第9回「サイヴァリア リビジョン」

最近、週刊少年ジャンプがやたら面白い。
キルアオとか夜桜さんちの大作戦あたりは普通に面白くて読んでるんだが、個人的にはやはり「鵺の陰陽師」が一歩抜けてると思う。
ジャンプ本誌で必ず1~2枠あるラブコメ&ちょっとエッチなところを抑えつつ、バトルマンガとしてキチンと成立しているあたり、マンガが上手い。
「2000年くらいに良くあった、評判の良いエロゲのコミカライズの大当たりのヤツ」みたいな評価をしていた人がいるが、その通りだと思う。
なんというか、電撃大王でやってたこみっくパーティーとか月姫とか、あのへんのDNAが流れている気がする。
まぁ、まず鵺さんがえっち。
七咲パイセンがえっち。
代葉ちゃんがえっち。
えっちなのはいいことです。
あとはしっかりパイセンがシレっとした顔でヤキモチ焼きなあたりがハーレムラブコメとしてちゃんとキャラ立ってるのも良いと思う。

まぁ、ジャンプ以外も普通に色々マンガ雑誌を読んでいるが、その中でもヤンマガの「聖くんは清く生きたい」もここ最近では大当たりだと思う。
同作者の前作である「犬と屑」がボクの性癖どストライクだったこともあって読んだわけだが、今度は方向性がまるきり違う方向でこうして面白い話をやられると月曜日から来週が待ち遠しくて困ってしまう。

photon

そのゲームと出会ったのは、怒首領蜂 大往生の二週目に絶望した頃だ。
高田馬場の駅近辺にはオアシスの他にもういくつかのゲームセンターがあった。有名なのはビッグボックスにあった物だが、今回はそちらではない。
こちらも今はミカドになっている「白鳥会館」のゲームセンターだ。

かつて、ここはビルの上から下までビデオゲームがゴチャっと並んだゲームセンターだった。管理しているのはだいぶ歳の行ったおじいちゃん店主だったと思う。
どの筐体もメンテは良いとは言えず、まぁ、なんというか……インベーダー喫茶のノリのまま平成の時代までやってきた、そんなゲーセン。
だからってわけでもないのだろうが、今では絶対に見られないようなゲームも平気で稼働していた。
具体的に言うと「ストⅡ'レインボー」が動いていた。当時最新作だったカプエス2が1Fの一番良いところに置かれている中、3Fだったかの隅っこの方で虹色のロゴが光っていた気がする。
地下1FではAVを切り抜いて作った脱衣麻雀が複数台稼働していたし、今思えばなんでこんなゲーセンが山手線の駅の真横で営業していたのか分からない。
分からないけれど、当時の高田馬場と言う街の状況だったり、長いゲームセンターの歴史や背景を考えると「色々あったのだろう」と言う感想が出てくるくらいに闇が深い話だ。
多分、このあたりの話はボクの記憶もあやふやなので、あまり深いツッコミはしないで欲しい。まぁ、とにかくカオスな時代のカオスなゲーセンがあったって話だ。

あれは秋口だっただろうか。オアシスを出て、駅前のそば屋か路地のカレー屋か、あるいは松屋の牛めしでも食うかと足を向けた時に、ふといつもなら通り過ぎる白鳥会館の階段に気になるポスターを見つけた。

その時は「なんだ、その売り文句は」なんて横目にしてスルーしていたのだが、その後、大往生以外のゲームもやってみるかなと色々と興味が湧いていた頃だ。
秋口に見かけたあのポスターが再び目に入った。

BUZZれ

そう、デカデカと刻まれていた。
今思えばあの当時は怒首領蜂の影響もあって「」とか「弾幕」とか、それに類する言葉や謳い文句やらが飛び交っていたのだと思う。
SNS全盛の今の時代「バズる」は別の意味だが、あの当時は「BUZZ」なんて英単語はそのまま虫の羽音を意味していた。あとは辞書を引くと「地面スレスレを飛ぶ曲芸飛行」なんて意味もあるらしいが、当時はそんなことは知らない。

気になってしまい、ボクは小汚い雑居ビルに足を踏み入れることにした。
外観も小汚ければ、内装も酷いものだった。
築年数はかなり行ってたのもあるだろう。ゲーセン特有の据えた臭いとタバコの煙の充満する地下1Fで、そのゲームは動いていた。
とりあえず物は試しと100円玉を筐体に突っ込むと色々ゲームモードが選べた。
どうやら、通常の通しプレイの他に「リプレイモード」と呼ばれるトップランカーのプレイを見れるモードがあることを知り、迷わずセレクトする。
何も知らないより、まず一番上手い人間のプレイを見れるならそれに越したことはないだろう、そんな感じで選んだ。

今だから言える。ボクはこのゲームをプレイするべきではなかった

graviton

リプレイモードはステージ単位でスーパープレイが見れた。
それを見た上で、じゃあ同じようにプレイしてみましょうね、そんなモードなわけだ。
何をトチ狂ったのか、真っ先に最高難易度のラスボスステージの動画を見てしまったボクは、大往生で埋め込まれたアーケードゲーム特有の、あの駆り立てるような狂気に再び陥る。

――このゲームに出会うまで、そしてこのゲームをプレイしてからどれだけの月日が流れただろう。このゲームのラスボス戦以上にカッコいいラスボス戦とBGMをボクは知らない。ちなみに第2位に位置するのは続編「サイヴァリア2」のラスボス戦だ。宇宙一カッコいいラスボス戦と楽曲だと思っている。

画面の背景は非常にシンプルで暗色だ。
その代わりに敵の放ってくる弾幕が「怒首領蜂 大往生など比較にならない量で圧倒される。その代わりと言ってはなんだが、弾速自体はどれも極めて緩やかで、なにより直線的だ。
その重要な弾幕だが、いずれも極彩色で非常に視認度が高い。背景の漆黒がよりそれを鮮明にする。
すぐさまこの状況で「どうやってこれを回避すればいい」と疑問符が付くが、流石にこれだけSTGをやったボクだ。なにより画面で起こっていることを見れば理解出来る。
このゲームの弾幕は最初から回避出来るように作られていない、と。
では、果たしてどうすればクリア出来るのか。
それが本作を象徴するシステム「BUZZ」である。

このゲームには経験値のような物があり、それが一定に達するとレベルアップする。これだけ知るとRPGのようにも思えるかもしれないが、実際はちょっと違う。
経験値を溜めるには大きく二つ。
・ショットを敵に当てる。
・BUZZる。
だが、ショットでの経験値は微々たるもの。本命は「BUZZ」だ。
先程から都度都度出てくるこの「BUZZ」とはなんなのか。
簡単に言うと「敵の吐き出した弾に、機体のミス判定にならない箇所を接触させること」を言う。
他のゲームでおそらくわかりやすいのは東方projectのグレイズが近いだろうか。本作においてはこの「BUZZ」で経験値を稼ぎ、レベルアップをする。
ではレベルアップすると何が起こるのか。
レベルアップの恩恵の一つは多少ショットの威力の上昇などに関わるが、そちらはほぼ雀の涙と言って良い。
本命はSTGでは掟破りとも言える「無敵時間が発生する」のである。時間にして僅か1.5秒程度である。だが、ここで重要なのは無敵時間中にもBUZZることが可能な点にある。
つまり「BUZZる→レベルアップ→レベルアップの無敵時間中にBUZZる→レベルアップ→無敵」と言うループが完成する。これにより、一見回避不可能な弾幕を難なく突破することが可能と言う理屈である。
そして、このBUZZの発生させやすさを上げるために「ローリング操作」と言う行動が必要になる。ローリング操作はレバーを左右、あるいは上下に素早く入れることで可能となり、よりBUZZりやすくなるシステムだと思ってもらえれば良いだろう。
ようするに、このローリング状態を維持しつつ猛烈な弾幕の中に突っ込んでいく、と言うのが基本的なプレイスタイルになる。
大往生の時にボクは弾幕に対しては「死にたくないなら弾幕を発生させないできれば消す、それが出来ないなら死なないように回避しろ」と言うような事を書いたと思う。
その常識を完全に放棄する必要に迫られるとは思いもよらなかった。

なにが良いたいかと言うと、つまりは通常の弾幕STGでプレイヤーが直感的に考える「弾幕=危険=回避しよう」と言う思考を放棄しなくてはいけない。
サイヴァリアにおいては「弾幕=危険=よし突っ込もう」が基本的なスタイルとなる。
この超危険行為を積極的に行うことで攻略を進める方式は、最初の方こそ脳が拒絶反応を起こす。
だが、一度体感してしまうと麻薬のように効いてくる。
ブルーハーツの歌にあるように「見てきた物や聞いた事今まで覚えた全部」がひっくり返る瞬間は面白いのだ。
すなわち、これまで怒首領蜂大往生で培ってきた知識や経験則の基本の基本「弾を吐き出す前に倒す」の逆をやれば良い。
ショットをろくに打たずに敵を放置し、そうして倒さずに画面に残った敵は犯罪的な量の弾丸を自機に向かって吐き出してくれる。そこに対し、真正面から突っ込んでいき、ドット単位でかすることで「シャリシャリシャリ」と言う耳心地の良いノイズと共にBUZZることが出来る。
このサイヴァリア独特のルールに引き込まれると、もう二度と普通のSTGでは満足出来ない身体になってしまう。

多くのアーケードSTGの多くがそうであるように、サイヴァリアもまたBGMが図抜けていた。
こんな素晴らしい楽曲を鳴らすゲームが遊んでいた範囲で稼働していたと言うのに、ボクは三年近く知らないままでいたわけだ。恥ずかしい。
ピアノの音色が積極的に取り入れられたトランス、それが変拍子で刻まれる。20世紀末から21世紀と言う時代の転換期において、少なくともここまで「新しい」そして「聞いたことがない」楽曲が揃っていた。WASi303氏を筆頭とした当時のコンポーザーたちの練り上げた楽曲は、どれもこれも甲乙付けがたい楽曲が揃っている。
ステージ1のEarth、ステージ2のVolcano、ステージ5のGravitonあたりはハンパではない完成度だと思う。そして、宇宙一かっこいいラスボス戦で流れる楽曲はボクの人生におけるゲーム観と音楽観を完全に変えてしまった

BGMだけではない。
BUZZの話で少し書いたが、あの独特の「シャリシャリ」と言うノイズっぽいSEが小気味の良さを感じさせる。そしてレベルアップの時のシャープな電撃の走る音もゲーム全体をソリッドな印象にまとめる役割を果たしている。
どうやらこれらSEもサウンドチームが作ったものなのだが、なにかのソフトによる打ち込みなどで作ったわけではなく、ガラスを叩き割った音をサンプリングしノイズを除去した物が本作独特のSEとして使用されていると言う。
後年、この話を聞いた時はゲーム開発の裏側を垣間見たようでとても興味深かった。

ボクのこれまで開いていなかったチャンネルをこじ開け、眠っていた感覚を呼び覚まし、未知の快感をサイヴァリアは与えてくれた。
改めてになるが、サイヴァリアと言う麻薬はボクにとってあまりにも危険過ぎた。
怒首領蜂 大往生で目を悪くし、タバコを覚えて肺を汚して、ゲームによる異常な快感を覚え、金遣いが荒くなったゲーセン小僧は更に自分の身体のどこを蝕むのか。これから書いていこうと思う。

weakboson

本作を攻略する上で基本行動が「積極的なBUZZのためのローリング操作」になることは既に書いた。
では、それがどういう意味を持つのか。
答えは簡単だ。半ばレバガチャ染みたレバー操作をしつつ、ドット単位の弾幕回避を行うと言う狂気の沙汰だ。
そんなバカな、と言うがあの当時他にサイヴァリアをプレイしている人はいなかった。それも当然だ。ボクが初プレイした段階で稼働から既に3年が経過していた。なにより、稼働しているのが当時の高田馬場でも指折りに劣悪なメンテナンス状態のゲーセンの隅にある筐体だ。プレイヤーなどほとんど存在しない。誰かに教わることも出来ない、誰かのプレイを盗み見ることも出来ない。池袋でもサイヴァリアを置いているゲーセンはどこにも無かったのだ。
手がかりになるのは、基板に記録されている過去のトップランカーのスーパープレイのみ。
門前の小僧どころの騒ぎじゃない、トウモロコシ畑の黒人奴隷が話したピジン英語のようなものだ。

レバガチャプレイは筐体の、特にレバーを痛める。なにより操作している腕そのものを痛める。
短時間のプレイであれば、そこまで気にするは無いだろう。
だが、プレイしているのはタガの外れたヘタヨコシューターだ。財布に金があればあるだけ注ぎ込むような狂人だ。
だが、サイヴァリアに限ってはそうはならなかった。
プレイし始めて一週間ほど経った頃だ。いつものように10クレジットほどを連続でプレイして、左手首に妙な違和感を覚えた。
痛み……は、あるにはあるが、長時間アーケードゲームをやっていればいつもど通りに感じるやつだ。問題なのは痺れ、そしていつもの痛みが前腕全体に走っていた。考えるまでもない、レバガチャが原因だった。
ただ、これだけならただの筋肉痛。夜寝て朝起きれば引く痛みだ。
しかし、これは操作の問題だけではなかった。
メンテナンスが劣悪である、とは言ったがここのゲーセンのメンテナンスの悪さは本当に酷かった。
まず、レバーのシャフトである「ステンレスが錆びている」。もうこれだけでヤバイことが分かるだろう。次に「レバーボールが抜ける」のだ。シャフトとボールはネジ式の軸ではめ込むわけだが、ボール部分が平気でくるくる回る有様だった。
レバガチャが原因で抜ける訳では無い、サイヴァリアに限らず他の筐体も似たり寄ったりの状況だった。別の階で稼働していたカプエス2をやっていたあんちゃんが、龍虎乱舞を放った直後にボールが抜けていたレベルだ。
これに気付いた時から、より小刻みで、繊細なレバガチャと言うなんだかチグハグなプレイを強要されることになったわけだ。

環境が悪いことを嘆いても何も始まらない。そんな理由でゲームが出来ません、は通らない。
多少操作感が悪かろうと、ゲーセンの店内が臭かろうと、イスのクッションに穴が空いていようと、同じ筐体、同じ基板でかつて素晴らしいプレイを刻んだ人がいることは確かなのだから。
ボクはレバーを上下に、左右に捌く。その都度にスピーカーからシャリシャリと言う音が鳴り、雷鳴が響き、弾幕を超えていく。
錆びたステンレスに擦り付けられた左手の中指と薬指は毎日真っ赤に腫れていた。

gluon

手本があるのだから、その通りにプレイすればいい。
まったくもってその通りだ。
リプレイモードに刻まれた内容はどれ一つとして捨てる部分の無い華麗なものばかりだった。
それを通常のアーケードモードでのプレイに落とし込んでいく。
やがて気付く。
このゲームは「敵を倒すゲーム」ではない、「敵を支配するゲーム」なのだと。
こちらの意図する場所に弾丸を誘導して吐き出させ、BUZZって稼ぎ、無敵時間で再びBUZZる。無敵時間が切れれば即死の地雷原で、踊るように回り続ける新たな快楽は脳を酔わせる。
左手の指がBUZZる度に痛んだ。
手首が悲鳴を上げた。
ただ、そんな痛みを消し飛ばすほどの全能感と音楽が脳を狂わせて行った。

だが、それもクレジットが切れるまで。
積み上げた100円玉が切れたら今日は終わり、大往生をプレイしていた頃からの自分ルールだった。
時間はあっと言う間に過ぎ去り、舌打ち混じりに筐体から立ち上がり、もはやルーティーンとなったレバーボールを締める行為。
手首の痛みをできる限り忘れたくて、タバコに火を点ける。
狭い、本当に狭いゲーセンだった。
換気も、湿度調整も、除臭も出来てない、いつも湿った臭いがする地下1F。
照明は敷き詰められた筐体の明かりだけ。
タバコの煙が最高に不味くて、手が痛いのが忘れられた。

昔、せがた三四郎は「指が折れるまで(ゲームで)遊んでいるか」と歌っていた。実際、CM撮影で巨大セガサターンのパッドを殴って指を剥離骨折してたらしいので一切比喩も誇張もないわけだが。
まぁ真剣に取り組んで怪我や体調を崩すのはスポーツや勉強だけではなく、ゲームでも同じだよねぇ、と言うのはそれなりのゲーマーなら理解出来るだろう。夜中に布団の中でポケモンをやって目を悪くした人間は世界中にいるはずだ。

ボクの手首が痛いのも、そういうことだった。
レバガチャ以外の方法で機体のローリングを維持する方法を知らないのだから、他にやりようがなかった。
店主のおじいちゃんもあんまりにも熱心にボクが毎度プレイするものだから、たまに缶コーヒーを差し入れしてくれたほどだ。なんというか、筐体のメンテもろくにしてないその人は、あんまり金儲けみたいな部分に頓着していないように感じられた。
充実した時間が流れていた。
ガルーダの時よりものめり込んでいたし、大往生の時よりも攻略が進み、試行錯誤が上手く行く、楽しい時間だった。その瞬間が訪れるまでは。

axion

手首の痛みが朝起きても続く日が増えた。あんまりにも酷いので左腕にだけリストバンドをするようになった。
周囲からリストカットでもしてるのかと疑われ、その都度にめくって見せたが……まぁ特に運動している訳でもない、ゲームとマンガと映画と本ばかりのゲーセン小僧がそんなもんをしていたら奇異の目で見られるのも当然だった。

この頃になると、ラスボスの更に深奥に存在するステージXX-Dをクリア出来るかどうかと言う段階に入っていた。
出会ったその日に見たあのスーパープレイとも言うべき弾幕への突入とBUZZのテクニカルな動きは、リプレイモードで繰り返して何度見ても再現出来ないほどだった。
弾幕STGの基本である「稼ぐと死ぬ」は、サイヴァリアでも一部正しい理屈ではあったが、同時に「稼がないと死ぬ」ように出来ていることにも気づき始めていた。
ようするに「いかにレベルアップで無敵時間を作れるか」が鍵なのだ。必然的に「弾幕の中に突っ込んでいってBUZZを積極的に稼ぐ」が正しいスタイルになって行く。

「なんでそんなに身体を痛めてまでプレイするんだ」
常識ぶったことを言う人もいるだろう。
では、同じことをグラウンドでバッドを振っている高校球児に果たして言えるだろうか。河川敷でボールを蹴るサッカー少年に言えるだろうか。
少なくとも、当時の――そして今のボクにとっても、なんら恥ずべきではないのめり込み方だと思っている。
タバコに火を付けて、一口吸い、筐体の灰皿に置いて、筐体にコインを突っ込む。
気づけば、一口だけ吸ったタバコがフィルターまで燃え尽きている。
それだけ一回のプレイに集中している時すらあった。
サイヴァリアでレバーを捌いている時だけは、鼻を突く異臭も、籠もった空気の息苦しさも、室温の煩わしさも、目のかすみも、腕の痛みも忘れられた。
100円が切れると途端に手首の痛みがぶり返してくる、まるで変身が解けたウルトラマンのようだった。シルバーガンみたいに出てくるわけではないけれど。
XX-Dのボスを撃破した頃、レバーのシャフトが真新しい物に交換されていた。レバーボールも真新しくなって、もう抜ける心配をしなくて良くなった。

池袋のとあるゲーセンでサイヴァリアの最新作「サイヴァリア2」が稼働していた。
だいぶ雰囲気は違ったけれど、基本のシステムは同じだった。
とんでもなくかっこいい音楽も正当に進化していた。
そこで初めて知った。
ローリング操作はレバーをニュートラルに戻さなければローリングし続けるのだと。
必死にレバガチャをしていたそれまでの自分がアホらしくなった。
けれど、染み付いた動きを変えるのは、無理だった。
結局、ロクにプレイせず、ボクは高田馬場の小汚いゲーセンでサイヴァリアRをプレイし続けた。

psyon

バツン、と大きな音がした。
その日はXX-Dのボス、グルーオンの安定した稼ぎ攻略パターンを模索していた。
音がして、左手の手首が言うことを効かなくなっていた。
筐体のコンパネの上にはまだ100円玉が残っていたが、ボクはそのまま小銭をひっつかんで帰宅した。夜にはまだまだな、夕方だったと思う。

あれこれと面倒な説明を省いて、結果だけ言うと、手首の筋肉の一部が千切れていた。
球児だって毎日バットを振っていても、アイシングをするし、サッカー少年もマッサージやクールダウンをするのが当然の時代だ。
たかがゲームで身体が痛い程度。そう高を括っていたのは自分自身だった。
医者からはアレコレと聞かれたけれど、結局なんて答えたのかは良く覚えていない。いずれにせよ、絶対に手首を動かすな、とだけ言われた。
ボクは当時からそれなりに多趣味だったから、ゲームが出来なくても本やマンガ、映画にアニメで気分は落ち着かせられた。
ゲーセンには、しばらく足を運べなくなった。

包帯が取れ、医者からも機能回復したと診断された即日、ゲーセンに入っていった。もう手首の痛みは無かった。
リハビリ明け一発目に触ったのはカプエス2だった。ちょうど、オアシスの対戦台が空いていたので座り込んだ。
だが、プレイして即座に違和感を覚えた。
テリーのバーンナックルが出ない。パワーウェイブもコマンドミスをする。
当時、格ゲー上級者というほどでは無かったが、それなりに勝ったり負けたりする程度にはやっていたのに、まるで自分が操作していないような感覚を覚えた。そして、プレイするのは学生の街、高田馬場。プレイヤーの練度はそこそこ高い。ろくに技も出ず、立ち回りだけでどうにかなるような土地ではない。
おかしい、と気付いた時にはもう遅かった。
サガットはタイガーアッパーカットもタイガークラッシュも出ない。かろうじてガイルだけは動いたが、それでもスーパーコンボが不発する。それどころか、暴発すらする酷い挙動だった。対戦相手に申し訳ない感覚すら生まれた。
一度千切れて、くっついた手首は、二度と昇龍拳が出せなくなっていた。
それ以後、ボクは対戦格闘ゲームをプレイすることは無くなった。

手首の負傷の影響は格ゲーだけに留まらなかった。
それどころか、他のゲームの方がひどい有様になったと言って良い。
かろうじてプレイが成立したのがガンダムvsシリーズくらいなもので、それもステップの挙動が怪我をする前より怪しい動きだった。
肝心のSTGだったが……信じられないことに1コインクリアまで腕を上げたエスプガルーダのステージ3でゲームオーバーするほど腕が動かなくなっていた。
何より、少しアーケードでプレイすると腕が震えるようになった。
痛みは無かった。ちゃんと筋肉がくっついているのだから。
ただ、心が痛い、マンガや小説やアニメで見るその言葉を実感した。

それでも、ボクはゲーセン小僧だった。どうしようもないゲームバカだった。だから、ゲーセンから離れられなかった。
何年かして、ふと気まぐれで触った格ゲーで波動拳は出た。昇龍拳は出なかった。

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