女性を前にした歌声はどのように変化するのかーー「人間の声とシンガー・フォルマント」の紹介

2023.12/22 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、女性を前にした男性の歌声の変化について、ご紹介したいと思います。

◾合唱団の声は、女性を前にすると強調される

生物が発する鳴き声には、様々な意味があります。例えば以前お伝えしたように、セミの中で鳴き声を発するのはオスだけであり、その理由はオス同士の競争、あるいはメスへのアピールだと考えられています。
とはいえ、ツクツクボウシを対象とした研究では、別のオスの鳴き声に「合いの手」を入れる形で、別のツクツクボウシが鳴くケースについて、単に競争だけでなく、協力の可能性、またスキーニング=こっそり盗むという意味で、別のツクツクボウシの鳴き声を利用して、メスに効率的に接触する、つまり自分の手柄にしてしまおうという可能性も指摘されました。

鳴き声にも様々な可能性があるわけですが、人間の男性の歌声も、女性を意識することで変化する可能性を追求した研究を、イギリスのガーディアン紙が伝えています(以下、ガーディアン紙の内容を基に、研究についてご紹介します)。

まず、ドイツのマックスプランク研究所と各国の研究者チームが2017年に発表した論文によれば、人間も歌などの音楽行動が発展した背景には、競争、あるいは協調のふたつを指摘する先行研究があるといいます。では、このふたつの機能は両立可能なのでしょうか。

この仮説を検証するため、研究チームは800年の伝統がある、国際的にも有名な独ライプツィヒの聖トーマス合唱団(12歳~19歳の16人)を対象に、合唱団の個々の歌手の声などを、様々に分析しました。研究チームが特に気にしたのが「シンガー・フォルマント(歌声フォルマント)」と呼ばれる、特に声のパワーを感じる、2500~3500 Hzの高周波数帯域です。

その結果、実際にバッハの曲を歌う合唱団の声は、男性観客だけの場合に比べ、15歳~16歳の女性観客がいる前だと、シンガー・フォルマントが特に強調されたことがわかりました。また同時に、これによって合唱全体のバランスが崩れることはありませんでした。つまり、人間の歌声も、競争と協調を両立させることが可能であることがわかるのです。

一方、このシンガー・フォルマントの強化が、より魅力的な声になったといえるのかについては、この研究だけではわかりません。研究を主導した、デンマーク・オーフス大学で神経科学を専門とするピーター・ケラー氏は、さらに2023年11月、別の研究者たちと新たな研究を発表しています。

https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2023.0326

この研究では、オンラインで集められた、10代~80代までの男女計2247人のボランティアを対象に、観客に女性がいる場合とそうでない場合の歌唱を聞かせて調査を行いました。その結果、参加した男女共に、パフォーマンスの差異に気づきましたが、特に女性の参加者は、シンガー・フォルマントが強調された声、つまり観客に女性がいる時の歌声を好む、という結果が得られました。この結果を研究者は、おそらく女性は無意識で選んでいると考えています。

このふたつの研究から、人間においても、女性を前にした歌声に特徴があり、それは競争と協調を両立させていることがわかりました。人間と声については、今後も最新の研究動向に注目が集まります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?