或る怪奇譚

琳城朗という青年②

「どうだろう、これは間違いなく暗号だろうと私は思ったのだ。何者かによってテーブルに置かれた奇妙な新聞に奇妙な広告、これはきっと解決しなければならぬ、そう突き動かされたのだよ」
 琳城は要領を得た顔をすると徐ろに立ち上がり、山積する本の中に手を突っ込んで何やらガサゴソとやり始めた。
「確かに間違いなくそれは暗号でしょう。その広告については、実は僕も少々考えるところがあったんだ」
あったあった、と本の山から引き抜かれた手には私が先日送った当の新聞が握られていた。
「琳城もやはり気づいていたか。いろいろと考えてみたがどうにも私にはわからなかった。今までそれほど暗号を見たことがあるわけでは無いのだが、どうにか解けないかと思って、こうして君のもとに来た次第だ」
「実はねえ少佐、僕にもわからない。いや、暗号そのものは解けたし、意味も理解できる。しかしこれまでの話を聞いている分にはどうも僕達と脈絡が無さ過ぎる」
「なにッ君はあれがもうわかったというのかっ」
「ええわかりましたよ、ただこれに関しては僕も少佐に一つ質問があるんだ。ちょっと考えていこうじゃありませんか」
 琳城は皺くちゃになった新聞を乱暴に広げると 、「これを見てください、この言葉ですーーーそれにこれと、そしてこれも」
と言いながら小さな手帳ほどの付箋を持ち出してそれに書き込み始めた。
 琳城が書き込んだ付箋には新聞の頁数とその頁において注目すべき各記事の題が羅列してあるようだった。

1.「失われた財宝かーーー古城跡発見」
2.「『人食い野牛』の胃から骨片見つかる」
3.「ヤカシャ族巨人目撃の矛盾」
4.「神の奇跡、錫蘭で九つ子出産」
5.「豊穣祭聖馬騎乗中の大惨事」
6.「奇怪殺人、犯人右頬に腫物の特徴か」


「暗号を解くには大抵既存の形式を使うのが一般的だが、考えつくものを使っても、どうも正しいと思しき答えには辿り着かなかった。だから僕はこの新聞独自の規則があると考えた」
「それで、君はここに書かれたものがその規則だというのか」
「ええ。この新聞の特異な規則性は一頁目から顕著に見られます。ほら、いきなり『失われた財宝』ときていてこれは普通の構成ではない。二頁目の頭を見ても新聞では普段目にしない『野牛』という言葉が突然飛び込んでくる。三頁目、四頁目のものをご覧なさい。この新聞の全体的特殊性が邪魔をして見失いそうになるが、一、二頁でぼんやりしていた規則性が段々と明確になってきた。五、六頁目を見たら今までの疑いがはっきりとした確信に変わる。少佐、『財、野牛、巨人、神、騎乗、腫物』、思い浮かぶものは」
「まさか、フサルクか」
「そのとおりフサルク、ルーン文字です。少なくとも僕はそう考えた。これだけの単語が意図的に、加えて頁も順序正しく並べられていることに気づけば、フサルクを連想せよという強烈なメッセージを感じるのは自然でしょう。そしてルーン文字を使うということが分かれば、あとの説明も通るのです、通るには通る、という言い方になるが」
「ふむ、成程。だがわからない。ルーン文字を使うとわかったところで、まだ不明な部分が多すぎやしないか」
「うん、確かにまだこれでは足りない。しかし重要な規則の一つがわかったのは事実です。では暗号広告に戻りましょう」
私は再度書き写した広告に目を移した。

『 雹は打たれん、
 氷は砕かれん
 地は口を開き牛を呑み込み、
 また呑まれる男は二七三に及ぶ 』

と書かれている。
「フサルクを使うとなれば、雹は恐らくhagalaz、氷はisaとなるが、しかしフサルクに変換したところで意味は通じないではないか」
「その後を見てください、『口を開ける地、呑まれる男』。これはある記述を思い出させませんか」
「コラとダタン、アビラムの反逆の話か。それなら私も最初に思いついたところだ」
「そうです、旧約聖書に預言者モーセに反逆した男達とそれに与する者達が地に呑み込まれたという記述があった。そして、ご覧なさい、土地と牛、男はそれぞれフサルクで表し、アルファベットに直すとN、U、Mとなる」
「だとするとNUMは旧約聖書の民数記を示し、二七三は章と節を示すことになると考えたというのか」
「ええ、そうです。でもまだ終わりではない。該当聖句にはツェロフハドの娘達が世襲財産を求めた記述があった。これはこの一件が相続に関連したものであるというメッセージだと考えられる。そしてこれだけ聖書に関連した事項が並ぶならば、初めの二行にある雹と氷に関しても聖書に関連付けるのが筋でしょう、即ちhagalazはハガルという人名に直せる」
「氷のisaはどうなる」
「雹と氷ですよ、少佐。これらは形状こそ違えど非常に似ている、どちらも水という共通項があるからです。ええ分かっています、分かっていますがこの際『同じものである』という事実には目を瞑りましょう。この暗号の本質を見失ってしまうことになる。ーーーさて、同様にisaもisaacもしくはisaak、つまりイサクという名前に直すなら、二つの人名にはアブラハムという共通項が見えるではありませんか。そしてーーー」
 私は琳城の知識と洞察に改めて感嘆した。と同時に、この暗号が念入りに作り込まれていることに気づいた。数日の間唸り悩み続けた自分の要領の悪さをも甘受できるほどであった。
 しかしこれら琳城の考察が正しいという前提で読み下した結果、事の重大さに気付いたのである。
「琳城、これが本当なのであるとしたらーーーこれが質の悪い悪戯では無いとしたらーーー我々は大変な事件を依頼されていることになる」
「僕が質問がある、と言ったのはその点についてです」
 私は琳城の口が開かれるのを待った。とはいえ、その問いの内容は容易に推し測ることが出来た。
「少佐、貴方のご友人に高貴な身分の方はおられますか」
果たして、私の予想は的中した。

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