ヒトはなぜ死ぬのか:プレリュード

ヒトは皆死ぬ。なぜ死ぬのか。いろんな説明がある。たとえば自動車は長年乗っているとタイヤや他の部品がすり減ったり調子が悪くなる。それと同じように体の組織が劣化していくのだ。この考えには問題があって、ヒトの細胞は常に新しくなることができる。また、寿命は動物によって異なりハツカネズミは最長で6年、チョウザメは152年と大きく異なる(https://honkawa2.sakura.ne.jp/4172.html)。寿命は自然な劣化だけによるのではなく、遺伝的にプログラムされているのではないか。

線虫Caenorhabditis elegansは通常は自家受精で子孫を残す。そのため、子孫の遺伝子はすべて等しい。ところが、寿命の異なる系統が存在する。Johnson and Wood (1982)は交配実験によって、寿命のが遺伝子によって決まる確率(遺伝率)を20%から50%であると推定した。その後、Klass (1983)は長寿の線虫突然変異体を得ることに成功した。しかし、Klassは変異体が長寿となる原因は摂食障害の結果と解釈し、特定の老化遺伝子の存在を否定した。その後、Klassの同僚のJohnsonが長寿を引き起こす遺伝子を発見し、age-1と名付けた(Friedman and Johnson 1988)。しかし、age-1突然変異は生殖能力が減少することから、老化の抑制そのものに働くのでなく、老化以外の生理的変化から生じていると考えた。

Kenyonら(1993)はdaf-2遺伝子の変異によって、線虫の成虫が野生型の2倍以上長生きすることを発見した。老化の理論のひとつに、生殖が寿命を縮めるというものがある。生物の生活史や行動はトレードオフである。得られるエネルギーや栄養は限られているため、自分の体を維持するために使うか、卵や精子をつくるために使うか選択しなければならない。daf-2変異個体の産卵数がわずかに減少していることが、寿命の長さに関係しているのではないかと考えた。生殖が寿命を縮めるかどうかを直接調べるため、野生型の生殖細胞と体性生殖腺の前駆体を切除した。 切除された個体の寿命は正常であり、精子も自殖個体も作らないfem-3変異体の寿命も正常であった。 生殖細胞や子孫を作ること自体は、雌雄同体の寿命を縮めることはないと結論づけた。予想通り、daf-2個体は生殖腺と生殖細胞を切除してもなお、長寿であった。生殖細胞や子孫生産の減少以外の要因が突然変異体の長寿の原因である可能性が高い。

 その後、インスリン/IGFの作用を減少させれば生殖能力を低下させることなく寿命が延びることが示された(Johnsonら 1993)。血糖値を調節するホルモンであるインスリンとインスリンに似た働きをするIGF-1は細胞表面に結合することで、細胞の生理作用を調節している。線虫の研究では、このインスリン/IGF-1経路が寿命に直接影響を与えることが示された(Larsen et al. 1995)。具体的には、この経路が過剰に活性化されると、生物の寿命が短くなる。一方、この経路が抑制されると、生物の寿命が延びる。線虫の老化はホルモンによって調節されているようだ。ホルモン分泌は遺伝子によって調節されている。それは、daf-2遺伝子の変異によるもので、daf-2が老化を引き起こす原因である。もちろん、遺伝子だけによって調節されているのではなく、成長途中の環境によっても変化する。

 これらの説明はメカニズムに関する至近要因の説明で、なぜそのように進化したのかという究極要因は別の説明が必要である。なぜ老化をすすめ死に至らしめるような遺伝子が進化したのか。それはdaf-2が老化と同時に線虫の適応度を向上させるような別の機能を持っているからと推測される。

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