MONSTER IDOL論、あるいは本当のモンスターとは誰か?

 MONSTER IDOLというのは、TBSの「水曜日のダウンタウン」という番組の企画であり…という説明は、まぁこの文章を読もうとしている人にはたいてい不要だとおもうので割愛しておきましょう。ところであなたはこの企画をどうおもいましたか?私としては、本当にくだらないし、言及したくもないなぁくらいの感想しか無かった。とはいえ、こういうくだらないことをくだらないからといってやり過ごしているばかりでは、駄目なんじゃないか、そう考えてしまうくらいにはアイドルが好きなこともまた事実です。そこでこの文章では、さしあたり、「MONSTER IDOLという企画にかんして、本当のモンスター=悪い奴は誰か?」という問いを立てて進めていきます(つまり、この企画がクソだということは私にとって前提なのですね)。ただし注意して頂きたいのは、この問いはあくまで議論を進めていくために立てられるのであって、この問いに決定的な答えを出すことはこの文章の目的ではない、ということです。まぁこのあたりのことは読み進めてもらえたらなんとなくわかってもらえるはずです。とにかく、始めていきましょう。

1、モンスターとはクロちゃんである?

 まずめちゃくちゃベタに考えて、この企画における悪い奴は、アイドルグループのプロデューサーとして振る舞っていたクロちゃんでしょう。プロデューサーという立場でありながら、オーディションに参加している女の子に恋したり、あるいは自分が好きだからという理由でアイドルをオーディションから脱落させたりなど、色々と悪さをしでかしていたようでありました。

 とはいえ少し考えなくても気が付くように、クロちゃんはこの企画の趣旨をよく理解し、とても忠実にその職責を果たした、と言えそうです。というのもこの企画の趣旨とは明らかに、クロちゃんを何人かの異性と継続的に接する環境を人為的に作り出したうえで、クロちゃんの異性に対する無節操な振舞いを誘発し、その振舞いを寄ってたかって非難してスッキリ、というところにあるからです。クロちゃんはこのことをよく理解した上で、意図的に作り出された環境でそれなりにガチに恋に落ちる。ここにガチさが足りなければ、叩く方にも叩きがいが無くなるでしょう。

 もちろんあくまでテレビの企画だから台本があるのかもしれません。しかしそれはもうどっちだっていいことです。台本があろうがなかろうが、クロちゃんは番組の趣旨を理解しているし(だからこそ彼を標的にした企画が続いている)、理解している(つまり自分の状況をメタ的に捉える視点を持っている)にもかかわらず、それでもやはり普通に、ベタに、かわいい異性に恋をしてしまう。ここにこそ彼の能力があると見るべきです。

2、モンスターとは番組制作者である?

 以上のような議論から自ずと、じゃあ悪いのはそうした状況を作り出し、クロちゃんを見世物のように扱っている、番組の制作者たちではないか、と言えそうです。もちろんこれには一理あるとおもいますが、しかし本当にそれだけでしょうか?では、番組の制作者たちはなぜクロちゃんを見世物にするのか?と問うてみるならば、それはそうすることによって視聴率が取れるという見込みがある、あるいはそこまでいかなくても、それを面白いと感じる人が少なくない数で存在していると考えているからでしょう。

3、モンスターとは視聴者である?

 というわけで、第三のモンスター候補として、視聴者が浮上してきました。つまりMONSTER IDOLの視聴者は、番組側がわざわざ作り出した環境において、まんまと異性に手を出そうとしていくクロちゃんを見て、その行動を悪しざまに言うことで快感を得る、そういう醜悪な存在だということです。そしてこういう連中の存在を見越してこの企画は作られている。ということは逆に言えば、こういう連中がいなければこんな企画生まれなかったのではないか、と考えることもできそうです。

4、三つのモンスターの共犯関係

 とはいえ、視聴者だけに、MONSTER IDOLという企画が成立しているというこの(私からすれば)実にくだらない状況の責任を、視聴者だけに押しつけることにはやはり無理がある気がします。視聴者の立場からこう切り返すことができそうです。確かに、人をよってたかって叩いて快感を得ることはあまり褒められたことではないが、そんな欲望は誰だって持っているはずだし、そもそも人間のそんな欲望を刺激して金稼ぎしようとしているテレビ局の奴らのほうがよっぽどモンスターなのではないか、と。なるほどこれには確かに一理ありそうです。でも似たような仕方でテレビ局の人たちの立場から切り返すこともできそうです。つまり、自分たちは視聴者の期待に応えているだけであって、もし誰かが悪いのだとすれば、それはこの企画で喜んでいる奴らの方だ、と。

 もちろん、そもそもクロちゃんがあんな無節操なのがいけないんだ、と言うことも一応できます。でもさっき見たように、彼は彼なりにその職責を果たしているだけであって、少なくとも彼だけに全責任を押し付けることはできないはずです。つまり、本当のモンスターは誰なんだと聞かれても、特定の人あるいは集団に限定することは不可能だ、と答えるしかなさそうなのです。そしてそんな答えよりもっと重要なのは、この三つのモンスター候補たち(クロちゃん、番組の制作者、視聴者)が、それぞれに自分だけが悪いのではないという言い訳の余地を残しつつ、さらにはそれぞれに利益(ギャラ、視聴率、他人を叩く快感)を獲得することにそれなりに成功しているという事実のほうです。そういう意味で、この三者には共犯関係があると言っておきます。ところでここまでの話にすっぽり抜けているものがあります。そう、それはアイドルです。MONSTER IDOLという企画にかんして、モンスターのことばかり気にしてアイドルの話がまだできていません。

5、で、アイドルはどうなった?

 ここまでMONSTER IDOLという企画について少し考えてみましたが、そこで浮き彫りになってきたのは、クロちゃん、番組の制作者、そして視聴者という三者による共犯関係でした。そして三者ともに、この共犯関係からそれなりの利益を得ている。しかしアイドルはこの共犯関係の外にいたのではないか。彼女たちは、クロちゃん以上に、見世物として利用されていたと言えるのではないか。

 このことは、MONSTER IDOLという企画の来歴を考えればすぐにわかります。MONSTER IDOLの前にはMONSTER HOUSEという企画がありました。この「MONSTER+名詞」という命名法からわかるように、HOUSEとかIDOLという環境はクロちゃんのモンスター性を際立たせるための材料でしかなく、名詞の部分にはいろんな言葉が代入可能であるはずです。だからこそMONSTER IDOLという企画においては、それなりにアイドルたちが重要な役回りを演じているように見えて、その実彼女たちは本質的なところでのけ者にされているのです。他にもあります。それは、クロちゃん、番組の制作者、そして視聴者という三者がそれぞれに利益を得るために彼女たちが被っていた負担です。

 この企画でアイドルオーディションに参加していた人たちは、クロちゃんからのプロデューサーとしての視線だけではなく、異性としての視線も受けることになります。もちろんこれはクロちゃんが企画の趣旨をよく理解した上でのものですし、彼女たちもそのことは重々了解していたでしょう。とはいえ、です。視聴者はあくまで画面越しなので、クロちゃんがアイドルを口説いたり告白したりしているシーンを、それこそネタとして楽しみ、気軽にその行動を叩くことができます。しかし彼女たちは、あくまで生身の人間同士として、目の前のクロちゃんに対峙していたのです。いくら目の前のクロちゃんの行動が、意図的に作り出された環境下の、番組の趣旨にそったメタな行動だと理解していても、やはりそこでは様々に、そしてベタに、感情を揺さぶられることがあったでしょう。

 とはいえ、これまでの話をひっくり返すようで恐縮ですが、以上のような形で、彼女たちを三つのモンスターの共犯関係の一方的な犠牲者として、ひたすら受動的な存在として描き出すのは、それはそれでかなり失礼な話でしょう。そもそも、彼女たちにとってもこの企画に参加するメリットがあったはずです。だからこそ、以上で指摘したような負担も看過できた。そのメリットとは端的に、有名になれる、自分がオーディションを見事通過してデビューしたとき、普通のオーディションを経たグループよりも売れる可能性が高い(なぜなら良くも悪くもデビューまでに話題になるから)、というものです。

 というわけで、MONSTER IDOLという企画をダシにしつつ確認したかったのは、アイドルに関わる人の多くが前提としている、「売れる」のがいいことだという価値観がある、ということでした。しかし私の考えでは、こうした前提によって、アイドルについて捉え損なわれていることがかなりたくさんある。もちろんアイドル自身の口から「売れたい」という言葉を耳にすることは往々にしてあるわけですが、しかし数多くのアイドルたちがアイドル活動を続けているのは本当にそれだけなのか。それだけではないのに、そのことを表現するための語彙が今のアイドルシーンには欠けているのではないか。そしてそのことは、自分たちの首を絞めることになっているのではないか。そんなことを考えています。

 さて、MONSTER IDOLにかんして何か明快な結論が出されることを期待していた人には満足いかない結末になってしまったかもしれません。とはいえ、現実はそう簡単に割り切れるものでもないはずです。とにかく私としては、今欠けていると指摘したアイドルにかんする語彙を増やしていくために、引き続きあれこれと考えていきたいとおもいます。MONSTER IDOLという企画は、そのためのいい材料ではありました。

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