歩くような速さで
詳しい日付は覚えていないが、去年のハチナイの周年より少し前だったことは覚えている
何のことだ?とお思いの方
私が素振りを始めた日のことである
あれから1年が経った
最初は皮がめくれ、豆ができたが、今はそんなことは滅多にない
バッセンでは90キロも打てなかったけれど、今は130キロと格闘するところまで来ている
正直な話、毎日はできていない
どうしても忙しかったり、気分が塞ぎ込んでしまっていたり
でも、ほとんどの日は振っている
相当少なめに見ても300日は切らないんじゃないだろうか(雨の日の筋トレは日数にカウントするものとする)
けっこう頑張ったなと自分を褒めたい
私は自分に甘いのだ
さて、そんな私が語りたいことがある
趣味についてだ
趣味は多い方が良い、できれば身体を動かすものと、頭を使うものが両方あると良い、というのが私の持論である
だが、無責任にやればできると言うのは好まない
人は皆忙しいし、忙しくないとしても時間をどう使うかはその人次第だ
私は、ハチナイ(とストレス発散のためのバッセン通い)がきっかけで少し野球に触れてみたいと思った
やってみたら思っていたよりも楽しかった
ひたすら振り、本を買い、理論を学び、教えも請うた
好きだったから続けられたんだと思う
突然だが、人は多くのものを背負ってどんどん守りに入っていく
いつの間にか、日々の忙しさと喧騒に追われて、自分が「何をしたいのか」よりも「何をすべきなのか」しか考えなくなる
その先に何がある?
実は、こういうことを考えるようになったのは、私も「何をすべきなのか」しか考えずに突っ走り、無理をして、その結果潰れてしまった時期があったからである
これについては多くは語らない
さて、先述したとおり、私は無責任にやればできると言うのは好まない
だけど、ちょっとしたふんわりとしたアドバイスを置いておきたい
きっかけというものは案外色々なところに落ちている
それを拾うかどうかは自分次第
拾えとは言わない
無理をするのは良くない
でも、もし、「きっかけ」に興味を持ったなら
まず少しやってみるというのも面白いんじゃないだろうか
その結果、そのきっかけを持ったものが好きになれたなら、それを趣味と呼べば良いんじゃないだろうか
「何をすべきか」であふれた毎日にちょっとした花を添える
そんな生き方も楽しいんじゃないだろうか
何だって良い
何歳からでも良い
上手じゃなくてもいい
「きっかけ」を見つけて、好きになれたなら、趣味にできたなら、日々の生活がこれまでより少し面白くなるかもしれない
最後に注意を1つ
くれぐれも心身ともに無理は禁物である
少しずつで良い
少しずつが良い
私もまた少しずつを積み上げていこうと思う
歩くような速さで
説教臭く辛気臭い文になってしまった
私は、まだけっこう若いというのに
しかもぐだぐだ書きたいように書いていたらどう終わらせればいいかわからなくなってきた
そもそもここまでしっかりした文が書けているか怪しい
まあ良いや
書きたいことは書いた
とりあえず素振りはまだまだ続ける気でいる
これを表明して締めとしたいと思う