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【vol.12】川根本町の教育施策の展開と学校統廃合

◆はじめに

 前回は、鹿児島県肝属郡(きもつきぐん)錦江町の事例について確認し、福山市との相対化や地域行政について学びました。(【vol.11】錦江町行政の住民に対する向き合い方から学ぶこと )今回は、静岡県の北部、榛原郡(はいばらぐん)に位置する川根本町の事例を見ていきます。

 川根本町の教育行政については、2020年9月29日に川根本町立本川根小学校の校長先生が、我々のゼミのインタビュー調査に応じてくださいました。このインタビュー調査をもとに、川根本町がどのように人口減少や学校と地域の関係についてついて、どのように考えながらて、教育施策を展開してきたのかを見ていきたいと思います。

◆川根本町の地域と市町村合併の変遷

 川根本町は、34の地区(=自治会)が行政単位となっています。それぞれの地区ごとに地区長が置かれ、財政を運営しており、財政や地区長が置かれ、地域の意見はその地区において集約されています。

 現在の川根本町域は昭和と平成の2度の市町村合併によって形成されました。1889年の町村制において、34の地区は上川根町・東川根町・中川根町・徳山村の4つに編成変遷されました。その後、1956年に昭和の大合併の一環として、上川根町と東川根町が本川根町に、中川根町と徳山村が中川根村(1962年に中川根町に改名)に変遷されました。そして、2005年に平成の大合併の一環として2つの町が合併し、現在の川根本町の町域が形作られました。

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 なお、各地区の人口の変遷は次のようになっています。

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(参考:川根本町ホームページ 住民基本台帳地区別世帯人口調査表 より 筆者作成)

 川根本町では、近年の移住政策によって県外から移住する人が増えてきています。

 しかし、合計特殊出生率が1.42(平成25年~平成29年)と全国平均1.43(同期間)や静岡県平均1.54(同期間)よりも低い水準となっており、町内の子どもの数が減少しています。
それに加えて、15歳から49歳の女性の数も年々減少しており、出生数の減少がさらに加速していくことが予想されます。

 そのため、20歳や30歳などの出産適齢期の人口の転出を抑制し、また出産適齢期の人口の転入を増加させることが町の課題となっています。

◆川根本町の小中学校の配置

 川根本町は、これまで幾度も小中学校の学校統廃合を繰り返してきました。現在、町内には4つの小学校2つの中学校があります。また町の中央部に、県立川根高校も位置します。

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 旧本川根町では、すべての小学生が川根本町立本川根小学校に通います。この学校は、平成28年に川根本町立北小学校(奥泉地区にあった学校)と川根本町立南小学校(現在の本川根小学校)が統合してできた学校です。

 統合当時は、北小学校の児童が約20人、南小学校の児童が約100人と数に差がありましたが、新しい校歌や校章をつくる対等統合という形をとりました。

 旧中川根町では、徳山・藤川地区の小学生が川根本町立中川根第一小学校に、水川・田野口・上長尾・高郷・八中・梅高地区の小学生は川根本町立中央小学校に、そして壱町河内・下泉・下長尾・久保尾・瀬平・久野脇・地名地区の小学生は川根本町立中川根南部小学校にそれぞれ通います。

◆川根本町の目指す教育―「川根本町型の教育」の実現

平成27年に文部科学省は「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」を通知しました。この通知の中では、学校適正配置の配慮として「地理的要因や地域事情による小規模校の存続」という項目が設けられています。

(3)地理的要因や地域事情による小規模校の存続 
○ 特に山間へき地、離島といった地理的な要因や、過疎地など学校が地域コミュニティの存続に決定的な役割を果たしている等の様々な地域事情により、学校統合によって適正規模化を進めることが困難であると考える地域や、小規模校を存続させることが必要であると考える地域、一旦休校とした学校をコミュニティの核として再開することを検討する地域なども存在するところであり、こうした市町村の判断も尊重される必要があります。

○ 一方、こうしたケースにおいては、教育の機会均等とその水準の維持向上という義務教育の本旨に鑑み、学校が小規模であることのメリットを最大化するとともに、具体的なデメリットをきめ細かく分析し、関係者間で十分に共有した上で、それらを最小化するような工夫を計画的に講じていく必要があります。国や都道府県にはそうした市町村の取組を積極的に支援することが求められます。

出典:文部科学省「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」(2015年1月27日) 太字は筆者

文科省の手引きの通知を受けて川根本町は、自らの町は「学校が地域コミュニティの存続に決定的な役割を果たしている地域」であり、また「学校統廃合によって適正規模化を進めることが困難な地域」であると判断しました。

 そして、「小規模のメリットを最大化し、小規模のデメリットを最小化する」教育を工夫してきました。具体的には学校教育ビジョン作り、ICT教育環境の整備、小中高の一貫教育などがあります。とくに学校教育ビジョン作りでは、キャリア教育の強化と「RG教育」の整備を行っています。

 まずキャリア教育では、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必
要な基盤となる能力や態度を育てること
」を目的に、町独自のキャリアノートを作成して授業で活用するなどの取り組みが行われています。また、中学生対象のカナダのホームステイの実施や小学生対象の北海道体験などの実施を、町が負担して行っています。

 「RG教育」では、「学校間で、学習内容に応じて、より効果的な学習の場を創り出し、子どもたち一人一人に学力の定着を図る」ことを目的に、町内の小学校間の連携で各々の授業における最適人数の授業を創出したり、また小・中学校間の連携による高い学習効果を狙った授業が行われたりしています。

 このように川根本町は、町内の小・中学校を緩やかな一つの学校と捉え、小規模校による個に応じたきめ細やかな取り組みを行い、「川根本町型の教育」を推進してきました。

 以上のような取り組みを行う中で、2018年に「川根本町立学校設置適正化及び教育のあり方検討協議会」と「川根本町立学校設置適正化及び教育のあり方検討協議会 研究会」が設立されました。これは、「現行制度を検証し、課題抽出を行うとともに、今後の少子化社会に対応すべき、川根本町内の幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校の連携による教育制度のあり方を調査、研究、協議し、今後の学校教育の方向性を見出すことを目的」に設立されたものです。

 協議会の設立後、2018年から2020年にかけて協議会を5回、研究会を8回開催してきました。さらに、「これからの川根本町の教育に係る意見交換会」と「これからの川根本町の子育て・教育に係る交換意見交換会」を開催し、未就学児や就学児童生徒の保護者、地域住民の意見聴取を行いました。そして2020年3月2日に「「川根本町立学校の今後の方向性」報告書」が作られました。

 この報告書の中で、町は町内の学校を再編して義務教育学校を開校する計画を策定しました。具体的な計画は、以下の通りです。

・2022年 本川根小学校と本川根中学校を統合し、義務教育学校「本川根学園」を開校。(旧本川根町学区)
・同年 中川根第一小学校・中央小学校・中川根南部小学校を統合し、「中川根小学校」を開校。(旧中川根町学区)
・2023年 中川根小学校と中川根中学校を統合して義務教育学校「中川根学園」を開校。(旧中川根町学区)

◆川根本町が学校統廃合に踏み切った理由

 川根本町は、なぜ学校統廃合に踏み切ったのでしょうか。一番の理由は、「これからの川根本町の教育に係る意見交換会」と「これからの川根本町の子育て・教育に係る交換意見交換会」において、保護者や地域住民から児童・生徒数の減少への不安の声が非常に多く寄せられたからでした。

意見交換会での保護者や地域住民からの主な意見
〇小規模校の良さは分かるが、学年2人では少なすぎる。また学年に4~5人いても、女子が1人だけとなるとやはり不安である。同級生の中で切磋琢磨して学ぶこともたくさんある。

〇個別最適化は分かるが、少なすぎては、アクティブラーニングのような新しい教育ができない。部活動もチームを組めない。

〇学年の人数が少ないことを理由に、入学前に引っ越してしまう家庭がたくさんあり、さらに子供の数が減ってしまう。

〇子供が少ないと、PTAなど、保護者の負担が大きくなることも不安である。

出典:川根本町「川根本町立学校の今後の方向性」報告書(2020年3月2日) 太線は筆者

 このような声を受けて、町および町教育委員会は義務教育学校の開校に踏み切りました。当初、町や協議会は町内にある4つの小学校と2つの中学校のすべてを維持する方針だったようです。しかし、住民の生徒・児童の減少に対する不安の意見が予想以上に多く、協議会での方針を変更しました。

 また、今の学校数を維持すると将来複式学級となることが予想され、県から配当される教員の数が減ってしまうことから、教員の数を維持するためということも学校統廃合を行う理由の一つでした。教員の数を維持することによって、個別最適化の質の高い教育を行おうとしたのです。

 もちろん、地域に学校がなくなることのデメリットもありました。町内の全校30人の中学校の部活動が大会に出るときは、地域の方々や高校生の応援団が応援に来るほどに、地域と学校の関係は深いことがわかります。

 そこで、町は今年からコミュニティスクールを実施し、中学校単位で学校協議会を設置しました。また、義務教育学校の開校後も、子どもたちが地域住民から学習することのできる環境を整備することも町は考えています。

◆おわりに―川根本町と福山市の前提の違い

 川根本町は、保護者や地域住民の声を受けて学校統廃合を行い、義務教育学校の開校に踏み切りました。先述の通り、町や教育のあり方協議会は、はじめは町内の学校をすべて残すという方針でした。しかし、教育のあり方に関する保護者や地域住民との意見交換会において過小規模学級に対する不安の声が多く、学校を統合し新たに義務教育学校を開校する形で「川根本町型の教育」を維持しようとしたのです。この点で、福山市の学校統廃合とは大きな違いがあります。

 その一つは、川根本町は保護者や地域住民の意見によって学校統廃合を行ったということです。もともと町は地域に学校は必要という考えでしたが、地域住民や保護者の教育に対する意見を受けて義務教育学校設立の計画を策定しました。このことから錦江町と同様に、「地方自治の主体は住民である」という前提が川根本町にもあるということがわかります。この点、福山市の行政主体の学校統廃合とは異なるとともに、住民合意の過程においても違いがみられます。川根本町では行政の方針とは違う住民の意見を受け入れたのに対し、福山市では学校統廃合推進という行政の方針に反対する住民の意見を受け入れず、無理に統廃合を進めており、行政としてのあり方には大きな差があるといえます。

 また、学校と地域の関係についての考えにも違いがみられます。川根本町ではコミュニティスクールの導入の経緯からわかる通り、「地域に学校は必要である」という前提が住民と行政の間で共有されていました。インタビューのなかでは、川根本町町長が「高校のない町に未来はない。」と言い、川根高校に全国から生徒を集めているという話も伺うことができました。このことからも町は、学校は地域の存続にとって大切であると考えていることがわかります。

 さらに今回の義務教育学校の設置は、人口の流出を防ぐべく住民に川根本町で子どもを育てるという選択をしてもらうために、新しい教育を行おうとしているということをアピールしたいという考えもあったと伺いました。それだけ、学校と地域には密接な関係があるという前提があったことがわかります。それに対して福山市は、市長や教育長が「学校と地域は別問題だ」と住民に説明しており、住民と行政とは異なった前提を持っているといえます。

 福山市教委や市長が持つ前提と住民の持つ前提の違いは、どのように生まれたのでしょうか。次回からは、改めて福山市の学校再編について扱います。その際、説明会や市の会議などの議事録などを詳細に確認し、市行政と住民がそれぞれもつ前提にいつどのような違いが生まれたかを見ていきたいと思います。

M・Y

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