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好きな嘘

彼につき続けている「うそ」がある。


わたしは「炭酸が苦手」

炭酸の効いた酎ハイも飲むし、スパークリングワインも大好きなので、彼はそんな「うそ」を忘れてしまっているかもしれないけど。

はじめてそう言ったのがいつだったのか、きっかけすら自分でも、もう思い出せない。それなのにわたしは炭酸飲料があまり好きではないと主張し続けている。

彼はスチール缶で冷え冷えになったサイダーが好きだった。缶のひやっとした口当たりがとてもいいらしい。彼がサイダーのプルタブを開けるのは、夏の、とても暑い日のドライブ中で、どのコンビニに缶の炭酸飲料が置いてあるかを、逐一チェックをしていた。

彼の基準では、缶サイダー、缶コーラがあれば優秀なコンビニらしい。

彼の実家には、夏になると彼のためのサイダーが備わっている。

帰り際、車に一本持ち込んで、プシュッと小気味好い音をたてる。爽やかな甘さが助手席まで漂ってくる。

彼は必ずわたしに尋ねた。

「ひと口いる?」

わたしは頷いて、彼の好きなものを、すこし、分けてもらう。コクっと喉を通り過ぎた甘さの余韻が、口の中ではじけた。

大人な彼の、子どもみたいなところが好きだ。

普段は珈琲と水しか飲まないのに、やたら缶サイダーが好きなところ。

キャッチーなCMソングを無意識に口ずさんでいるところ。頭に回るからやめてというと、対抗心?を燃やしてさらに歌ってくるところ。

夕飯の準備をしていると、「なんか手伝いましょうか」と言いながらわたしの後ろをうろうろとついてくるところ。「大丈夫、すぐするから座っとけば?」と言っても、そばを離れず、今日あったことを一生懸命話し出すところ。

全部全部、わたしの小さな「うそ」
彼が好きな缶サイダーがすき
彼の歌う変な歌がすき
彼が、料理のあいだ話してくれるのがすき

わたしが「好き」だと言えば、もう、ひと口分けてくれないだろう。自分で一本飲めと言うだろうし、歌うのもピタッと辞めてしまう。

天邪鬼な彼の「好き」を、ほんの少し分けてもらうために、わたしは「うそ」をつき続けている。

#炭酸が好き

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