今を生き続ける男「徳利」文学フリマ「エリコ新聞2」発売記念のため記念公開!

エリコ新聞はネットで公開せず、書店に置いているフリーペーパーと、一年に一度まとめて出す同人誌のみの公開で、ネットでは基本的に公開していません。(サイドバーのニュースレターでは不定期公開)

明日の文学フリマで「エリコ新聞2」を出すので、ネットでラッパーの徳利さんについて書いたものを公開します。

文学フリマ東京
2022年11月20日(日) 12:00〜17:00
東京流通センター 第一展示場+第二展示場Eホール
入場料:無料

徳利にはまっている。大徳利とかイカ徳利のことではない。ラッパーの徳利である。彼氏のタケが徳利を好きで、何回か動画を見せてもらったのだが、その時は「ふーん」といった程度で、特に引っかかるものはなかった。しかし、YouTubeチャンネル「徳利TV」で行われたライブを見たとき「あれ、徳利ってなんかすごくない?」「『絶対できる』っていう歌、『絶対できる、俺はできる』くらいしか言ってないの最高にストレートじゃない?」「『新曲』っていうタイトルの曲って新しすぎない?」と一気に徳利ワールドに引き込まれてしまったのだった。


その後、私は徳利のアルバムを聞くようになった。現在2枚出ており、SpotifyYouTubeミュージックにて無料で聴くことができる。そして、そのほとんどの曲が2分程度という短さなのだ。伝えたいことが伝わるのなら短くてもそれで完成。決して従来の常識に囚われない男、これが徳利スタイルなのだ。

そして、ヒップホップにおいて、重要なのは歌詞、そう、リリックだ。ギャングスタの人たちは自分の犯罪歴や、辛い家庭環境をリリックに刻み、そうじゃない人も自身の人生経験に基づき、さまざまな歌を生み出してきた。しかし、徳利が作る歌は一味違っている。「俺のチャリの前にチャリ止めるな、俺がチャリ出す時、出しにくいから」

誰もが体験したことがあることを、ひたすら叫び続ける。その他には「家系ラーメン、食べたい、食べたい」など、その時に感じたことをまっすぐに伝えるのだ。

徳利の歌詞で特徴的なのは、過去を振り返ったり、未来を夢見たりすることなく、今の瞬間に起こっていることを歌うところだ。「高校生」という歌では「目が覚めたら35歳、35歳、俺、高校生なのに」と歌っていて「まだまだ高校生のつもりでいるけど、俺ももう、35歳か〜、年取ったなあ」という比喩でなく、高校生の自分が目覚めたら35歳になっていた、という一種ホラーとも言える内容なのだ。

「チャリ」も「家系」も「新曲」も「絶対できる」も「高校生」も、今徳利に起こっていることであり、彼はそれをリリックに刻む。かつての哲学者たちは過去にも未来にも生きず、今を生きることの大切さをずっと説いてきた。しかし、人間は愚かなので、今一瞬を生きることがなかなかできない。しかし、徳利ならそれができるのだ。

4月16日、渋谷のwwwで徳利のワンマンライブが行われるというので、真っ先にチケットを取った。コロナ禍の収束は見えず、ロシアとウクライナの戦争は長期化し、物価の上昇が止まらない不安要素だらけの中、徳利は何を見せてくれるのだろうか。そもそも、2分しかない曲ばかりなのに、ステージがもつのだろうか。

ライブのチケットは前売り券が全て売り切れ、当日券を買い求める人の列ができていた。私は一人、後ろの方からステージが始まるのを待った。会場の明かりが消えて、徳利が登場する。薄紫のファージャケットにサングラスでキメていて、まるで韓国のアイドルみたいだ。しかし、一曲目でそのジャケットを脱いでしまった。

「昨日、手洗いしたんだけど、まだ乾いてなくて気持ち悪いんですよね」

乾いてなくても、かっこいいから着る。それが徳利だ。

ライブは持ち歌をほぼ全てやり、ライブ中に5回以上は着替えていた。着替えの時間が長すぎて、若干会場が置いてけぼりだったのだが、それでも、徳利のサービス精神にファンは拍手を送った。徳利のステージ衣装に「赤の破れたTシャツ」があり、その下に白いインナーを着ているのが、私はずっと気になっていた。乳首を見せないようにという気遣いなのだろうかと考えていたのだが、ライブが始まる前に流された映像では徳利は股間に葉っぱ一枚で岩の上に乗ったり、裸で泳いだりしていたし、歌が終わった時にタンクトップを引きちぎるなどしていたので、裸に関しては隠す意図はないようだ。じゃあなぜインナーを……?という疑問が湧くのだが、それは胸にしまっておこう。それが徳利スタイルなのだから。


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