ハクションは世界的には珍しい?ーー「世界のくしゃみの音」の紹介

2021.7/30 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、私たちが普段する「くしゃみの音」について紹介したいと思います。

◾世界各国で異なるくしゃみの音

くしゃみをする時の音(擬音語)といえば、「ハクション」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。他にもへクション、クシュン、といった擬音語もありますが、いずれも語感は似ているものです。

大正製薬が10~60代の男女1331名に行ったくしゃみに関するアンケートによれば、「ハクションッ」が圧倒的に多く、男性72%女性61%となりました。その他、短く控えめなイメージの「クショッ」は男性21%女性32%、少数のものには「ギッ」等の音もありました。

では、世界のくしゃみ音はどのようなものでしょうか。アメリカのファッション・ライフスタイル誌『VOGUE』は、世界各国のくしゃみ音を動画で紹介しています。

それによれば、世界でポピュラーなものは「アチュー」で、アメリカやイギリス、スペイン、メキシコ、ベネズエラ、カナダ等にみられます。アチューに似ているものに「アチィ」があり、オーストリアやロシアといったヨーロッパに多くみられます。さらに「アチン」(ブラジル、フィリピン)、「ハチュ」(タイ、台湾)などの音もありますが、多少の差異はあれ、「チュ」がついたり、全体的に似た傾向がみられます。そのようにみれば、日本はかなり例外的な音であることがわかります(その他南アフリカなど、いくつかの国でも珍しい音がみられます)。

また、アメリカ等の英語圏では、くしゃみをした人がいたら「ブレスユー」と言ったり、イタリアでは乾杯を意味する「サルーテ」が使われることもありますが、日本同様、特に何か言葉をかけることがない国々も多くあります。

◾文化としての音

なぜ日本では「ハクション」なのでしょうか。その起源を辿ることは残念ながらできませんでした。ただし、アニメ『ハクション大魔王(1969年)』など、くしゃみの擬音語が文化的に定着・流通することで、無意識に影響されている可能性は指摘できるでしょう。逆に言えば、文字としての「ハクション」が流通した時期を特定するとともに、その「音」が残されていれば、こうした研究がさらに進む可能性もあるでしょう。そのように考えれば、音は文字と同様に、歴史的な価値を持つことになります。

もうひとつ興味深い点として、日本には「くしゃみをすると誰かが自分の噂をしている」という迷信があります。古典を紐解くと、759年から780年頃に成立したとされる『万葉集』に似たような表現があります。『万葉集』 第11巻 2637番の歌は以下のものです。

「うち鼻ひ鼻をそひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも」
(うちはなひ はなをぞひつる つるぎたち みにそふいもし おもひけらしも)

「うち鼻」はくしゃみを意味しており、思いをよせる人が自分のことを思っているという、肯定的な表現として用いられていることがわかります。またこの時代の人々がどのような音で会話していたか、またくしゃみの音はどのようなものかも、興味深い点です。

このように考えれば、音を記録として残すことは、今や消滅しつつある言語を保存したり、今生じている言葉の「語感」を記録することもできます。音は単に人の耳に残るだけでなく、文化や歴史資料としても、重要な価値をもっているのです。


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