見出し画像

なぜマダガスカルには500種もの両生類が生息できるのか 3 渓流に棲息するおたまじゃくし

マダガスカルの雨林地帯にあるラヌマファナRanomafana国立公園はキツネザルの棲む豊かな自然林の生態系が残されているが、伐採跡地に成立した二次林や日本の里山のような農耕地が存在する(図3、4)。そのため、人為かく乱による生態系への影響を評価するためにはうってつけの場所である。

国立公園近くの村
谷あいの水田

渓流には44種以上のおたまじゃくしが生息する。しかし、多種のおたまじゃくしの共存には謎が多い。たとえば、生産力が高く季節変化が少ないことが、食性や生息環境の違いなどニッチ(生態的地位)分割を引き起こしたとされる。しかし、おたまじゃくしは藻類やデトリタス(生物遺骸などが起源の微小な有機物粒子)を主とした雑食性で食性の分化が生じている証拠は乏しい。Gephyromantis azzurraeが捕食性であること以外に餌の明瞭な区別は見出されていない。しかし、餌の採取方法に関わる口器には形態の変異がみられる。一般的なおたまじゃくしの口器は、角質化したくちばしや唇歯を備えている。しかし、トマトガエル属などでのおたまじゃくしはこれらを持たず、水中の懸濁物を濾過して食べていると考えられる。また、Mantidactylusの一部には漏斗状の口器で水中の表面に浮く餌を食べるおたまじゃくしがみられる。角質化したくちばしや唇歯を欠くおたまじゃくしがいる。Boophis picturatusもそのひとつで、この種は砂を食べ、間隙中の有機物を砂ですりつぶして消化していると推測されている。

そこで、生息場所と口器形態からニッチの区分が試みられたが、種間で大きな重複が見られた(Straus 2013)。これは、ニッチが重複する種は共存できないという競争排除則と相容れない。マダガスカルで種数が多い他の要因として、渓流魚が少なく、おたまじゃくしへの捕食圧が低いこともあげられている(Vences et al. 2009)。しかし、Paine(1966)の実験などに見られるように、捕食は餌生物間の競争を緩和し共存させる要因となる。おたまじゃくしの種間関係について新しい仮説を検討する必要が生じている。

渓流の食物連鎖は、藻類による光合成と落葉など外部からもたらされた有機物からはじまるものに分けることができる。また、水生動物は藻類食や落葉食などに機能分化するが、水生動物の排泄物が藻類の生産を促すなど機能的多様性が生態系の機能を高める事実が注目されている。おたまじゃくしは生態系エンジニアであり、物理的環境を改変することによって他の生物にとっての資源の状態を改変する。したがって、その減少は水中生態系全体に影響を及ぼす。パナマでは,ツボカビによる両生類の大量死によって付着性藻類相が変化しただけでなく,カゲロウなど水生生物相への影響が8年後も回復していないことが明らかにされている(Rantala et al. 2015)。

私たちは、ラノマファナの渓流での多種の両生類の共存機構を食性ニッチの違いから解明したいと考えた。マダガスカルでは、森林伐採圧が高く、生物多様性への影響が危惧されている。そこで、森林の変化がおたまじゃくしの種組成変化を通じて、種間相互作用や水中生態系全体に影響が生じないだろうか。種多様性が生態系機能を高めるという仮説を実証したいと考えている。そして,両生類の種ごとに渓流内食物連鎖への影響が異なることを明らかにし、森林の改変による両生類成体にとっての生息環境の変化が,幼生期の種間関係を変化させることを通じて,おたまじゃくしの食性の重複を生じさせ,特殊化した種の絶滅とジェネラリストの増加を招くことを予想している。さらに,生態系エンジニアとしてのおたまじゃくしの種数減少が渓流生態系に及ぼす影響を明らかにしたいと考えている。

2014年10月と2015年3月に渓流でおたまじゃくしの分布調査を行った。自然林(図5)、二次林、農耕地のそれぞれにおいて3支流を選び、瀬と淵それぞれ4地点でサンプリングを実施した。各調査地点で、おたまじゃくしと底生動物を採集するとともに、周辺植生や流速、水質を測定し、餌候補として付着藻類、浮遊粒子、デトリタス、落葉などを採取した。捕獲したおたまじゃくしは写真撮影し、麻酔薬によって処理した後、組織片を採取した。また、夜間に鳴き声の聞き取りによるカエル調査を行った。自然林はValBioから離れたところにあるため、キャンプ地に泊まって調査を行った。マダガスカルというとバオバブや水田のイメージが強いが、夏のラヌマファナは毎日霧がかかり雨が降る。神秘的な風景だが、上からも下からもヒルが襲いかかるので気が抜けない。宿舎に帰って雨具をぬぐとたいていTシャツが血で染まっている。しかし、ランの花(図6)や夕暮れとともに聞こえるカエルの声など魅力も多い。

図5 自然林
図6

2014年10月の調査では、4515個体のおたまじゃくしを採集した(図7)。おたまじゃくしの外部形態によって48タイプに分けられたが、同じ種でも色彩などが異なる場合があるので、DNAによる種の同定を実施中である。外部形態より識別した支流あたり平均タイプ数と個体数は、自然林24タイプ1900個体、二次林12.3タイプ1484個体、農耕地17.3タイプ1131個体であった。いずれの地点でも瀬より淵でタイプ数と個体数が多かった。自然林でタイプ数、個体数とも多く、農地では林内で優占となっているタイプや砂食の種が減少し、地上部の改変が水中の生態系に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

図7おたまじゃくし

採集したおたまじゃくしの口器の形態は大きく5種類に分けられ,食性の分化が示唆された。何を食べているかを推定するために、おたまじゃくしの筋肉と餌候補の安定同位体比を測定した。炭素安定同位体比δ13Cの比率は植物のタイプによって異なるため、食物連鎖の出発点が陸上植物か水中の藻類かなどを識別できる。また、窒素安定同位体比δ15Nは食物連鎖が1段階上がるごとに高まるため、植食性か捕食性(肉食性)かなど食物連鎖の位置が推定できる。

一般型の口器を持つ種は、種によって炭素同位体比の大きく異なったが、窒素同位体比の違いは小さく、主に藻類や昆虫(死体)を食べていることが示唆された(図8)。落葉を主たる餌とする種は見られなかった。漏斗型口器をもつ種は、炭素同位体比の違いが小さく、餌の種類がより限られていることが示唆された。急流に生息する吸盤型口器をもつ種は、一般型より窒素同位体比が小さく、餌中の付着藻類の割合が大きいことが示唆された。砂食型のBoophis picturatusは窒素同位体比が大きく、分解者である微生物あるいは動物遺骸を主に食べていることが推測され、従来考えられたように間隙中の珪藻が主たる餌ではないことが明らかとなった。
 また、2015年10月に囲い込み実験を実施した。ラヌマファナ国立公園内の渓流(2次谷)にポリエチレン網(2 mmメッシュ)を用いた25 cm x 25 cmの囲いを設置した。囲い内の大型水生生物を除去した後、おたまじゃくしを投入して、25日間観察した。投入したおたまじゃくしは落葉を食べないにもかかわらず、落葉の消費が促進された。これは、おたまじゃくしの排泄物中に含まれる窒素が落葉表面の微生物を増加させたためではないかと考えている。

図8 ラヌマファナからの試料の安定同位体比

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?