「できる」とは「細かい」こと
いろんな特技や能力。それなりに「できた」と思えたら、きっとそれは6~7割ぐらいの達成度かなと思います。「大半を占めている」といえばそれまでですが、それ以上100%に近づけるには、実はここからが大変なところ。そんな「突き詰めていく」大切さについて考えてみましょう。
1、山登りの「1合」は大違い
麓から「1合」登ることと、7合目から「1合」登ることは、果たして一緒でしょうか。麓であれば、緩やかな傾斜であり、酸素もたくさんあるため、きっと誰もが進むことのできる「1合」でしょう。
でも、7合目からの「1合」は、果たしてどうでしょうか。昇ってきたこれまでの披露の蓄積。山の登る角度の急さ、酸素も次第に薄くなっていく。そんなわけで「1合」は状況や高さによって「違う」わけです。もちろん、「9合目」からの残り「1合」は、もっと困難と失敗や困難さが待ち受けていることでしょう。
プロフェッショナルと言われる人や、習熟してきた経験豊富な人では、この「あと1合」というところに、慎重に立ち向かいます。油断や慢心が、失敗や命に関わることを起こすことを知っているからです。
でも、勢いや上り一辺倒、あるいは、若くして成功体験ばかりで、勢いに乗っていたとしたら、どうでしょうか。「まだいける」「自分ならいける」という」気持ちで、気合と根性が、冷静さに勝ってしまうこともあるかもしれません。たいてい、そういう時に、おおきな落とし穴が待っているものです。
2、「慣れる」ほどに「ていねい」に
いつもやっている仕事。ずっとやってきた仕事。何十年と重ねてきた時間は、きっとスムーズな手さばきや、判断力、効率的で無駄のない動き方を無意識のレベルでみにつけていることでしょう。
でも、本当にもうそれ以上改善や進展は難しいでしょうか。あと1秒、あと1cmだって、積み重ねたり数をこなすように成ると、その差は大きいものです。
100個に1個の不良品が出ている。それでもよしとするか。110個に1個にすることで、1000個のときに1個分の差が出る。それが1万個のときには10個分に…と重ねていくことで、差がつくのです。其の差を生み出しているのがほんの僅かな差だとすれば、決して馬鹿にできないのです。
小銭ばかりを追い求めることを推奨するわけでもありませんが、ものを買うのに1円が足りなくては、一切買えないように、「ちょうど」というところや、「基準以上」を成し遂げるために費やされる細心の注意と努力。それこそが「プロ」と言われる人の仕事と言えるでしょう。
3、「確かめる」ことの大切さ
慣れてくると、疎かになること。それは「確かめる」ことです。いつもの通りだからこそ、「大丈夫」と思ってしまう。パッと見て大丈夫だとおもって見過ごしたり見逃してしまう。そんなことはないでしょうか。1回ぐらいという気持ちのときにこそ、最悪の事態はやってくるのです。
見落としたミスが、信頼を失うことになり、積み上げてきた実績なんて、一発で吹き飛びます。だからこそ、慣れるほどに「確かめる」ことの大切さは、増していくものだと思うのです。
身体を使って覚える。そして無意識にできるようになる。余裕が出てくるから、確認することができる。だからこそ「予測や先回り」が出来るようになる。こうしてみると「管理」や「経営」をするとは、こうした必然的な立場と状況をこなしていくうちに、自ずと身につけていくことのできることかもしれません。
一方、いつまでも現場でパワープレイをして「他人より出来るか」という視点だけをこなしていいたら、いつまで立ってもリーダークラスや係長止まりの役職しか得られないことでしょう。無論、会社のような管理職が存在しなくても、他者から求められる立場が、その人の能力と姿勢をかけ合わせたところで評価されていくもの。自己評価に過信せず、常に「他社の期待と信頼」を基軸として、自分の仕事と生き方を反省したいものです。
今日、見逃したことはありますか?
その差は小さいですか?大きいですか?
まだまだ突き詰めることはあります。やればやるほど「細かく」なっていくのです。それが「成し遂げる」ということだと思うのです。