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【サイエンス】人類最大の敵「フィロウイルス」に新種続々

 人類を脅かしてきたウイルスと言えば、天然痘ウイルス、スペイン風邪ウイルス、そして新型コロナウイルスなどを浮かべる人は多いだろう。しかし、最も致命的なウイルスは「フィロウイルス」だろう。

 フィロウイルスとは、フィロウイルス科のウイルスの総称だ。フィロウイルス科のウイルスとして、主に「エボラウイルス」「マールブルグウイルス」が知られている。どちらも非常に危険だ。また、「クウェバウイルス」「タムノウイルス」「ストリアウイルス」「ディアンロウイルス」といったウイルスも発見されている。

 「フィロ」とは「糸」という意味で、どのウイルスも細長い見た目をしていることからそう呼ばれる。

 これまで見つかったフィロウイルスを紹介していく。

エボラウイルス

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 言わずと知れた「エボラ出血熱」を引き起こすウイルスである。1976年に最初の感染者が出た。エボラウイルス属(Ebolavirus)には6種が知られ、一般にエボラウイルスとはこの6つを指す。

ザイールエボラウイルス(毒性あり、致死率90%)
スーダンエボラウイルス(毒性あり、致死率50%)
タイフォレストエボラウイルス(毒性あり)
ブンディブギョエボラウイルス(毒性あり、致死率30%)
レストンエボラウイルス(毒性なし)
ボンバリエボラウイルス
(参考:国立感染症研究所厚生労働省検疫所Medical Note

 致死率は、ウイルスの型などによって異なるが、おおむね50%ほどとされている。一般的にはザイールエボラウイルスが最も致死性が高く、「致死率90%」などと書かれる事が多いが、2014年ごろの西アフリカでのザイールエボラウイルスの大流行では、致死率は39%となっている。

 ザイールエボラウイルスの場合、カニクイザルやアフリカミドリザルが感染すると1週間ほどで100%死亡するという
(参考:神奈川県衛生研究所感染症情報センター

 従来、致死的なウイルスは「感染者がすぐ死ぬので広まりにくい」などと言われる事があったが、西アフリカの大流行では3万人近い感染者が出ており、1万人以上が死亡した。さらにアメリカにも広まり、アメリカでは3人の感染者を出し、うち1名が死亡した。
(参考:国際医学情報センター

 致死的なウイルスでも感染力が強かったりすれば大流行する事が示されたのだ。

 ザイールエボラウイルスなど、人に致死的なエボラウイルスは、粘膜や消化管など全身からの出血を伴う「出血熱」を引き起こすことで知られている。出血症状を呈する場合は悲惨だ。ウイルスが免疫細胞に感染して攻撃することで、全身で血液を凝固させて血栓を作り出すという異常が発生する(播種性血管内凝固症候群と呼ばれる)。血管内皮細胞を攻撃することで、血管の中身が漏れ出てしまう。充血したり、歯肉から出血したり、血便がみられる。血液凝固の異常により止血されづらくなり、全身出血が続いて出血性ショックや多臓器不全を引き起こし、死に至る。
(参考:国立感染症研究所横山裕一 「エボラウイルスおよびエボラウイルス病に関する文献的考察」中野こどもクリニック

 しかし、こういった出血症状を呈する患者ばかりというわけではないらしい。主な症状は発熱や頭痛などインフルエンザと変わらないほか、肝臓を攻撃することで右の肋骨の下あたりが痛む。全員が出血熱に至るわけではない事から、最近では「エボラ出血熱」ではなく「エボラウイルス病(EVD)」と呼ばれている。
(参考:国立感染症研究所

 タイフォレストエボラウイルスの感染例はこれまで1人のみで、有症状であったものの回復した。以前は「コートジボワールエボラウイルス」や「アイボリーコーストエボラウイルス」と呼ばれていた(Côte d'IvoireとIvory Coastはコートジボワールの事だ)。
(参考:Wikipedia英語版「Taï Forest ebolavirus」

 接触感染が主な感染経路だ。患者の血液に触れたり、唾液を介した感染も起こるので注意が必要だ。アフリカでの感染拡大では、感染者の葬式で拡大することが知られている。
(参考:国立感染症研究所

 大流行を引き起こしたエボラウイルスはウイルスの中でも注目度が高く、ワクチンや治療薬が開発されている。治療薬には「レムデシビル」や「ZMapp」というものがある。エボラウイルス用ウイルスベクターワクチンの「rVSV-ZEBOV(Ervebo)」は高い効果を発揮したという。
(参考:Wikipedia英語版「rVSV-ZEBOV vaccine」

 ほとんどが西アフリカで見つかっているが、レストンエボラウイルスはアフリカではなくフィリピンと中国で見つかっている。エボラウイルスはアフリカだけのウイルスではないのである。幸いなことに、人の体内に入っても症状を呈した例は存在しない。
(参考:国立感染症研究所

 2018年、アフリカのシエラレオネのコウモリから新たなエボラウイルスであるボンバリエボラウイルスが発見された。人に有害かは分からないが、ヒトの細胞に感染する能力は持つという。未知のエボラウイルスが今も自然界に潜んでいる可能性を示している。
(参考:EMINETRAWikipedia英語版「Bombali ebolavirus」

 何の動物がウイルスを保有し続けているかが問題となる。ザイールエボラウイルスはフルーツコウモリ(オオコウモリ)が自然宿主と考えられており、エボラウイルスはコウモリが自然宿主のようだ。
(参考:国立感染症研究所Wikipedia英語版「Zaire ebolavirus」加藤茂孝「第 8 回「エボラウイルス病」―コウモリ由来の病?」

マールブルグウイルス

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 マールブルグウイルス属(Marburgvirus)には「マールブルグマールブルグウイルスMarburg marburgvirus)」の1種が知られており、一般的に「マールブルグウイルス」と言う場合はこれを指すと思われる。

 1967年、ドイツのマールブルグに輸入されたアフリカミドリザルによってアウトブレイクが発生し、31人が感染し7人が死亡した。およそ4人に1人が出血性ショックを引き起こし死亡した。この時のウイルスがマールブルグウイルスと名付けられた。エボラウイルスより古く、最初のフィロウイルスである。2004年ごろのアンゴラでの流行では致死率は90%にも上り、エボラウイルスと並ぶ非常に危険な感染症である。マールブルグウイルスはマールブルグ出血熱(マールブルグ病、MVD)を引き起こす。
(参考:Wikipedia英語版「Marburg virus」Wikipedia英語版「1967 Marburg virus outbreak in West Germany」

 フィロウイルスとして唯一のウイルスだったマールブルグウイルスだったが、新たに類似のウイルスが見つかったこともあり(この類似ウイルスは後にエボラウイルスと命名される)、マールブルグウイルスはこれまで命名や分類が複雑になされてきた。例えば一時は種名が「ビクトリア湖マールブルグウイルス(Lake Victoria marburgvirus)」という名になったことがあったが、現在はマールブルグマールブルグウイルスとなっている。
(参考:国際ウイルス分類委員会「ICTV Taxonomy history: Marburg marburgvirus」

 マールブルグマールブルグウイルスは、細かく「マールブルグウイルス(Marburg virus)」と「レーベンウイルスRavn virus)」に分けられる。一般的には、この2つをまとめて「マールブルグウイルス」と呼ぶだろう。この2つは同時に流行したこともあるという。
(参考:Wikipedia英語版「Ravn virus」

クウェバウイルス

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 クウェバウイルス属(Cuevavirus)としては「ヨヴィユウイルスLloviu virus)」のみが見つかっている。これはスペインのヨヴィユ洞窟(Cueva del Lloviu)で発見された事に由来する。
(参考:Wikipedia英語版「Lloviu virus」

 2002年にスペインやポルトガルでユビナガコウモリの大量死が発生した。そのうちスペインのアストゥリアス州の洞窟のユビナガコウモリの死骸からこのウイルスが発見された。2011年に報告された、かなり新しいウイルスである。
(参考:「Discovery of an Ebolavirus-Like Filovirus in Europe」米国立医学図書館

 人への病原性は分かっていない。
(参考:古山若呼・高田礼人「3. エボラ出血熱の予防・治療・診断法開発の現状」日本ウイルス学会

 その後、ハンガリーでもコウモリの大量死が確認され、出血症状を呈するコウモリからLloviuウイルスが見つかった。
(参考:「Re-emergence of Lloviu virus in Miniopterus schreibersii bats, Hungary, 2016」米国立医学図書館

タムノウイルス

 タムノウイルス属(Thamnovirus)としては「フアンジアオウイルスHuángjiāo virus)」のみが見つかっている。東シナ海のウマヅラハギから2011年に発見された。
(参考:国際ウイルス分類委員会「Genus: Thamnovirus」

ストリアウイルス

 ストリアウイルス属(Striavirus)としては「シーランウイルスXīlǎng virus)」のみが見つかっている。これもタムノウイルス同様、魚に感染するウイルスのようだ。
(参考:国際ウイルス分類委員会「Genus: Striavirus」

ディアンロウイルス

 ディアンロウイルス属(Dianlovirus)としては「モンラーウイルスMěnglà virus)」のみが見つかっている。2019年に中国で報告された新しいウイルスだ。
(参考:Wikipedia英語版「Mengla dianlovirus」

 既知のフィロウイルスと32~54%の相同性を有し、さらにヒトやサル、コウモリなど幅広い種の間で伝播するリスクも示唆されたという。
(参考:「Characterization of a filovirus (Měnglà virus) from Rousettus bats in China」アメリカ国立衛生研究所

人類にじわじわ迫るフィロウイルス

 従来はマールブルグウイルス一つだったフィロウイルスだが、新たなウイルスが次々に発見されている。

 ある研究では、インドネシアのオランウータンからエボラウイルスやマールブルグウイルスに対する抗体が見つかっており、インドネシアにおいてもアフリカに存在するフィロウイルスに近いウイルスが存在している可能性があるのだ。
(参考:北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所 国際疫学部門 研究内容

 さらに、中国の雲南省のフルーツコウモリから複数のフィロウイルスが採取されたことが2017年に報告され、大きく分けて3つの未知のフィロウイルスが中国のコウモリの間で循環している可能性が示された。
(参考:「Genetically Diverse Filoviruses in Rousettus and Eonycteris spp. Bats, China, 2009 and 2015」米国立医学図書館

 既知のフィロウイルスが世界的な大流行を引き起こす可能性があるほか、未知のフィロウイルスが世界のどこかで突然現れて人類の脅威となる可能性が大いにあるのだ。

《参考文献》

※文中に記載のないもの
Wikipedia「フィロウイルス科」「エボラウイルス属
Wikipedia英語版「Filoviridae

見出し画像:CDC Public Health Image Library (PHIL)


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