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フルトヴェングラーの代表的な名盤

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886~1954)は、世界最高のオーケストラとしての呼び声が高いベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いた指揮者です。

ドイツ出身のロマン派作曲家の作品を得意とし、ベートーヴェンやシューベルト、ブラームス、ワーグナーの楽曲の演奏を数多く指揮しました。特にベートーヴェン作品の指揮者としては権威とも言える存在です。

活躍した時代から、フルトヴェングラーが指揮した演奏のレコードは全て古いモノラル録音なのですが、その多くがクラシック音楽の名盤として現在に至るまで人々に愛聴され続けています。今回はその中から代表的なものを紹介します。

フルトヴェングラーの名盤トップ3

数あるフルトヴェングラー指揮による名盤レコードの中で最も有名なのが「バイロイトの第九」「ウラニアの英雄(エロイカ)」「復帰演奏会の運命」と呼ばれる、3つのベートーヴェン交響曲のレコードです。

バイロイトの第九

1951年7月29日、終戦後に再開されてから最初のバイロイト音楽祭において演奏されたベートーヴェン交響曲第9番「合唱」を録音したもので、「第九」の決定盤として名高いレコードです。

英EMI:ALP 1286~7 (1955年11月)
 仏EMI:FALP 381~2(1955年12月)

世に出てから半世紀以上が経った2007年に、EMIが録音したのは公開ゲネプロであったことが明らかになりました。一説には650MB相当のCDで収録時間が74分となったのはこの演奏の長さに合わせたからであると言われています。

ウラニアの英雄(エロイカ)

1944年12月19日、放送用に聴衆無しで録音されたウィーン・フィルとのベートーヴェン交響曲第3番「英雄」のレコードです。充実した演奏内容から「英雄」の決定盤として挙げられることの多い1枚ですが、米URANIA社が無許諾のまま制作したためフルトヴェングラーが訴訟を起こし販売差し止めとなったことで"幻のレコード"となった経緯があります。また、録音された時点で何らかの機器トラブルがあったのか、初期の頃のレコードはピッチが高いという問題がありました。

※ウラニアのエロイカについては以下の記事に詳細をまとめした。

米URANIA:URLP 7095(1953年)

復帰演奏会の運命

フルトヴェングラーは大戦中長くドイツに留まり音楽活動を続けていたことでナチスに協力的であったと嫌疑をかけられ終戦後は演奏禁止処分を受けていましたが、その後の裁判で無罪となりベルリン・フィルの指揮台に帰還することとなります。

独DG:LPM 18 724(1961年11月)

このレコードは、フルトヴェングラーが終戦後にベルリン・フィルの指揮者として復帰してから最初に行われた演奏会の3日目、1947年5月27日にベートーヴェン交響曲第5番「運命」を録音したもので、これも同曲の決定盤として取り上げられることの多いレコードです。

DG/EMIの傑作スタジオ録音

1940年代に行われたフルトヴェングラーの録音は放送目的のものが中心でしたが、1950年代に入ると長時間再生(Long Play)に対応したLPレコードの時代となり、その制作のための録音も盛んに行われるようになります。

エリーザベト夫人によると、ここで挙げる録音についてはフルトヴェングラー自身が特に満足していたものなのだそうで、どれもがベスト・レコーディングと言われる名盤です。

DG:シューベルト「グレート」とハイドン「V字」

1951年に録音された、ベルリン・フィルとのシューベルト交響曲第9番「グレート」とハイドン交響曲第88番「V字」のレコードです。シューベルトのセッション録音は11月27,28日および12月2,4日に行われました。それが順調に進み予定より早く完了したために、余った時間で12月4,5日にハイドンの「V字」が練習なしで録音されたのだそうです。

独DG:LVM-72153~6(シューベルト,1952年)
独DG:LVM-72157~8(ハイドン,1952年)
※SPレコード(VARIABLE MICROGRADE 78)

LPレコードはまだ登場したばかりであり、SPレコードで聴く人がまだ多かったことから、後述のシューマン交響曲第4番を含む、これらのレコードはSP/LPが同時発売されました。特筆すべきは、この際に発売されたSPレコードの方が「VARIABLE MICROGRADE 78」と言うVG盤Variable-pitch groove)であったことです。これは従来のSPレコードでは隣り合う音溝同士の距離が等間隔で彫られていたものを、最小距離で済むよう音量に合わせて可変間隔(Variable Pitch)に改良したもので、SPレコードでありながら従来よりも長時間の再生が可能でした。

DG:シューマン交響曲第4番

1953年5月14日に録音された、ベルリン・フィルとのシューマン交響曲第4番のレコードです。先述の「グレート」「V字」と異なり録音されたのが1日のみですが、これはセッション録音で演奏が何度も中断されることに腹を立てたフルトヴェングラーが全楽章を通しで一発録音させたからです。その判断が功を奏したのか、このレコードはフルトヴェングラーとベルリン・フィルによる最高の演奏とも言われています。

独DG:16 063 LP(1953年9月)

EMI:トリスタンとイゾルデ

1952年6月10~22日に録音された、フィルハーモニア管弦楽団とのワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」です。初の全曲録音にして歴史に残る最高の名盤と言われる、まさに"原点にして頂点"です。フィルハーモニア管弦楽団はEMIがレコーディングのために創設したオーケストラですので、EMIが総力を結集して制作した作品であるとも言えるでしょう。完成した録音テープを聴いたフルトヴェングラーが、このような録音は演奏会と比べれば次善の策ではあるものの舞台上演と同じように音楽に貢献するであろうとの感想を抱いたとも伝わることから、このレコードの完成度の高さが伺えます。

キルステン・フラグスタートの名前が
フルトヴェングラーと共に強調されています。

特筆すべきは、ワーグナーの楽劇において最高のソプラノ歌手と言われていたキルステン・フラグスタートとの共演であるという点です。この録音にまつわる有名な逸話として、59歳と高齢であったキルステン・フラグスタートは第2幕での最高音であるハイCの2音の発声が難しく、「バイロイトの第九」にも参加したソプラノ歌手のエリーザベト・シュヴァルツコップがハイCの2音だけを代理で歌ったという話があります。

その他の名演奏

上に挙げたレコード以外にもフルトヴェングラーの残した録音から数多くの名演奏を聴くことができます。以下では、その中から代表的なものを紹介します。

ハンブルクのブラームス交響曲第1番

1951年10月27日に録音された、北ドイツ放送交響楽団とのブラームス交響曲第1盤のレコードです。フルトヴェングラーが北ドイツ放送交響楽団に客演したのはこの録音を含み2回だけでしたが、同オーケストラには大戦中、ベルリン・フィルのコンサート・マスターを務めていたエーリヒ・レーンと、同じく録音技師を担当していたフリードリヒ・シュナップが在籍していたため、大戦中からフルトヴェングラーと縁のあった演奏家・録音技師によって生まれたレコードであると言えます。

仏フルトヴェングラー協会:SWF8201~2(1982年)
日RVC:RCL-3335(1985年)

ベートーヴェン交響曲第7番/未完成

1950年1月に録音された、ウィーンフィルとのベートーヴェン交響曲第7番(18,19日録音)とシューベルト交響曲第8番「未完成」(19~21日録音)のレコードです。EMIによるSPレコードの制作を念頭に置いた録音であり、SPレコードの盤ごとの収録時間に合わせたセッション録音が行われています。

仏EMI:FALP 115(ベートーヴェン,1954年)
仏EMI:FALP 317(シューベルト,1958年2月)
※LPレコード

それぞれ同曲を代表するフルトヴェングラーの名盤なのですが、LPレコードに雑音が混入していることで有名な録音でもあります。特にベートーヴェン交響曲第7番の第4楽章においてそれが顕著で、女性の話し声や紙を捲る音がはっきりと聴き取れます。これは、SPレコード用の金属原盤からスピーカーで再生した音声を再録音するという方法でLPレコード用のマスターテープが作られているため、周囲の音まで一緒に録音されてしまったものだそうです。

エドウィン・フィッシャーとの皇帝

1951年2月19,20日、EMIによってSPレコード用にスタジオ録音されたフィルハーモニア管弦楽団とのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」のレコードです。

英EMI:ALP 1051(1953年)
※LPレコード

フルトヴェングラーと親交が深く何度も共演を重ねたエドウィン・フィッシャーがピアノを演奏しています。彼自身も非常に優れたピアニストで、バッハの平均律クラヴィーア曲集を初めて録音したことで有名です。

VOX/DECCAのフランク交響曲

ウィーン・フィルとのフランク交響曲のレコードが2種、残されています。それぞれVOXから発売された1945年1月29日の放送用録音と、DECCAから発売された1953年12月14,15日にスタジオ録音されたものです。

米VOX:PL 7230(1952年)
英DECCA:LXT-2905(1954年3月)

VOXのレコードは「ウラニアの英雄(エロイカ)」と同じような経緯で世に出ました。戦時中、ウィーン・フィルとの放送用に行われた録音が戦後にアメリカで無許諾のまま発売されたものですが、こちらは聴衆のいるコンサートであった点が異なり、ライブ録音ならではの壮絶な演奏であることから名盤として名高いものです。

対して、DECCAのレコードは正規にスタジオ録音されたものです。特筆すべきはDECCAサウンドによって数あるフルトヴェングラーのレコードの中で最も高音質と言われています。スタジオ録音ならではの完成度の高い演奏で、こちらをフランク交響曲の決定盤として推す声も多いレコードです。

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

1938年10月25,27日に録音された、ベルリン・フィルとのチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」のレコードです。EMIによりSPレコード用にセッション録音されました。

独Electrola:D.B.4609~14(1939年1月)

「悲愴」などチャイコフスキー作品の歴史的録音としてはウィレム・メンゲルベルクの指揮したものが有名ですが、このレコードは戦前にメンゲルベルク盤と人気を二分していたものです。

メロディア盤による戦時中録音

フルトヴェングラーが戦時中に行ったベルリン・フィルとの演奏は放送用の録音テープに収められドイツに残されていましたが、その多くはベルリンを占領したソ連に接収されてしまいました。後年、それを基にしたレコードがソ連の国営レーベルである「メロディア」によって製造されるのですが、冷戦に突入したことでメロディアのレコードが西側諸国に流通することはなく、数々の名演奏が"鉄のカーテン"の奥に封印されていました。

露プリ・メロディア
"VSG":33Д-010851~4(ГОСТ 番号なし)
"聖火":33Д-010033~4(ГОСТ 5289-56)
"リガ":Д-5800~1(ГОСТ 5289-56)

戦時中のフルトヴェングラーの演奏を戦後のものより高く評価する声は多く、アメリカで製造・販売された「ウラニアの英雄(エロイカ)」「VOXのフランク交響曲」が名盤とされることも、その表れと言えるでしょう。メロディアのレコードでは、戦時下におけるベルリン・フィルとの充実した演奏を聴くことができます。

ルツェルンの第九

1954年8月22日、ルツェルン音楽祭において録音されたフィルハーモニア管弦楽団とのベートーヴェン交響曲第9番「合唱」です。同年11月に死去するフルトヴェングラーが生涯最後に演奏した"第九"の記録でもあります。

仏THARA: FURT1003(1994年9月6日)※CD
独audite:AU95641(2014年12月26日)※SACD Hybrid

最初に挙げた「バイロイトの第九」より高音質であると言われる録音ですが、それは良質なマスターから制作されたCDが発売されるようになってからでした。レコードで販売されていた頃は、出演歌手による確認が揃わなかった関係で放送局のマスターテープを利用できなかったのだそうです。

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