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2022年初笑い!世界の面白論文集

初めに

やっほー!みなさん2022年あけましておめでと~!サイエンス妖精でサイエンスライターの彩恵りりだよ!お年玉はnoteのサポートかAmazonの欲しいものリストからよろしくね

さてさて、2022年を楽しく迎えるために、今回はちょっと趣向を変えて、『2022年初笑い!世界の面白論文集』と題して、世界にあるちょっと変わった論文について、私の基準でチョイスしたものを紹介するね。面白い研究と言えばイグノーベル賞が有名だけど、既にそれはいろんなところで説明されているから、今回はイグノーベル賞受賞研究は意図的に外しているよ。また、単に面白いとか変わっているじゃなくて、何か他にもユニークなポイントやエピソードがある論文に絞り、似たような例がたくさんあるものは、代表的なものや特に面白いものを紹介しているよ。それでは新年早々30000文字の大作、どうぞ!

詳しい人向けの注意: 今回は話を分かりやすくするために、プレプリントやレターなどもまとめて "論文" としているよ。何がプレプリントやレターであるかは本文中に説明があるよ。

ネコが書いた論文

F・D・C・ウィラードの "署名" 。
(画像引用元: WikiMedia Commons (Dobromila onework))
  • J. H. Hetherington & F. D. C. Willard. "Two-, Three-, and Four-Atom Exchange Effects in bcc $${^3 He}$$". Physical Review Letters, 1975; 35 (21) 1442. DOI: 10.1103/PhysRevLett.35.1442

  • F. D. C. Willard. "L’hélium 3 solide. Un antiferromagnétique nucléaire". La Recherche, 1980; 114.

吾輩はF・D・C・ウィラードである

論文は英語で書かれる事が多いけど、これは全世界の人々に読んでもらうためのデファクトスタンダード的なもので、本来ならば言語の種類に制約はないよ。ただ、もちろん言語を使っている関係上、著者は人間に限定される、はずだよ。
ところが世界には、ネコが著者の論文が2本存在するよ!しかも1本は人間の著者との共同執筆だけど、1本はネコの単独執筆だよ!?
著者の名前はF・D・C・ウィラードというシャムネコ。ジャック・H・ヘザリングトンという人間と一緒に、1975年に "Two-, Three-, and Four-Atom Exchange Effects in bcc $${^3 He}$$" という論文をPhysical Review Lettersに投稿したよ。ざっくり言えばこの論文は、ヘリウム3という原子が低温下に置かれた時、2個、3個、4個のそれぞれの原子数でどんな磁性を示すのかについて述べた論文だよ。そして1980年には、ウィラードが1匹で書いた "L'hélium 3 solide. Un antiferromagnétique nucléaire" という論文がLa Rechercheに投稿されたよ。これはヘリウム3の固体は反強磁性という磁性を示す事について述べた論文だよ。ウィラードの科学界への貢献はこの2本の論文のみで、1982年に死去したよ。

なぜネコが論文を書いたのか

ネタ晴らしをすると、もちろん1匹の天才ネコが英語とフランス語を操り物理学の論文を書いたわけじゃないよ。ネコが論文著者に名を連ねた理由は人間の執筆者であるヘザリングトンにあるよ。1975年に論文を執筆したヘザリングトンは、同僚に論文の問題点を指摘されたんだよ。論文はヘザリングトン1人の研究内容なのに、本文では一人称に複数形が使われているというミスを犯していたんだよ。研究内容ではなく文法の間違いではあるけど、このままでは科学誌に論文を投稿してもリジェクト (掲載拒否) されるだろうと言われてしまったんだよ。当時は当然ワープロソフトなんて便利なものはなく、タイプライターで書いていたものだから、これを直すのはイチから全部書き直すという事を意味するから、手間がかかるよ。そこで複数形でもおかしくないように、飼い猫をもう1人の著者を登場させた。これがウィラードの正体だよ。

この飼い猫自体はチェスターと言う名前で、ウィラードの名はチェスターの父親の名前だよ。勘のいい同僚ならウィラードの正体に気づくかもしれないと思ったヘザリングトンは、イエネコの学名Felis domesticusと、ウィラードの本来の名前であるチェスターを頭文字としてF・D・Cを省略形としてつける事で、架空の執筆者F・D・C・ウィラードを作り上げたんだよ!
ちなみにウィラードの正体が公になったのは1978年。低温物理学の国際会議の場で、1975年の論文の写しを配った時に、著者の "署名" としてチェスターの足跡が付けられていたんだよ!

動物が共筆者な論文は他にもある

  • P. Matzinger & G. Mirkwood. "In a fully H-2 incompatible chimera, T cells of donor origin can respond to minor histocompatibility antigens in association with either donor or host H-2 type". Journal of Experimental Medicine, 1978; 148 (1) 84-92. DOI: 10.1084/jem.148.1.84

  • A. K. Geim & H. A. M. S. ter Tisha. "Detection of earth rotation with a diamagnetically levitating gyroscope". Detection of earth rotation with a diamagnetically levitating gyroscope, 2001; 294-295, 736-739. DOI: 10.1016/S0921-4526(00)00753-5

実はF・D・C・ウィラード以外にも、動物が共同執筆者として名前が載せられている論文があるんだよ。例えばポリー・マッツィンガーのT細胞に関して述べた1978年の論文は、飼い犬のアフガン・ハウンドをガラドリエル・ミルクウッドなる名前で共筆者として論文に載せているよ。ガラドリエルもミルクウッドも、J・R・R・トールキンの小説に出てくる用語が元ネタだよ。ただ、さすがにこれは悪ふざけとみられたのか、ガラドリエル・ミルクウッドが死去するまでこの論文の掲載が禁止される処分を受けたんだよ。

また、アンドレ・ガイムが2001年に執筆した、地球の自転をジャイロスコープの浮上で検出しようとして失敗した論文には、H. A. M. S. ter Tishaという名前の共筆者が存在しているよ。これはハムスター (Hamster) の英語名を名前っぽくしただけで、後ろのティシャはガイムの飼いハムスターの名前だよ。実際には、実験にはハムスターは関わってこないよ。ただ、ペットとして癒しを提供したのがガイムの研究に役立ったという "功績" からティシャは共筆者として名乗りを上げているそうで、実際ガイムはノーベル賞とイグノーベル賞の両方を受賞している、今のところ唯一の人物だよ!

100万ドルの価値がある "下書き" 論文

100万ドルの懸賞金を受け取る理由となった "下書き" 論文3本のうちの1つだよ。
画像引用元: Grisha Perelman. "The entropy formula for the Ricci flow and its geometric applications". arXiv, Differential Geometry (math.DG); 2002. arXiv: math/0211159v1
  • Grisha Perelman. "The entropy formula for the Ricci flow and its geometric applications". arXiv, Differential Geometry (math.DG); 2002. arXiv: math/0211159v1

  • Grisha Perelman. "Ricci flow with surgery on three-manifolds". arXiv, Differential Geometry (math.DG); 2003. arXiv: math/0303109v1

  • Grisha Perelman. "Finite extinction time for the solutions to the Ricci flow on certain three-manifolds". arXiv, Differential Geometry (math.DG); 2003. arXiv: math/0307245v1

研究者の下書き、プレプリント

研究成果をまとめた論文を学術誌に投稿しても、それが掲載されるまで、普通は数ヶ月かかるよ。これは学術誌の編集者や外部の研究者が論文の論理的内容を検証する査読を通しているからだよ。同じような研究を行っている人は無数にいて、もしかするとその人が先に別の学術誌に研究成果を載せてしまう可能性も無くはないよ。更に問題がある行為ではあるけど、査読者の中には不正行為を行う人がいて、査読に回った論文の内容やアイデアを盗み、さも自分の成果として発表されてしまう恐れもあるよ!

そう言った事を防ぎ、自分が最初の研究者である事を示すために存在するのがプレプリントと呼ばれるものだよ。いわば論文の下書き投稿所で、あくまで正式に論文として掲載されたものではないという前提で研究成果が投稿されているよ。プレプリントはそういう後ろ向きの理由だけでなく、他の研究者がそれを読んで議論を深めたり、学術誌側から指摘される前に誤りを見つけてくれたりと、色々と前向きな理由でも使われるよ。インターネット時代になると、プレプリントは専用サーバーとして管理されるようになったから投稿も閲覧も便利になって、日々膨大なプレプリントが投稿されるようになっているよ。プレプリントサーバーの利用は義務ではないけれど、利用する研究者は多いよ。一応注意してほしいのは、プレプリントはあくまで下書き投稿所であるという点だよ。当然ながら査読制度は存在しないから、内容がへんてこりんな論文でも原則として載ってしまうよ (あまりにおかしすぎるものはプレプリントサーバーからも削除される事はあるよ) 。だからプレプリントに投稿された事は何の成果にもならないという点には注意が必要だよ。

正式な成果として認められた "下書き"

ところが、世の中には例外がつきものなのか、プレプリントサーバーに投稿されたものが正式に成果として認められた稀有な事例が存在するよ。それはプレプリントサーバーとして有名なarXivに2002年から2003年にかけて投稿された、3本の数学に関するプレプリントだよ。投稿者はグリゴリー・ペレルマンで、有名な数学の未解決問題である (3次元) ポアンカレ予想の解決に関する内容だったよ。数学には未解決問題は数あれど、ポアンカレ予想が有名なのは、2000年にクレイ数学研究所が100万ドルの懸賞金をかけた7つのミレニアム懸賞問題の1つだったからだよ!1904年にアンリ・ポアンカレによって提唱された「単連結な3次元閉多様体は3次元球面$${S^3}$$に同相である」という内容の予想は、トポロジーという数学の分野に長年存在していた未解決問題で、それが解かれる事が数学においてとても重要だった事から、数学に関心を持っていない人にも興味を持ってもらえるように懸賞金がかけられた、という経緯があるんだよ。

ポアンカレ予想の内容に関する解説はいっぱいあるし、本筋に関わらないから割愛するけど、厳密に言えばペレルマンはポアンカレ予想を解いた論文を書いたわけじゃなく、サーストンの幾何化予想という数学の未解決問題を証明したんだよ。ポアンカレ予想は幾何化予想の一部に含まれているから、より難しいものを証明したというスゴい成果なんだよ!ただ、ペレルマン自身はあくまでも幾何化予想の証明をする事だけに関心があって、名声とか栄誉とか懸賞金とかには興味が無かったよ。だから幾何化予想の証明に関する3つのプレプリントをarXivに投稿しただけで、正式に学術誌に投稿するという事をしなかったんだよ。

さっきも言ったように、プレプリントはあくまで下書き的な性質があるし、ポアンカレ予想ほど有名な数学の予想だと、解決したという誤った主張が投稿されるのは珍しくないから、正直最初は他の有象無象と同じく無視されていたよ。ところがそのうち数学者の間でどうも正しいらしいという事が判明して、プレプリントのまま内容の検証が真剣に行われるという珍しい事が発生したんだよ!その内容は、ポアンカレ予想は大体こう解かれるだろうと予想されていたアプローチから外れた、ポアンカレ予想に詳しい人はあんまり手を付けない専門分野にまたがっていたために、検証には数年がかかったよ!そして2006年になり、ペレルマンの論文には致命的な誤りがなく、細かい誤りはペレルマン自身の手法で解決可能な些細なものという結論が下って、ペレルマンのプレプリントは正式にポアンカレ予想を解決したものとして認められたんだよ!

さて、クレイ数学研究所の100万ドルの懸賞金はどうなったかと言うと、arXivにのみ登録されていた事がちょっと問題になったよ。賞金が贈られる条件に査読付きの学術誌に投稿する事が含まれていたからだよ。ただ、クレイ数学研究所は、この条件は絶対的なものではなく、賞金を贈る事を妨げるものではないと決定したよ。かくして、下書き状態だったペレルマンの論文の内容が正しいと認められた後、ペレルマンには100万ドルの賞金が贈られる事が決定したんだよ。ただ、ペレルマンは賞金受け取りを辞退したんだよ。これにはいろいろな理由があると本人が語っているけど、その中の1つは、この証明の一部に使われているリッチ・フローという数学的手法を発明したリチャード・S・ハミルトンの評価が不十分だと不満があったからだといわれているよ。結局クレイ数学研究所は、受け取られなかった賞金を数学界の利益となる形の使途を検討すると決定したんだよ。現在でも、ポアンカレ予想はミレニアム懸賞問題の中では唯一解かれた問題となっているよ。

"嘘" が書かれた真っ当な論文

世界で初めて合成された高温超伝導体の結晶構造だよ。本来ならここにはY (イットリウム)が入っているけど、論文の初稿では意図的にYb (イッテルビウム) と書かれていたよ。
画像引用元: Public Domain (WikiMedia Commons (Autor: Cadmium))
  • M. K. Wu, J. R. Ashburn, C. J. Torng, P. H. Hor, R. L. Meng, L. Gao, Z. J. Huang, Y. Q. Wang & C. W. Chu. "Superconductivity at 93 K in a new mixed-phase Y-Ba-Cu-O compound system at ambient pressure". Physical Review Letters, 1987; 58 (9) 908. DOI: 10.1103/PhysRevLett.58.908

研究の世界も真っ当ではない

科学者の研究がきちんと認められるのは、査読制度のある学術誌に掲載された時というのが一般的だけど、査読を行うのも人間である以上、時には不正行為も起こるよ。論文の査読は、その道の専門家である方が内容の理解をしやすいから望ましいけど、同時にそれはライバル研究者である事も多いよ。となれば、査読した内容を自分や他人に漏らして、研究成果をかすめ取るという不正行為が発生する場合もあるよ。1987年に高温超伝導を示す物体を世界で初めて合成したポール・チューも、そういう不正行為を恐れた人物だよ。

その前に高温超伝導について説明するよ。物質を低温で冷やすと、ある温度より下では電気抵抗がゼロになる超伝導と呼ばれる現象があるよ。電流を流しても全く損失なく流せる事や、その過程で強力な磁場が発生する事から、なるべく高い温度で超伝導を実現する事が物理学者の長年の夢だったよ。ただ、高温超伝導の発見以前では、-270℃前後というとても低温の液体ヘリウムでしか超伝導は発見されていなかったよ。ところがチューは、イットリウム、バリウム、銅、酸素が化合したセラミック物質が、-180℃の液体窒素の温度でも超伝導が起こる事を偶然発見したんだよ!どっちにしても寒いじゃないかって思うかもだけど、この温度と物質の差はとても大きくて、大幅なコストダウンが期待できる大発見だったんだよ!

ただ、チューがこの論文を物理学の著名な学術誌Physical Review Lettersに投稿しようと思ったんだけど、論文の内容が漏れてしまう事を恐れたんだよ。合成された高温超伝導体は$${YBa_2Cu_3O_{7-\delta}}$$という組成を持っていて、原料も製造方法もさほどは難しくなかったよ。という事は、どちらかといえば小さな研究室であったチューの方法を、他の大規模な研究所が査読の数週間中にマネをして、自分の成果だと主張する恐れがあったんだよ。

本当のためについた大きな "嘘"

そこで、チューは査読に回す論文にあえて "嘘" を書いたんだよ。高温超伝導体に含まれる元素のうち、Yと書かれるべき部分をわざとYbと書いたんだよ。Yという元素記号はイットリウム (Yttrium) を表すけど、Ybという元素記号だとイッテルビウム (Ytterbium) という全く別の元素になってしまうよ。名前が似ているなと思うあなたは正解!実はイットリウムもイッテルビウムも、同じ発見地であるスウェーデンにあるイッテルビー (Ytterby) という地名にちなんでいるんだよ。この紛らわしすぎる名前は科学を学ぶものを悩ませるけど、チューにとっては助け舟となったんだよ。チューはわざと化学式のYを全てYbと書いて論文を投稿し、査読と校正が終わった後にYbはYの間違いだったと修正したんだよ。イットリウムとイッテルビウムは、名前だけでなく化学的性質も似ているから、嘘が書かれていてもすぐには気づきにくいという点も利用されたんだよ。

さて、チューの論文は無事投稿され、チューの研究成果として科学界に知られるようになったよ。そしてチューが懸念した通り、掲載までの数週間でイッテルビウムの高温超伝導体が合成されたらしいという噂が流れ、高価なイッテルビウム酸化物の注文も増えたんだよ。研究の世界でも不正は起こっていて、時には嘘も方便というのが分かる事例だね。

映画撮影がきっかけで書かれた物理学論文

回転するブラックホールの周りの時空がどう変化するのかを説明した図だよ。何もないなら歪みのない市松模様の時空間 (a) が、回転するブラックホールがあると激しく歪んでしまうよ (b) 。ブラックホールの縁に近ければ近いほど、像は何重にも圧縮され複雑化するよ (c) 。
画像引用元: Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin & Kip S. Thorne. "Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar". Classical and Quantum Gravity, 2015; 32, 065001. DOI: 10.1088/0264-9381/32/6/065001 arXiv: 1502.03808v2
  • Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin & Kip S. Thorne. "Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar". Classical and Quantum Gravity, 2015; 32, 065001. DOI: 10.1088/0264-9381/32/6/065001 arXiv: 1502.03808v2

  • Oliver James, Eugénie von Tunzelmann & Paul Franklin. "Visualizing Interstellar's Wormhole". American Journal of Physics, 2015; 83, 486. DOI: 10.1119/1.4916949 arXiv: 1502.03809v3

  • Oliver James, Sylvan Dieckmann, Simon Pabst, Paul-George H. Roberts & Kip S. Thorne. "Building interstellar's black hole: the gravitational renderer". ACM SIGGRAPH, 2015; 21, 1. DOI: 10.1145/2775280.2792510

リアルを追求するのは簡単じゃない

みんなは、2014年に公開されたSF映画『インターステラー』を観た事はあるかな?個人的にあの映画はとても面白いからぜひネタバレ無しで観てほしいんだけど、あの映画はストーリー部分だけでなく、科学考証に相当こだわったSF映画としても知られているんだよ。

『インターステラー』ではワームホールとブラックホールが登場するけど、もし映画のようにワームホールやブラックホールを近くで観た場合はどう映るのかという点については、これまで正確に描写された事が無かったよ。その理由は、ワームホールやブラックホールの周辺では時空が物凄く歪んでいるから、光の経路もそれに合わせて曲げられてしまうからだよ。ブラックホールの周りでは重力が強すぎて、本来見えないはずの裏側が見えていたり、像が何重にも重なって見えてしまうよ!更にブラックホールは普通は回転しているので、時空の歪みはそれに引きずられて刻々と変化するよ!この時空と光の曲がり方は複雑すぎて、シミュレーションする計算量が膨大になっちゃうから、これまで詳しく知る事ができなかったんだよ。

ワームホールやブラックホールの景色を知る

この問題に全力で取り組んだのが『インターステラー』だよ。理論物理学の専門家で、2017年にはノーベル物理学賞を受賞するキップ・ソーンを招いて、視覚効果に関わる30人余りの人々と一緒に理論物理学的なシミュレーションを行ったんだよ。あまりにも計算量が膨大すぎて、個々のフレームレンダリングに最大100時間かかり、合計データ量は800テラバイトにもなったんだよ!

このシミュレーションによって得られた計算結果は、ワームホールやブラックホールによる極端な時空の歪みについて新しい物理学的知見を提供したとして、上にある3本の論文が2015年に掲載されるに至ったんだよ。1本はブラックホールがどのように見えるか、1本はワームホールがどのように見えるか、そして1本は重力によって光が曲げられるという現象とCGIレンダリングの関係性について述べているんだよ。もちろん、どれもまじめな内容の論文だよ。映画の撮影に関わったものとしてはかなりまじめだよね!

実は、この視覚効果は映画では100%完全に描写されたわけじゃないんだよ。観客が理解できるレベルを超えているという判断から、光の波長が重力によって変化するドップラー効果が省略されているんだよ。ただ、その他の点では非常に正確な描写で、後に2019年にイベントホライズンテレスコープが世界で初めて直接撮影したブラックホールであるM87* (M87の中心にある超大質量ブラックホール) の画像は、『インターステラー』のブラックホールととても似ている事が分かったんだよ!

テレビゲームの内容そのものに言及した数学論文

これは『スーパーマリオブラザーズ』のゲーム画面ではなく、数学の論文に添付されている画像の1つだよ。
画像引用元: Erik D. Demaine, Giovanni Viglietta & Aaron Williams. "Super Mario Bros. Is Harder/Easier than We Thought". th InternationalConference of Fun with Algorithms, 2016. HDL: 1721.1/103079

ゲームと数学の関係性

テレビゲームはあくまで遊びだから、論文の世界とは縁遠いんじゃないかと思う人もいるかもしれないね。でも、ゲーム理論という大きな数学的ジャンルがあるように、実際には数学とゲームはとても深い関係があるよ。プログラムで書かれた現代的なテレビゲームはもちろんの事、プログラムはおろかコンピュータすら存在しない古典的ゲームにもゲーム理論は存在するよ。ただ、ゲーム理論のように数学的に一般化や抽象化されたものではなく、実在するテレビゲームの内容そのものやそのルールを順守し、それでいてきちんと数学をしている論文もあるんだよ。

その中の1つで、恐らく最も有名なものに "Tetris is Hard, Even to Approximate" という論文があるよ。『テトリス』は "難しい (Hard)" って確かにって納得というタイトルかもしれないけど、この場合のHardは難易度ではなく、NP困難という数学用語だよ。NPという用語は結構難しいけど、この後の説明に関わるから、かいつまんで説明するね。

そもそもNPってなんぞや

ある数学的な問題があって、これを解くのにどれくらいの時間がかかるのか、という事を考える数学の分野があって、これを計算複雑性理論と言うよ。例えば、ある自然数を素因数分解する、地図に与えられた点を全て通ってスタート地点に戻ってくる最短ルートを構築する、重さと価値が異なる荷物を最も合計の価値が高くなるようにナップサックに詰める、というような問題だよ。数字が大きくなる、通る点が多くなる、荷物の数が多くなる、となれば計算量が増えるのは当然だけど、この時計算量の増え方がどんな風かでクラス分けする時に使う用語がPとNPだよ。

クラスPに属する問題は、計算量の増え方が穏やかで、現実的な時間でコンピュータとかで解く事が可能だよ。一方でクラスNPに属する問題は、計算量の増え方が急激すぎて、現実的な時間で解く事が不可能になってしまうよ。先ほど挙げた例は全てNPに属するもので、この内素因数分解はクレジットカードやメール通信などの暗号化にも使われているんだよ!ある2つの素数を掛け算する事は現代のコンピュータではさほど時間がかからないけど、ある自然数を2つの素数に素因数分解するのは、桁数が増えると急激に計算時間が増えてしまうという性質を利用しているんだよ。

ただし、ある問題がPかNPかに属すると証明するのはかなり難しくて、ほとんどの数学的問題は多分NPという曖昧な状態に置かれているよ。ある数学的な問題がNPである事を証明するには、その問題を簡単に解く方法が1つもない事を示さなきゃならないから、実は知られていないだけでそんな方法があるかもしれないという状態な問題が数多くあるからだよ。更に言うと、解く事が難しい問題であっても、それだけではNPであると証明する事はできないよ。だからこういう、少なくとも今まで知られているNPな問題よりは同等以上に難しい事が分かっている問題をNP困難と言うよ (紛らわしいけど、NP困難はNPより同等以上に難しいと分かっているだけで、NPに属するとは限らないよ) 。そしてNP困難な問題の中で、NPに属する事が証明されている問題をNP完全と言うんだよ。

かなり説明が長くなっちゃったけど、とにかく理解してほしいのは、ある数学的な問題がNP完全であると証明する事は結構難しい、と言う点だけ知っといてくれればいいよ。

テトリスの数学論文

  • Erik D. Demaine, Susan Hohenberger & David Liben-Nowell. "Tetris is Hard, Even to Approximate". International Computing and Combinatorics Conference, 2003; 351-363. DOI: 10.1007/3-540-45071-8_36 arXiv: cs/0210020v1

さっきタイトルだけ触れた論文は、『テトリス』そのもののルールの範囲内で数学をしているよ。ここで言う『テトリス』のルールは、オフライン環境の最も基本的なもの、つまりはテトリミノ (ブロックピース) を上から落として重ねていき、横一列を隙間なく詰めればその列は消える、テトリミノが出現する最上段の列に別のテトリミノが既に埋まっていて、新しく出現するテトリミノに重なってしまうとゲームオーバー、と言うものだよ。

論文ではこの『テトリス』の基本ルールは守りつつも、問題を一般化したんだよ。普通の『テトリス』のフィールドは横10マス×縦20マスで、テトリミノは7種類を使うよね。これに対して論文では、フィールドは何マスでもいいと一般化したよ。また、テトリミノは7種類をフルに使う場合と共に、いくつかの種類に制限する場合も想定したよ。そしてその中で、以下の4つについて答えを出すという問題はNP完全であると証明したんだよ。

  1. 与えられたテトリミノで、一度に消す事が可能な最大の行数。

  2. 与えられたテトリミノで、ゲームオーバーになるまでに埋める事が可能なフィールドマスの最大数 。

  3. 与えられたテトリミノで、可能なテトリス (4列同時消し) の最大数。

  4. 与えられたテトリミノで、ゲームオーバーになるまでに埋まるフィールドマスを最小化する方法。

ぷよぷよの数学論文

  • 輝久松金 & 康彦武永. "一般化ぷよぷよのNP完全性 (計算機科学基礎理論とその応用)". 数理解析研究所講究録, 2005; 1426, 147-152. HDL: 2433/47272

  • 牟田秀俊. "ぷよぷよ全消し判定問題はNP完全" 東京大学卒業論文, 2005. NAID: 10015530752

  • 亀村真理. "ぷよぷよの2色全消し判定問題". 電気通信大学卒業論文, 2005. NAID: 10017435009

どこかロジック的なパズルゲームは、やっぱり数学との相性が良いのか、『テトリス』以外にも『ノノグラム』や『I.Q Intelligent Qube』など、NP完全であると証明されたパズルゲームはいくつかあるよ。これを全部挙げる事はできないので、もう1つとして今回は『ぷよぷよ』を紹介するね。

『ぷよぷよ』のルールは大体の人が知っていると思うから軽く説明するね。与えられたフィールドに対して2個1組がつながった1列のぷよを落としていき、同じ色ぷよが縦横4個以上くっ付けば消えるよ。時々おじゃまぷよという、これ単独では消す事ができないぷよが出現するけど、色ぷよが消える時に隣接しているおじゃまぷよは一緒に消えるよ。そしてすぐ下に空白ができたぷよは、他のぷよの上かフィールドの最下段に触れるまで落下するよ。空白ができた時にぷよが落下する性質をうまく使う事が連鎖のコツ、というのはやっている人なら感覚的に理解しているよね。

この論文では『ぷよぷよ』の基本ルールは守りつつも一般化しているよ。フィールドのマス数と落とすぷよの1列に含まれる数を任意にした一般化ぷよぷよを定義したよ。そしてこの一般化ぷよぷよの中で、特定の連鎖数をすることが可能か、という判定を行うのはどの程度複雑かを調べたんだよ。その結果、この問題を判定するのはNP完全であると証明したんだよ。

実はこの論文の前にも『ぷよぷよ』の先行研究があるんだよ。例えば、ぷよぷよが積まれた任意のフィールドにおいて2個1組のぷよを落とした時に、フィールド上のぷよを全部消す事ができる全消しが可能かについてはNP完全であるという論文があるよ。他にも、フィールドが空の状態で初めて、2色のみの色ぷよを使った場合に全消しが可能かについては線形時間で解ける (クラスPの中でも難易度が更に低いという事) という事が証明されているよ。

マリオも数学の論文に登場

  • Erik D. Demaine, Giovanni Viglietta & Aaron Williams. "Super Mario Bros. Is Harder/Easier than We Thought". th InternationalConference of Fun with Algorithms, 2016. HDL: 1721.1/103079 

さて、『テトリス』や『ぷよぷよ』はパズルゲームだから、ある程度数学に相性が良い事は想像がつく、って人がいるかもしれないけど、実は一見するとパズルゲームではない『スーパーマリオブラザーズ』でも数学の論文が発表されているんだよ!論文のタイトルは "Super Mario Bros. Is Harder/Easier than We Thought" だよ。ただしこれは厳密には『スーパーマリオメーカー』のように、パーツを自由に並べる事が可能な場合において論文を書いているよ。パーツの並べ方やその効果が『スーパーマリオブラザーズ』のプログラムが意図した挙動の範囲内で動作する、という制約があるからこのようなタイトルになっているんだよ。

この論文で操作するマリオはちびマリオ (1ブロック×1ブロックの身長で、1回ダメージを受けるとダウンする状態) で、左右にループするステージを用意しているよ。ステージに配置されたパーツはハードブロック、レンガブロック、トゲゾーだけだよ (他には1ブロック分の長さだけを覆うファイアバーが設置されているけど、これはマリオが抜けられずトゲゾーだけが抜けられる不正防止用の障害物なので省略するよ) 。ハードブロックで囲まれた通路は1ブロック分の高さしかなくて、マリオが障害物をジャンプで避ける事はできないよ。そしてそのままだと、一定のエリアを往復するトゲゾー (ちびマリオでは倒す方法がない) に当たってしまい、マリオはダウンしてしまうよ。これを防ぐには、レンガブロックの上にトゲゾーが載ったタイミングでレンガブロックを下から叩いて、トゲゾーが自力では登れない1ブロック分の高さの段差を乗り越えさせる必要があるよ。このようにして、通路がトゲゾーに塞がれた状態のステージを "カギがかかった箱" 、トゲゾーをどかしてマリオが奥にいける状態になったステージを "カギが開いた箱" と表現するよ。

なんだかややこしいけど、結局のところこの論文で言いたいのは、カギがかかった箱とカギが開いた箱だけを使って、与えられた数学の問題を解く事はどれくらいの難易度かを解いているのが主題で、この手法を『スーパーマリオブラザーズ』のルールの中で完全に構成する事が可能か、というのを述べているんだよ。この論文の結論は、『スーパーマリオブラザーズ』は以前にNP困難であると言われていたんだけど、更にそれよりも難易度の高いPSPACE完全というクラスに属すると証明したんだよ!うーん、ちょっと難しいよね。

ニセモノ学術誌に投げられたニセモノ論文

ほとんど全ての文章が "Get me off Your Fucking Mailing List" だけで書かれた "論文" 。この論文はこの内容でしかも盗用であるにも関わらず、学術誌に最高の評価を受けたんだよ。
画像引用元: David Mazi`eres & Eddie Kohler "Get me off Your Fucking Mailing List". WMSCI 2005. (Stanford Secure Computer Systems Group, Stanford University)

学術界の迷惑なニセモノ、ハゲタカジャーナル

どんな業界にも、一見するとホンモノっぽさを装っているニセモノが存在するよね。一見そういうのとは無縁そうな論文の世界も、実際にはこういう問題に晒されているんだよ。論文は基本的に、学術誌に投稿したら必ず掲載されるってものじゃなくて、まずは編集者や他の研究者が論文を読んで、その論文に変な部分が無いかを調べる査読というプロセスを通す事が一般的だよ。査読の厳しさは学術誌によって千差万別で、文章構成や誤字脱字のような単純な部分だけ観るところもあれば、スゴい研究でも新規性や画期的な感じがしなかったら掲載しないところもあるよ。

そして、無事査読を通過した論文は学術誌に掲載されるよ。学術誌は購読料を収入源をしているから、論文の内容をタダで全部公開する事はないけど、お金を払う人は学術誌によって違うよ。タイトルやアブストラクトなどの基本情報以外は非公開として、読みたい人がその論文単体か、掲載されている誌を1冊買うスタイルはイメージが付きやすいと思うけど、それとは違うもうひとつのスタイルとしてオープンアクセスというものがあるよ。オープンアクセス誌の場合、掲載料を論文著者自らが支払っていて、その代わり論文の内容の全てを誰もが読む事が可能だよ。

ところが、このオープンアクセスのスタイルを悪用しているのがハゲタカジャーナルと呼ばれるものだよ。ハゲタカジャーナルは一見すると普通の学術誌に見えるけど、実態は全く異なるよ。ハゲタカジャーナルは査読プロセスがずさんだったり、そもそもやっているフリだけをしていて実際にはしていない事が多くて、投稿した論文はほぼそのまま掲載されるよ。こうするのは論文の掲載料をタカるのが目的だからで、少しでも投稿しやすくするためか、掲載料はまともなオープンアクセス誌と比べると妙に安い場合が多いよ。中身の正確性が保証されていないハゲタカジャーナルの存在は、まともな研究者には迷惑な話だし、間違えて掲載されてしまうと一般的に汚点とみなされてしまう場合が多いから警戒されているよ。一方で、意図的にひっかけるためか有名な学術誌のタイトルにそっくりに作られているハゲタカジャーナルも多く存在していて、こういう実態を知らない一般の人たちをだますために、わざとハゲタカジャーナルに投稿して論文掲載の権威付けとする悪質な人もいるよ。

「アンタのくそったれメーリングリストから私のアドレスを削除しろ」

こういう風に一般的な学術の世界では有害な存在でしかないハゲタカジャーナルだけど、少しでも投稿論文を稼ぐためにスパムメールを送ってくるところも多く存在するから、それ単独だけでも迷惑というのが正直なところだよ。計算機科学者のピーター・ヴァンプルーも、やはりハゲタカジャーナルのスパムメールに迷惑していたよ。そしてとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、2014年に、メールを送ってきたInternational Journal of Advanced Computer Technologyというオープンアクセス誌に "Get me off Your Fucking Mailing List" という論文を添付ファイルに付けて、本文には何も書かずメールを返信したんだよ。タイトルにFワードがついている事からも察せるように、これは論文ですらないへんてこりんな文章だよ。そもそも論文タイトルを直訳すると「アンタのくそったれメーリングリストから私のアドレスを削除しろ」という辛辣な抗議で、おまけに本文は章題から何から "Get me off Your Fucking Mailing List" のコピペで構成されていて、図2枚とその説明文も "Get me off Your Fucking Mailing List" で構成されているという徹底ぶりだよ!

というか、このニセモノ論文、そもそも著者はピーター・ヴァンプルーじゃないよ。本当の著者はデイビット・マジエレスエディー・コーラーで、遡ること9年前の2005年に書かれたものだよ。このニセモノ論文は学術誌ではなく、WMSCI 2005 (the 9th World Multiconference on Systemics, Cybernetics and Informatics) というカンファレンスに向けて作成されたものだけど、このカンファレンスもスパムメールと緩すぎる論文受理基準で悪名を馳せていたから、これに対する抗議の文章だったんだよ。ヴァンプルーは正直にも (?) 論文著者を自分だと偽る事はせず、マジエレスとコーラーの名前をそのままにした上でこのニセモノ論文を送信したんだよ。論文著者が違う上に内容が無意味な論文だから、ちょっとでも観れば変な所に気づくところ、International Journal of Advanced Computer Technologyは5段階中最高のExcellentの評価を与え、論文掲載料150ドルを請求したとの事なんだよ。もちろんヴァンプルーは払わなかったし、その結果正式に掲載されるまではならなかったけどね。そしてそんな論文を受理してしまったInternational Journal of Advanced Computer Technologyの評価がどうなったかは、説明するまでもないよね。

C○VID-19の感染源は食用ズバット!?

  • Utsugi Elm, Nasu Joy, Gregory House & Mattan Schlomi. "Cyllage City CVID-19 outbreak linked to Zubat consumption". American Journal of Biomedical Science & Research, 2020; 8, 2. DOI: 10.34297/AJBSR.2020.08.001256 (※リンク切れ)

こういうハゲタカジャーナルのずさんな体制を突いて、内容が意味不明なもの、専門用語を乱雑に並べただけで意味を成していないもの、ランダムに単語を並べるプログラムで自動生成したものをわざと送る行為は時々あって、割と例は存在するんだよ (裏を返せば、ハゲタカジャーナルが世の中にどれだけ存在するのかと言う悲しい現実を反映しているよ) 。

その例の中でも、かなり内容が凝っているニセモノ論文に "Cyllage City C○VID-19 outbreak linked to Zubat consumption" が存在するよ。論文タイトルの直訳は「ショウヨウシティでのC○VID-19の発生とズバットの食用消費は関連している」だよ。ズバットはポケットモンスターに登場するコウモリがモチーフのポケモンで、ショウヨウシティはポケモンのゲームに登場する街の1つだよ。この説明から察せるように、この論文は全くのデタラメな内容だよ!ニセモノ論文を2020年に取り上げたのはAmerican Journal of Biomedical Science & Researchというオープンアクセス誌で、ハゲタカジャーナルと批判されている学術誌の1つだよ。こちらは査読を通過してしまい、投稿の4日後に受理、無事 (?) 掲載されてしまうというところまで行ってしまったんだよ!C○VID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2の起源は現在でも議論が続いているけど、他のC○VID-19の種と同じように、野生のコウモリが保有しているウイルスが保有していて、それを食用として捕獲したヒトに感染したのがその起源というのがウイルスのゲノム解析で有力視されているよ。食用ズバットという内容は、明らかにこれにひっかけたパロディだよね。

分かる人には分かるネタが多すぎるニセモノ論文

ここまでなら、ハゲタカジャーナルを批判するために投稿されたニセモノ論文の1つに過ぎないけど、それにしてもこの文章は相当内容が凝っているという点でかなり特異だよ。論文の著者はウツギ・エルム (Utsugi Elm)、ナース・ジョイ (Nasu Joy) 、グレゴリー・ハウス (Gregory House) 、マッタン・スクホロミ (Mattan Schlomi) なる4人の人物だけど、所属も含めて全てネタである事が分かるよ。ウツギ・エルムは『ポケットモンスター金&銀』に登場したウツギ博士で、エルムはウツギ博士の英語名だよ。ご丁寧に所属も、ゲーム中に登場したワカバタウン出身である事を示しているよ。ナース・ジョイはアニメに登場するキャラクターのジョーイのフランス語風もじりで、所属もフランスにあるポケモンセンターとなっているよ。グレゴリー・ハウスはポケモンではなく、『Dr. House』と言う作品の登場キャラクターだよ。最後のマッタン・スクホロミは元ネタがない…と思いきや、この人ニセモノ論文の真の執筆者、マタン・シェロミ (Matan Shelomi) のもじりで、過去にもスクホロミ名義で複数のニセモノ論文を投稿している "余罪" がある人だよ。所属はゴッサム総合病院となっているけど、これは名前からして『バットマン』に登場するアーカム・アサイラム (『バットマン』の悪役は多くが精神を病んでいるため、刑務所の代わりにこの精神病院に収監される設定になっている) のパロディと思われるよ。ちなみに、この掲載の経緯を自ら説明した寄稿記事をThe Scientistに投稿しているよ。

このニセモノ論文の凝っている点は他にもあるよ。参考文献リストには以下のようなどこかで観たような名前による "論文" がいくつもリストアップされているよ。

  • H. ポッター、R. ウィーズリー、H. グレンジャー『イモリの眼が発生する感染症の原因となる新種のライノウイルスについて』魔法生物
    3人は『ハリーポッター』シリーズの主要な登場人物たち。魔法生物誌が魔法界でどの程度の権威を持っているのかわからないけど、天才なハーマイオニーはともかく、他の2人は論文を書けるほどの学術的才能を持っていないと思うけどね…。

  • W. プー、A. A. ミルン『政治家と架空のクマの類似点』ホンコン・ジャーナル・オブ・デモクラシー
    W. プーは『クマのプーさん』の原題 "Winnie-the-Pooh" を名前風にしたもの。A. A. ミルンは『クマのプーさん』の著者。論文のタイトルそのものは、中国の習近平主席をプーさんになぞらえる風刺と、恐らくはそれに対抗するためにプーさん関連のワードが検閲された情報統制の批判を指していて、雑誌名も香港の民主化運動にかけているんだよ。

  • P. ライト、M. フェイ、A. ジャスティス『弁護の手引き』サウス・ハーモン法律研究会
    手引きなのでもはや論文ですらないね。著者のP. ライトは成歩堂龍一の英語名 "Phoenix Wright" 、M. フェイは綾里真宵の英語名 (Maya Fey) の事だよ。A. ジャスティスだけは謎だけど、これは恐らくジャスティスが口癖の番轟三を指していると思われるよ。この3人は全てゲーム『逆転裁判』シリーズの登場人物だよ。そしてサウス・ハーモン法律研究会はもちろん実在しないけど、サウス・ハーモンという名前はコメディ映画『アクセプト』に登場する名前だよ。志望した大学に全て落ちてしまった高校生が、厳格な父親の眼をごまかすためにサウス・ハーモン工科大学という架空の大学を創設してしまうという話だよ。

笑える論文の背景はあまり笑えない

こんな他の作品にまたがってまでそれっぽいニセモノ論文の参考文献を作って載せるという徹底ぶりは、分かる人には分かるシニカルな笑いを提供すると同時に、これほどまでに徹底的にニセモノとアピールしながら掲載してしまったAmerican Journal of Biomedical Science & Researchの姿勢が問われる事態になっているね。実際、話題になってニセモノ論文だと気づいたのか、現在ではこの論文にアクセスする事ができなくなっているよ。

おまけにこの参考文献リストには、ハゲタカジャーナルの存在について批判的する内容も論文がいくつも参考文献として載っているよ。これらはちゃんと実在する論文だよ。ここはパロディというよりもイタズラのために仕込んだという感想を抱くよね。こういう仕込みは論文にある画像にも及んでいるよ。論文ではC○VID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2のゲノム配列が、ZBT-CoVなるウイルスやZubatPokerusなるウイルスと類似していると主張しているよ。これまでの流れから、ZBT-CoVが意味するところはズバットコ□ナウイルスという架空のウイルスだと分かるし、ZubatPokerusに至ってはゲーム中に登場する架空のウイルスのポケルスそのものを指しているよ (ポケルスはポケモンに有益な事をするウイルスだよ) 。本物の分子生物学の論文でも、ゲノムの塩基配列はアルファベットで表すけど、これを応用して、ゲノム配列の中にこっそり隠れた文章を仕込んでいたんだよ。その内容は (読みやすいように一部小文字にすると) "The OMICS group journals are all predatory journals" 「OMICSグループのジャーナルは全て捕食出版 (ハゲタカジャーナル) だ」と書いてあるよ。

実は、この話は結構根深いよ。ハゲタカジャーナルに対して批判的なジェフリー・ビールは、2010年から2017年までビールのリストと呼ばれるものを公開していたよ。このリストは、ハゲタカジャーナルである可能性が高い学術誌を発行する出版社が載っていて、いわばブラックリストだね。リストに載った出版社の中には、リスト入りに抗議するものもいて、その中でも激しかったのがOMICSインターナショナルという会社だったよ。インドの司法でビールに告訴をして、10億ドルもの損害賠償を請求したんだよ。この裁判は損害賠償の根拠となる法律自体が違憲と判断とされ効力を失ったこと、逆にOMICSインターナショナルのCEOがアメリカの連邦取引員会と連邦検事によってネバダ州地方裁判所に訴えられた事で自然消滅してしまったよ。ただ、ビールのリストに対する苦情がビールの所属するコロラド大学に多数寄せられ、激しい苦情と大学からの圧力で失職を恐れたビールは2017年にリストを削除、でも結局2018年にはコロラド大学を退職しているよ。画像に塩基配列風にしてまでOMICSグループに触れた事は、ハゲタカジャーナルの問題の根深さを暗に示しているのかもしれないね。

存在しない論文を参考にして書かれた論文

  • Marzouk Lajili. "The C○VID-19 Outbreak’s Multiple Effects". The International Journal of Engineering Research and Technology, 2020; 9, 5. DOI: 10.17577/IJERTV9IS050220

更に困った事に、このズバット論文のお話はこれで終わらなかったよ。なんとこのデタラメ論文が別の論文に引用されてしまったんだよ!引用先は、やはりハゲタカジャーナルと見られているThe International Journal of Engineering Research and Technologyに掲載された "The C○VID-19 Outbreak’s Multiple Effects" という論文で、C○VID-19の発生は人為的なものであり、C○VID-19はハーブで治療可能と言う、全くの間違いが書かれていたんだよ。しかもこの論文には、このズバット論文だけでなく、 "Signs and symptoms of Pokérus infection" という論文も参考にした、と書かれていたんだよ。これは大問題だよ。この論文に出てくるPokérusは、ポケモンのゲームに存在する有益なウイルスを指す用語で、当然架空だから、この論文も世の中に存在しないニセモノだよ。ところが論文では参考にしたと言っているんだから、存在しないはずの論文の内容を読んで書いた、という変なことになっているよ。もちろんそんなわけはなくて、真相はこの論文自体がちゃんとした状況で書かれたものではない事を示唆しているんだよ (このニセモノ参考文献は、世界的に有名な医学誌であるLancetの掲載と書かれているので、恐らくこれで引っかかってしまったんだと思うよ) 。ハゲタカジャーナルにわざとニセモノ論文を掲載させたら、それを参考にして更にニセモノ論文が生まれてしまうという、とんでもない状況になっていたんだよ。

ハゲタカジャーナルの存在はなんで問題なのかと言えば、こういういい加減すぎる論文ですら掲載されてしまう事だよ。今のインターネット時代、関連するワードでもしハゲタカジャーナルのいい加減なを誤って引いてしまい、その内容を信じて色んな物事を進めたらどうなるか、って事だよね。これはとても大問題だよ。

ホンモノ学術誌に投げられたニセモノ論文

チェロ睾丸について書いたレター論文。すぐに悪ふざけと判明して載るはずのない文章だったよ。
画像引用元: J. M. Murphy. "Letter: Cello Scrotum". The BMJ, 1974; 2 (5914) 335. DOI: 10.1136/bmj.2.5914.335-a

すぐに悪ふざけと見抜けるはずだった

さて、ニセモノ学術誌の次は、ホンモノ学術誌に載ってしまったニセモノ論文のお話でもしようかな。と言っても、これは捏造論文のお話ではなく、ジョークのつもりで投稿したニセモノ論文がそのまま掲載され続けてしまった、という例だよ!

1974年、イギリス貴族院議員でもある医師のエイレン・マーフィーは "Letter: Cello Scrotum" というレター論文を書いたよ。訳せばチェロ睾丸というこの謎の医学用語は、チェロの男性奏者に起こる事のある睾丸の病気について述べているものだよ。投稿先は、世界的に有名な医学誌であるBMJ (旧称British Medical Journal) だよ!チェロ奏者の姿勢を観れば明らかなように、チェロの演奏が睾丸に悪影響を及ぼす可能性は物理的に無理があるので、これは全くのデタラメを書いた論文だと分かるよ。

ではなんでこんなジョークを書いたのかな? (BMJは伝統的にクリスマスにジョーク論文を掲載する風習があるけど、もちろんそれとは関係ないよ) 実はこのジョーク論文は、その名もギター乳首 (Guiter nipple) なる怪しい病気について言及したレター論文がBMJに掲載された事に対する悪ふざけだったんだよ。このギター乳首はP. カーティスなる人物が報告した、3人のギター奏者が乳頭亀裂に似た接触性皮膚炎を発症した事について述べているよ。レター論文は速報性が問われるために査読が緩い場合も多く、BMJは珍しい症例をレター論文として掲載する事が多いという背景を踏まえても、マーフィーはこれは完全に悪ふざけで投稿したのだろうと思ったんだよ。そしてギター乳首よりも更に一歩進め、一方でちょっと考えればすぐにデタラメだと分かるチェロ睾丸を創造し、論文を書いたんだよ。医療監視団体の眼を避けるため、マーフィーは意図的に、自身の夫で医師ではないジョン・マーフィーの名前で論文を投稿したんだよ。ところがどういう訳か、このニセモノ論文はBMJにそのまま掲載されてしまったんだよ!

一応1991年には、チェロ睾丸がデタラメじゃないかと指摘する論文が投稿された事もあるけど、そのままスルーされていたよ。しかしながら2009年になって、チェロ睾丸をホンモノの病気として参考文献にしてしまった論文が投稿された事をきっかけとして、マーフィーはBMJに34年前のジョークを告白するレター論文を投稿するに至ったんだよ。

一流学術誌が掲載した超能力の論文

ユリ・ゲラーが1973年に受けた、論文の内容とほぼ同じ内容の実験だよ。
画像引用元: Public Domain (Internet Archive (Autor: Stanford Research Institute))

Russell Targ & Harold Puthoff. "Information transmission under conditions of sensory shielding". Nature, 1974; 251, 602-607. DOI: 10.1038/251602a0

一流学術誌でも掲載基準はそれぞれ

普通の学術誌には査読制度があるけれど、誤解されがちなのは、査読制度は捏造を見抜く制度ではないという事だよ。あくまでも論文に書かれた研究手法や論理的考察に変な部分や矛盾点が無いかを調べるのが主旨で、根本的にはよくできた捏造には弱いという弱点があるよ。それに、今まで知られていなかった現象や法則について書いた論文の場合には、それがちゃんとした科学的成果なのか、それとも突拍子もないデタラメなのかを見抜くのは困難だよ。だから論文と言うのは、学術誌に載ったらゴールで内容が正しい事が保証される、と言うものではなくて、むしろ学術誌に掲載されてからスタート、他の研究者によって追試が行われて、その主張が本当に正しいかどうかを検証する、と言うものになるよ。むしろ、結果があまりに変なものであっても、研究手法や実験内容に問題が無いと考えられるならば、それを理由に掲載を拒否するという事は普通はしないよ。

だから、掲載されたのが一流の科学誌であるNatureであっても、論文の掲載が論文の内容や主張を肯定するものではない、という点は注意が必要だよ。この点において、1974年に掲載された "Information transmission under conditions of sensory shielding". はかなり突飛な内容だよ。なんと超能力についての論文だよ!

超能力を披露したのはユリ・ゲラー。実験は1973年に行われたよ。窓のない密室にユリ・ゲラーを入れて、別の部屋にCIA局員が待機。ランダムで選択された単語からCIA局員が絵を描くよ。ユリ・ゲラーは超能力でその絵を描いて見せる、という実験で、論文によれば、超能力が実在するかもしれない事に十分説得力のあるスコアをユリ・ゲラーは叩き出していて、超能力の実在についてもっと続けて研究を進める必要がある、とする内容だったよ。

掲載基準はクリアしてるけど、本音としては…

この一見すると突拍子もない研究の掲載の是非は、もちろんNatureの編集者の間でも議論があったよ。ただ、Natureは他の科学誌と比べても挑戦的な性格で、定説に異を唱え、議論を提起するような姿勢を持っているからこそ、この超能力論文は掲載された、という感じだよ。Natureが超能力を肯定しているわけではない、という点には注意が必要だよ。それに対するフォローアップなのかもしれないけど、この論文が掲載されたのと同じ号中に、編集者の「議論を呼ぶ研究の掲載も価値がある」という意見が、超常現象に懐疑的な事で知られるマジシャンのジェームズ・ランディの「マジックで再現できる」というコメントと共に掲載されているよ。

著者一覧が本文の3倍、5154人が関わった論文

ここに写っているのは、5154人の論文著者のごく一部だよ。
画像引用元: G. Aad et.al. (ATLAS Collaboration, CMS Collaboration). "Combined Measurement of the Higgs Boson Mass in pp Collisions at √7 and 8 TeV with the ATLAS and CMS Experiments". Physical Review Letters, 2015; 114 (19) 191803. DOI: 10.1103/PhysRevLett.114.191803 arXiv: 1503.07589v1
  • G. Aad et.al. (ATLAS Collaboration, CMS Collaboration). "Combined Measurement of the Higgs Boson Mass in $${pp}$$ Collisions at $${\sqrt{s}=7}$$ and 8 TeV with the ATLAS and CMS Experiments". Physical Review Letters, 2015; 114 (19) 191803. DOI: 10.1103/PhysRevLett.114.191803 arXiv: 1503.07589v1

著者を読み上げるだけで大変

普通の論文は、論文のタイトル、論文に関わった執筆者、執筆者の所属機関名、論文の概要 (アブストラクト) 、本文、そして参考文献や引用文献のリストという構成になっているよ。普通に考えれば、研究内容を書いた本文が論文の大部分を占めていて、論文のタイトルから本文の始まりまで (構成によってはアブストラクトまで) は1ページ目に収まっているよ。

ところが、最近では事情が異なる場合もあるよ。研究者1人か数人で行われる研究も相変わらずあるけど、国際研究チームが共同で大型の実験施設を使うという研究とかでは、数百人以上の名前がリストアップされている事もあるよ!特にこれは天文学や物理学の分野で顕著だよ。世界に何個もない超大型な研究施設を使うだけあって、それだけで関わる人数が増える上に、理論を組み立てる人、実際に実験や観測を行う人、データ解析を行う人など、1つの研究の中でも複数の最先端な知識を求められて、関わる人がとても増えてしまうからだよ。

むしろ著者の一覧が本文かも?

そんな中でも最も極端な論文が、2015年5月14日にPhysical Review Lettersに掲載された "Combined Measurement of the Higgs Boson Mass in $${pp}$$ Collisions at $${\sqrt{s}=7}$$ and 8 TeV with the ATLAS and CMS Experiments" という論文だよ。これは、ヒッグス粒子という素粒子について、ヨーロッパにあるLHC (大型ハドロン衝突型加速器) で加速した陽子を衝突させてヒッグス粒子を生成し、その崩壊を観測する事で、ヒッグス粒子の質量が$${m_H=125.09\pm0.21 (stat) \pm0.11 (syst) GeV}$$と、今までで最も正確に推定したという主旨の論文だよ。

LHCは巨大な研究施設で、運用やデータ解析に大量の研究者が関わっているよ。この論文ではATLAS CollaborationとCMS Collaborationという、2つの大きな国際研究チームが連名で1本の論文を公開しているから、著者の一覧がとんでもない人数になっているんだよ。その数はなんと合計5154人!これは1本の論文の著者数としては世界一と言われているよ!この極端すぎる人数の多さのせいで、タイトルとアブストラクトに1ページ、本文に10ページ、参考文献に3ページという文量に対して、著者の一覧と所属機関には本文の3倍以上の31ページも使っているんだよ!いくら人数が多くても、ここまで割合が極端なのはなかなかないよ!

なんでこんなことになっているかと言うと、素粒子物理学ならではの事情があるよ。加速器から得られるデータは膨大すぎて、全くの偶然にだけど、いかにも意味ありげな数字が出てくる可能性があるよ。この論文では、2つの研究チームがそれぞれ独立してデータ解析を行う事で、そういう偶然の可能性を排除しようとしたからだよ。1つの研究チームなら偶然はありうるけど、2つの研究チームが同じような偶然を引き当てる可能性は限りなく小さいからね!

あまりにも短すぎる論文

この論文、紙面の大半を占める虚無には意味があるよ。
画像引用元: Dennis Upper. "The unsuccessful self-treatment of a case of “writer's block”". Journal of Applied Behavior Analysis, 1974; 7 (3) 497. DOI: 10.1901/jaba.1974.7-497a

論文は必ずしも長くはない

論文の長さには様々なものがあるけど、例えば1952年にジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが書き、後にノーベル生理学医学賞の受賞対象となったDNAの二重螺旋構造の解明に関する論文は、たったの2ページしかないよ。では、もっと短い論文はあるのかなというと、もちろんあるよ。

余白にも書ける長さの論文

  • L. J. Lander & T. R. Parkin. "Counterexample to Euler’s conjecture on sums of like powers". Bulletin of the American Mathematical Society, 1966; 72, 1079. DOI: 10.1090/S0002-9904-1966-11654-3

例えば、レオン・J・ランダーとトーマス・R・パーキンが1966年に書いた論文は、本文がたったの2文でしか書かれてないよ!この論文は、オイラー予想という数学の予想について書かれたものだよ。オイラー予想は、有名な数学の予想であるフェルマーの最終定理の発展バージョンだよ。フェルマーの最終定理は、$${n\geqq3}$$において$${x^n+y^n=z^n}$$を満たす自然数$${x,y,z}$$の組は存在しないというものだけど、レオンハルト・オイラーは$${x^3+y^3=z^3}$$を満たす解が存在しない事を証明したよ。オイラーはこれを発展させ、$${x^4+y^4+z^4=w^4}$$や$${x^5+y^5+z^5+w^5=v^5}$$、更にその上の乗数と長さにおいて、これを満たす解が存在しない事を1796年に予想した、これがオイラー予想だよ。

ところがランダーとトーマスは、$${27^5+84^5+110^5+133^5=144^5}$$が成立する事を示し、オイラー予想は成り立たない事を世界で初めて証明したんだよ。数学では、ある予想が成立するのを証明するのにしばしば無限の解を相手にするから論文が長くなりがちなのに対し、予想を否定するにはたった1つの反例を示せば済むという典型的な例で、だからこそ本文が2文で済んだんだよ。それにしても、元となったフェルマーの最終定理については、ピエール・ド・フェルマーが「証明を書くには余白が狭すぎる」と言う言葉を余白に書いたように、アンドリュー・ワイルズが書いた論文は実に129ページもの長さになったけれど、オイラー予想はその反例を『算術』の余白に書く事ができそうな長さなのは何とも皮肉だね。

2文論文は物理学にもある

  • Friedrich Lenz. "The Ratio of Proton and Electron Masses". Physical Review, 1951; 82 (4) 554. DOI: 10.1103/PhysRev.82.554.2

数学にはこういう短い論文がそれなりにあるけど、実は物理学にも2文で構成された短い論文があるよ。1951年にフレデリック・レンツによって書かれたこの論文の内容は単純明快。陽子と電子の質量比が$${1836.12\pm0.05}$$で、これは$${6 \pi^5\fallingdotseq1836.12}$$の値にとても近いと指摘するものだよ。陽子と電子はどちらも物質を構成する基本的な粒子で、電荷が等しいけど質量が大幅に異なるという点で重要な物理定数だよ。そしてこの質量比が数学の基本的な定数である$${\pi}$$を基本とした単純な数字で表せる、となれば、何か重要な意味がありそうだよね!?という事をこの論文では指摘しているんだよ。その短さの割にはとても内容の濃い論文だよ。

とはいえ、現在の視点ではこれは偶然とみられているよ。最新の2018 CODATAによれば、陽子と電子の質量比は$${1836.15267343(11)}$$で、$${6 \pi^5\fallingdotseq1836.11810871\cdots}$$とは小数点2桁目ですでに大きなずれが出ているよ。

本文が2単語と2図の論文

  • John H. Conway & Alexander Soife. "Can $${n^2+1}$$ unit equilateral triangles cover an equilateral triangle of side $${>n}$$, say $${n+\epsilon}$$?" American Mathematics Monthly, 2005; 112 (1), 78.

数学の定理に関する論文は、さっきのようにかなり短いものもあるけど、ジョン・H・コンウェイとアレクサンダー・ソイファーが書いた論文はもっととんでもないよ!なんと、本文がたったの2単語でしか書かれていないんだよ!ただし、この2単語を説明するための2つの図がついているけど、それでも極端な短さは変わらないね!この論文は "Can $${n^2+1}$$ unit equilateral triangles cover an equilateral triangle of side $${>n}$$, say $${n+\epsilon}$$?" ($${n^2+1}$$単位の正三角形は、辺$${>n}$$の正三角形、例えば$${n+\epsilon}$$を覆う事ができるか?) というタイトルで、これに答える形で "$${n^2+2}$$ can:" ($${n^2+2}$$では可能) と説明が続いているからこその本文の短さと言えるよ。

本文が0文字の論文

  • Dennis Upper. "The unsuccessful self-treatment of a case of “writer's block”". Journal of Applied Behavior Analysis, 1974; 7 (3) 497. DOI: 10.1901/jaba.1974.7-497a

2文、2単語ときて、これ以上短い論文は無理じゃないか、と思う人がいるのは無理もないかもしれないけど、実はこれよりも更に短い論文が存在するよ!それはデニス・アッパーによって書かれた論文で、なんと本文が0文字だよ!この論文、タイトルは "The unsuccessful self-treatment of a case of “writer's block”" (『書く事ができない』という症例に対する自己治療の失敗) と書いていて、つまり種明かしをすれば、『書く事ができない』という症例を自分で治す事に失敗したから本文に何も書かれていない、というわけだよ。本文が何もないのに対して、一応査読者のコメントがちゃんとそれなりの長さで載っているけど、これがなかなかユニークだよ。査読者は原稿をレモン汁とX線で注意深く観察したけど、論文の内容にも構成にもいささかの欠点も発見する事ができなかったから、この論文を一切の修正なくそのまま掲載する事を勧める、という内容だったんだよ。

このアッパーの0文字論文はかなりウケたのか、行動心理学の分野で100回以上も引用されていて、更に "追試" した論文も複数あるよ。追試論文には、自己治療に失敗したので本文が0文字な論文とか、部分的に治療ができたので書きかけの本文がある論文とかがあるよ。更にはこれらの論文をメタ解析し、集団治療は自己治療よりわずかに失敗しやすい事が分かった、なんてうそぶく論文もあるよ。

終わりに

新年早々気合の入ってる記事でびっくりしちゃったかな?
2022年も彩恵りりは最新の科学ニュース解説を頑張って行くのでよろしくね!

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