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Ac-Cent-Tchu-Ate The Positive/Accentuate the Positive

「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ Ac-Cent-Tchu-Ate The Positive」は、1944年に発表されたハロルド・アーレン(Harold Arlen)作曲、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)作詞の曲。1944年公開の映画 “Here Come the Waves”で歌われたことから、1945年アカデミー賞ベスト・オリジナル曲賞にノミネートされた (Furia and Lasser, 2006)。ジャズだけではなくソウルやR&Bの歌手にも歌われる、まさにアメリカン・ポピュラー・ソングの代表的な一曲だろう。ちなみにタイトルの“Ac-Cent-Tchu-Ate”は“accentuate”の発音を文字として表したもの。英語のスペリングと発音はたびたびミスマッチし、こうした遊び文字の発想がしやすいところがおもしろい。

説教の言葉


さんざんいろんなところに書かれているけれど、ジョニー・マーサーが聴いた説教をもとに作詞した曲と言われている。そういった関係でコーラスに聖書に関係する「鯨の中のヨナ」や「ノアの方舟」といった言葉が出てくる。ちなみにヴァースは「集まれ!いまから説教するよ!」とはじまる。

この歌詞にかかわる逸話は少なくとも2つある。

一つ目はダディ・グレイスの説教からアイディアを得たというもので、一番有名なもの。ダディ・グレイスとはルセリーノ・マヌエル・ダ・グラサのことで、黒人が信者の大半を占める「万民のための祈りの家 United House of Prayer For All People」の高位聖職者。ジョニー・マーサーはジョージ州のサバンナで生まれ育った。少年時代、ジョニー・マーサーは黒人教会を訪れるのが好きだったらしい。歌を聴くだけでなく、とくに特にサバンナ随一の説教師ダディ・グレイスの説教に耳を傾けるためだった。成人後はニューヨークとハリウッドに住んでいたが、マーサーは定期的にサバンナに帰郷していた。ある日、サバンナに戻るとダディ・グレイスが「 ポジティヴなことを精一杯”Accentuate the Positive”」というテーマで説教をしていた。ハリウッドに戻り、曲作りに悩み作曲家のハロルド・アーレンとドライブしていたとき、アーレンが「オフビートの歯切れのよい曲」と呼ぶ曲を口笛で吹き始める。それを聴いているとマーサーはふとダディ・グレイスの説教を思い出し、歌詞を説教の形にするというアイディアが浮かんだ。そうして曲はドライブ中にできあがった、というもの。

2つ目は、ファーザー・ディヴァインの説教をもとにしたというもの。ファーザー・ディヴァインも高名な黒人の宗教的指導者である。ジョニー・マーサーが1939年にベニー・グッドマンと仕事をしていた時期に、仕事の関係者にファーザー・ディヴァインの説教を聴いた話を聞いた。そのときのテーマが「ポジティヴなことを精一杯、ネガティヴなものは取り払って “Accentuate the Positive and eliminate the native”」で、それをおもしろくおもったマーサーがしたメモをもとに歌詞を作ったというもの。

いずれにせよ、歌詞が説教から影響を受けていることは間違いない。1つ目があまりにもできすぎていることと2つ目の話の方が解像度が高いことからして、わたしは2つ目かなと思っているが、それでもかれが少年時代に黒人教会に行っていことは間違いない(好きな方はロマンチックな一つ目)。

いわゆる黒人教会。あるいは映画『ブルース・ブラザース』のジェイムズ・ブラウンのシーンを思い起こすとわかりやすいか。

録音

さて、録音はと言うとさすが大スタンダード。たくさんある。もちろん全部を書くのは無理なのでほんの少しだけ。

Sam Cook (Hollywood, California 1958)
このころのソウル/R&Bはどのミュージシャンが参加しているのかが不明なため、だれの演奏かわからないが、Keenに移籍したサム・クックの名盤。とくにナット・キング・コールから影響を受けたスイートで力強い歌声をこれほどかと披露している。めちゃくちゃかっこいい!この世で一番かっこいいシンガーなんじゃないかといつも思う。

Aretha Franklin (NY, July 11, 1961 - January 25, 1962)
おなじくだれが楽器で参加しているのかわからないけれど、アレサ・フランクリンの歌も素晴らしい。アレサのジャズは当たり外れがあると言われているけど、これは本当に素晴らしい!もしかしたら説教を引用した歌詞がアレサにあったのかな、と思う。

Holly Street Stompers (Long Beach, California, 2019)
Jason Fabus (Alto Saxophone); Sam Rocha (Bass); Gareth Price (Drums); Bob Parins (Guitar); Chris Dawson (Piano); Nate Ketner (Tenor Saxophone, Vocals); Dan Barrett (Trumpet, Vocals); Nick Mancini (Vibraphone); Bob Parins (Vocals); Gareth Price (Vocals); Sam Rocha (Vocals); Gareth Price (Washboard)
カリフォルニアで活動中のウォッシュボード・バンド。最近の録音だと一番聴いているかもしれない。アレンジもめっちゃかっこいい!ヘブン状態になりますな。

ほかにも本当にいい録音がおおい。やはりエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)の録音は圧巻だし、オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)のソロ・ピアノもかっこいい。レジーナ・カーター(Regina Carter)の録音はエラ・トリビュートに収録されたもの。バイオリンがめちゃくちゃかっこいいんだけど、アレンジがちょっとフュージョンっぽい。ほかにはデイヴ・ヴァン・ロンク(Dave van Ronk)の録音はちょっと頼りない説教になっていてこれも好き。イギリスのジャンプ・ジャイヴバンドのThe Jive Aceの録音はアレンジもボーカルもとても好き!あとインスタがかっこいい。あとコーラス・グループ好きとしてはフォーフレッシュメン(Four Freshmen)の録音は外せない。

参考文献


Gene Lees, Portrait of Johnny The Life of John Herndon Mercer, New York: Pantheon Books, 2004.
Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.

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