」の最新研究
2024.2/23 TBSラジオ『Session』OA
Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、声の聞こえやすさに関して、世界中の言語を分析した研究をご紹介します。
◾声の収集プロジェクト
地球上では、今日も様々な音が鳴り響いていますが、人類が発する音は、地域や文化によって様々なものです。
例えば以前も紹介したように、くしゃみを発する時の声や音は、文化によって異なっています。また、同じ言葉でも時代によっても発音が変化することもあります。こうした「音」は、文章として文献には残っているものの、実際にどのように発音されていたかを知ることは困難であることから、音の保存は重要な「データベース」になります。
実際、人間の声を言語別に音声として保存する「Common Voice」という国際的なプロジェクトも存在します(ウェブブラウザのFirefoxを開発するMozillaが、音声認識システムの開発に貢献するためにはじめたものです)。
他にも、慶應義塾大学は2022年11月10日、「Global Jukebox」という、世界中の音楽・伝統芸能の音声を検索できるウェブサイトを公開しています。このように、古今東西の様々な人の声や音楽を収集・保存することで、将来、私たちの声に関する変化の履歴を比較・検討することが可能になるのです。
◾温暖な地域は声が大きく聞こえる
音に関してもうひとつ、「地域ごとの音の伝わりやすさ」を研究した論文が、2023年12月に発表されています。その要旨を一言で言えば、「温暖な地域は人の声が大きく聞こえ、逆に寒暖な地域では人の声が小さく聞こえる」というものです。どういうことでしょうか。
中国の南開大学と独キール大学の研究チームは、言語のデータベース「自動類似性判定プログラム(Automated Similarity Judgment Program: ASJP)」から、5293の言語の基本語彙を含む大規模なデータベースに、1982年から2022年までの年間平均気温等を加え、気温と音の聞き取りやすさを分析しました(この言語数は、世界のほぼ4分の3に相当するということです)。
ところで、音声学の分野では「音の聞き取りやすさ」の度合いを意味する言葉を「ソノリティsonority」と呼びます。ソノリティはフランス語で「共鳴」や「音の響き」を意味する言葉であり、例えば、母音は子音よりもソノリティが高くなります(ソノリティに関する研究は数多く存在します)。
研究者によれば、言語学的には寒い地域ほど子音が多くなる印象があり、また母音の比率とソノリティの程度は、気温の温かさに正の相関があること、つまり温かい地域ほど母音が多い傾向が先行研究でわかっているとのこと。
そこで今回の研究でも、主に気温や湿度といった環境要因と、音の伝わり方の関係に着目しています。例えば高温になると、空気が音の高周波の成分を吸収する能力が高まり、子音が伝わりづらくなり、逆に寒い地域の乾燥した空気では、声帯の振動を必要とする有声音(母音等)の発音が難しくなります。
こうした条件を音の聞き取りやすさ(ソノリティ)の観点から考えれば、温暖な気候では母音が多く、したがってソノリティが高く声が大きく聞こえ、結果として聞き取りやすくなる、と研究者は考えました。
そこで前述の言語データベースを分析すると、実際に赤道付近は平均的にソノリティが高く、特にアフリカやオセアニアが高くなりました。逆にソノリティが低いのは寒暖な地域、特に北アメリカ北西(カナダ・ブリティッシュコロンビア州や米国ワシントン州など)のセイリッシュ語という結果となりました。研究者によれば、東南アジアや中央アメリカなどで一部例外はあるものの(文化の影響が考えられる)、地域によるソノリティについては、多くのケースで環境に影響されると考えられるのです。
これは、私たちが発する言葉が、環境の影響を受けていたことを示すものと言えるでしょう。無論、言語の発展には様々な要因がありますが、こうした音と言語を「環境の観点」から研究する視点はとても興味深いものです。またそれ故に、私たちの現在の言語体系を後世に音として残すことも重要です。文化だけでなく、急激な環境変化が、私たちの言語体系にどのような影響を及ぼすか、という視点から考えても、音のデータベースが必要になるからです。