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ミャンマーにおける現状での人権リスクと企業に求められる行動とは?〜紛争地域におけるビジネスと人権①〜

#紛争地域 #人権DD #ステークホルダーエンゲージメント #ミャンマー

クーデター概要

2月1日にミャンマー国軍(※)が、昨年11月に実施された総選挙に不正があると主張した起こしたクーデターから間もなく3ヶ月が経とうとしています。

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(出典:認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ)

この間のミャンマー国軍によるCDM(市民不服従運動)を実施する一般市民に対する以上の殺傷行為の数々については皆さんも報道でご存知の通りです。現地の人権団体によれば4月11日の時点での死者数は700名を超えました。

日本とミャンマーの歴史上の関係は深く、第2次世界大戦時の1941年から数年間は、19世紀末から植民地支配していたイギリスに対して、アウンサン将軍(アウンサンスーチー氏の父親)と共闘し、独立を約束し、軍政を敷いていたこともあります。しかし、1945年の抗日武装蜂起により日本軍は追い払われ、ただそこで独立は実現せず、再びイギリスの支配下となった後、ようやく1948年に独立を果たしました。

今回のクーデターに対してミャンマーの人々は「これで3回目」と何度も話しています。1回目は1962年、2回目は1988年。以後、2015年にNLD(国民民主連盟)が選挙によって政権をとるまで、軍政が続き、欧米諸国はこれに対して様々な制裁を課していました。しかしその最中でも日本政府はミャンマー政府との関係を続け、ティラワ経済特区をはじめとする経済投資や人道支援を行なっていました。

そして再び民主化への道を歩み始めてからは、「アジア最後のフロンティア」として各国の熱い視線を受けていました。

しかしそれも、クーデターの発生により一変しました。とりわけ、政治的影響力のみならず、強い経済的影響力を有する軍との関係で、企業は対応を迫られています。特に、ホテル、醸造所、銀行、タバコ、製造業、運輸業、農業、国際貿易、鉱業、翡翠、宝石など多岐にわたる事業を実施する「ミャンマー経済ホールディングスリミテッド(MEHL)」と「ミャンマー経済公社(MEC)」による経済的利益がロヒンギャの人権侵害を含め、軍の資金力となっていること、したがって、これらの企業との取引が結果として国際人道法違反、人権侵害を助長するリスクがあることは従前から指摘されていました

企業の対応

ミャンマーでビジネスと人権に取り組むNGOである、Myanmar Centre for Responsible Businessは、ミャンマーで操業する国内・海外企業による共同声明を2月19日に発表しました。

日系企業は、デンソー、クボタ、大塚製薬、西村あさひ法律事務所、ジャパン企画設計、リンクルージョンなどが署名しています。

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出典:https://www.myanmar-responsiblebusiness.org/news/statement-concerned-businesses.html

私たちは、私たちの投資、操業、ローカルとのパートナーシップや製品を通して、ミャンマ ーにおいて 10 万人を超える地元の雇用を支えています。私たちの従業員と私たちのサプラ イヤーの従業員の安心、安全と幸福は、私たちの最重要事項であり続けます。直近の日々に おいて、私たちは、私たちの従業員の安全、ミャンマーの人々への不可欠なサービス―食料、 飲物、電気、通信、金融サービス、物流、ヘルスケア、製造であろうと―の提供を確保する よう、私たちの操業を適応させるべく努力を続けています。私たちの従業員およびミャンマ ーの人々の表現の自由の権利を尊重しながら。
投資家として私たちは、市民社会組織を含む、ミャンマーの人々と「共有する空間」に住ん でいます。そこで私たちすべては、人権の尊重、民主主義、表現の自由と結社の自由を含む 基本的自由、法の支配の恩恵を享受しています。法の支配、人権の尊重そして情報の制限さ れない流れのすべてが安定的なビジネス環境に資するのです。
私たちはミャンマーにおいて常に、透明性をもって、そして ILO 条約および国連ビジネス と人権に関する指導原則に即して事業活動を行う努力を続けてきました。これには、人権と より広いビジネスのインテグリティ(倫理性)のデューディリジェンスを継続的に行うこと、 そして適用される制裁、米国連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)、英国賄賂防止法およびミャ ンマー賄賂防止法を遵守することを含みます。
(一部抜粋)

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出典:https://www.adidas-group.com/media/filer_public/64/b2/64b28219-3a42-4612-92ed-8e9415f52867/adidas_statement_myanmar_5march_2021.pdf

アディダスはホームページで声明を公表し、概要以下を述べています。

・暴力行為への批判、民主主義と法の支配の回復の要求
・労働者の平和的な抗議活動に参加する権利の妨害への非難とILOによる集会の自由等の保障への賛同
・国際機関、市民社会との緊密な連携によるサプライチェーン上の労働者への影響への理解と状況把握

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出典:https://about.fb.com/news/2021/02/an-update-on-myanmar/

またFacebookもウェブサイト上で、軍への対応について指導原則に言及しながら次のように公表しています。

・フェイスブックとインスタグラムは、ミャンマー国軍、国軍が管理する国家機関やメディアのアカウントの停止、軍関連商業機関の広告も禁止。これは指導原則と2019年国連ミャンマー事実調査団に基づく対応。
・引き続き状況を監視し、安全を守るために必要であれば追加措置もとる。 

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出典:
https://jccim.org/statement-of-japan-chamber-of-commerce-and-industry-in-myanmar-jccm/

ミャンマー日本商工会議所は3月15日にこのような声明を出しました。

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出典:https://www.ccifrance-myanmar.org/en/news/joint-statement-by-foreign-chambers-in-myanmar

また、アメリカ、フランス、ドイツ、ニュージーランド、イタリア、ギリシャ、欧州の商工会議所も3月19日に共同で声明を出しています。

・我々は、非武装の民間人や非暴力の抗議活動を行っている人々に対して行われた暴力を明確に非難する。
・我々は、情報の自由な流れを支援するために、ミャンマーで利用可能なすべての通信システムにおいて、情報への無制限のアクセスを求めるこれまでの要求を再確認する。
・我々は、ミャンマーの人々が近代的で平和で豊かな国家への道を歩んでいることを支持する。
(筆者訳)

ビジネスと人権の観点から求められる行動

ビジネスと人権の観点から、企業はどのような対応が求められるのでしょうか。指導原則が企業に求める人権デューディリジェンスは、その時の状況に応じ人権リスクを特定、予防、軽減することが必要です。

国連ミャンマーの人権状況に関する特別報告者Tom Andrew氏は2月16日の声明で以下のように述べました。

特に国際的な経済界に、早急な行動をとることを求めます。国家行政評議会の関係者にすぐさま連絡し、もし彼らがこの暴力的な道を歩み続けるならば、ミャンマーでのビジネスを中断または中止せざるを得ないことを強調してください。具体的には、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、企業や投資家は、深刻な人権侵害への関与のリスクを合理的に管理できなくなった場合には、ミャンマー連邦政府との活動を一時停止または中止すべきとなることを強調してください(筆者訳)。

企業は、ミャンマーの事態に対して、果たして「人権リスク」を中心に考えることができているでしょうか。経営リスク、サプライチェーンの維持といった、企業主体のリスクアセスメントになっていないでしょうか。人権リスクアセスメントのために、必要なステークホルダーとの対話を行なっているでしょうか。

MEHL、MECとの直接の取引がないとしても、サプライチェーンを通じた関係の有無、また、現在軍が事実上国政を掌握している状況に鑑み、国営企業などとの取引を通じて国軍へ裨益していないか、早急に人権デューディリジェンスを実施することが必要です。

「人権方針」を既に公表している場合、人権方針でコミットしていること - 多くの企業が国際人権基準の尊重と掲げているはずです - との間に対応の齟齬がないかどうか、まさにコンプライアンスとして確認しなくてはなりません。

なぜアディダスやFacebookは、あのように外部に向けたステートメントを発表したのでしょう。現在の状況で沈黙を維持することは、軍を支持すると考えられるからというのが大きな理由です。政治的事由であるとして「中立」を守るために沈黙するという選択肢は、企業としての人権尊重責任に対するコミットメントと相反するものと見られます。

現地で声を上げることで従業員のリスクが増加することを懸念する企業もあるでしょう。しかし、ミャンマーの人々は、CDMを通じて軍政に対しては明確な不支持を表明しています。そしてそのCDMに対して激しい弾圧が加えられているこの状況は、ステークホルダーであるミャンマーの人々の表現の自由、集会の自由といった基本的人権が侵害されている状況に他ならず、これに対して企業自身もはっきりとした意思を表明することが企業としての責任を果たすことに他なりません。

さらに、仮に再び軍政となった場合、基本的人権、民主主義、そして法の支配は著しく制限され、それは一般市民のみならず企業による経済的活動に対する制限ともなります。市場経済での自由な取引はなくなり、全てが軍の管轄下に置かれる可能性が極めて高いと言えます。つまり、基本的人権、民主主義、法の支配は、ミャンマーの人々にとっても重要ですし、同じように企業が自由な経済活動をするための大前提となるものです。

残念ながら、現時点ではミャンマー情勢が好転する兆しはまだ見えません。その中で企業ができること。すべきこと。もちろん簡単には答えが出ない問題です。でも、だからこそ、「ビジネスと人権」の視点をきっかけに、ステークホルダーとともに、社内で議論を進める必要があります。

そしてその議論は社内だけではなく、昨年10月にNAP(行動計画)を発表した政府が率先して行うべきものです。

紛争影響地域において企業の人権尊重を支援すること
指導原則7.重大な人権侵害のリスクは紛争に影響を受けた地域において高まるため、国家は、その状況下で活動する企業がそのような侵害に関与しないことを確保するために、次のようなことを含めて、支援すべきである。

a. 企業がその活動及び取引関係によって関わる人権関連リスクを特定し、防止し、そして軽減するよう、できるだけ早い段階で企業に関わっていくこと。
b. ジェンダーに基づく暴力や性的暴力の双方に特別な注意を払いながら、侵害リスクの高まりを評価しこれに対処するよう、適切な支援を企業に提供すること。
c. 重大な人権侵害に関与しまたその状況に対処するための協力を拒否する企業に対して、公的な支援やサービスへのアクセスを拒否すること。
d. 重大な人権侵害に企業が関与するリスクに対処するために、国の現行の政策、法令、規則及び執行措置が有効であることを確保すること。

SDGs、ESGを掲げるのであれば、それがミャンマーの現在の状態で何を意味するのか、原点に立ち返ってみるべきではないでしょうか。

Social Connection for Human Rights/佐藤暁子

※現在の行為はミャンマーの市民の思いに沿ったものではなく、これを「国軍」と呼ぶことには批判もあります。ここでは、理解の共有のために「国軍」という名称を使用しています。

Social Connection for Human Rights(SCHR)
〜Bridge All for Responsible Business〜
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