見出し画像

「逆噴射小説大賞2022」応募作品 セルフライナーノーツ

 毎年10月に開催されるパルプ小説の祭典、「逆噴射小説大賞」。とても面白い小説の冒頭800字を応募し、最も続きが読みたいと思わせた作品を決める戦いの場であり、エキサイティングなイベントでもある。

 私も第二回から参加しており、第五回となる今回にも挑むことにしていた。今回は応募作数の上限が二つまでと規定され、より厳選された濃密なパルプが銃弾の如く飛び交うMEXICOとなった。

 そんな中、これまでと同じようにパルプ初期衝動に従って、その場で頭に降ってきた物語を書こうと思っていたのだが、なかなか出てこなかった。

 こればかりは、常日頃プラクティスを欠かさず、銃を撃ち続けて鍛え抜かれた真のパルプスリンガー各位と、その場限りのインスタントスリンガーである私との明確な差である。

 しかし、参加はしたい。そんな思いを抱えながら、愛犬を連れて散歩に出かけ、公園を歩いた。昼下がりの公園は、子どもたちや親子連れが思い思いに過ごしていて平和だった。

 そんな光景の中、パルプのことを考えていた私は、以前テレビで見た治安の悪い街ではギャングの抗争が頻発し、公園すら迂闊に近づくのは危険だという話だった。平和な国に生まれたことを感謝しつつ、もしここがそんなギャングの争いの場だったらどんな勢力図が生まれるだろうなと考えていた。

 ちびっ子ギャング……ママさんギャング……いや、どうもイマイチか。となったところで、人類みんなヤクザという言葉が浮かんだ。そこから、ならば堅気は機械だ、と思い付きが連鎖し、散歩から帰宅して書いたのがこれだ。

 絵を描くAIが話題となった時期なことや、元々いわゆる「任侠もの」というジャンルが好きだったこともあり、イメージはそれなりの速度で固まった。後はその世界観イメージと、物語としての展開をどうにか800字に詰め込むのに一人称視点に頼り、出力したのがこれだ。

 暴力、技術の恩恵が悪い方に行った場合という想像からの生産性の欠如、それに伴う人類が新たに掲げる誇りを任侠とし、それを持たない極道に対して極道が抱く怒り、機械の堅気に対して極道たる人類が行う悪事、可能な限りの書きたいことは詰め込めたと思う。

 しかし、同時にこのイベントの難しさ、ひいてはこの娯楽が溢れかえった現代社会で、エンターテイメントで人を引き付けることの困難さを実感した。セオリー通り冒頭で敵を殺し、怒りと共に世界観を主人公に語らせ、続くに繋げるために敵の悪事を描いたらあっという間に800字に到達だ。

 これを日々のプラクティスでこなし続け、銃弾を世に放ち続けるパルプスリンガー各位の凄まじさを改めて思い知った次第である。残念ながら、今回の逆噴射小説大賞ではこれ以上の熱が自分の中から湧いてこず、応募出来た作品はこの一作に終わった。

 しかし、それでも参加したことに後悔はない。このイベントにはそう思わせるだけのパワーがある。自分の中の衝動を燃え上がらせ、文章に起こしてインターネット上に公表するなど、逆噴射小説大賞に参加するまでの間ほとんどやってこなかったことだ。

 自分でもそれが出来る。そして、他参加者の方々の熱いパルプを読むことが出来る。こんな素晴らしいことはない。今年もありがとう、逆噴射小説大賞。来年も楽しみにしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?