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イルカの脳の謎を解明:死後MRIで「聴覚野」の意外な位置と経路を特定

イルカやクジラなどの鯨類は高い知性や複雑な社会性を備えています。しかし、その脳の働きについてはまだ多くの謎が残されています。特に、水中生活への適応とエコーロケーションへの依存から、鯨類の聴覚系は非常に特殊かつ重要であるにもかかわらず、その機能や構造に関するデータは限られていました。

これまで、イルカの主な聴覚野は脳の上部にあると考えられてきました。しかし、2015年にエモリー大学の研究チームは死後MRIを用いた新たな研究で、イルカの脳に側頭葉へ繋がる聴覚経路を発見し、イルカの聴覚野に関する従来の説を覆す可能性を示しました。

研究チームは2001年にアメリカ合衆国ノースカロライナ州で座礁したハンドウイルカと同じくノースカロライナ州で座礁したタイセイヨウマダライルカの2頭の死後脳標本を用いて、拡散テンソル画像(DTI)と呼ばれる特殊なMRI技術を用いて分析を行いました。DTIは脳内の水分子の動きを捉えることで神経線維の走行を画像化する技術です。

従来のDTI技術は生体組織を対象としており、長期間保存された標本への適用は困難でした。しかし、研究チームは近年開発された定常状態自由歳差運動(SSFP)に基づく新しいDTIシーケンスを用いることで、長期間ホルマリン固定された標本でも神経線維の走行を鮮明に画像化することに成功しました。

分析の結果、両種のイルカの脳において脳幹にある下丘(聴覚情報の中継点)から視床を経由して側頭葉へと繋がる明確な神経線維の経路が確認されました。これは、イルカの脳にも他の陸棲哺乳類と同様に、側頭葉に聴覚野が存在することを示唆する画期的な発見です。

従来、イルカの聴覚野は脳の上部にある上側頭回と呼ばれる領域にのみ存在すると考えられてきました。これは、進化の過程で側頭葉が拡大する一方で聴覚野が脳の上部に移動したためだとする説が有力でした。しかし、今回の発見はイルカの聴覚野が側頭葉にも存在することを示していて、鯨類の聴覚野の進化に関する従来の説を修正する必要性を示しています。

研究チームはさらに、視床の神経接続を詳しく分析しました。その結果、視床には上側頭回の聴覚野と側頭葉の聴覚野の両方に接続する領域があることが明らかになりました。さらに、上側頭回の聴覚野は視覚情報処理を司る視覚野とも密接に接続していることが分かりました。これはイルカがエコーロケーションを行う際に、視覚と聴覚の情報を統合的に処理している可能性を示唆しています。

引用元

タイトル:Diffusion tensor imaging of dolphin brains reveals direct auditory pathway to temporal lobe
URL:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2015.1203
著者:Gregory S. BernsPeter F. CookSean FoxleySaad JbabdiKarla L. Miller and Lori Marino


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