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糸こんにゃくと時代の移り変わり

目を覚ますと休日だった。そんな人も多かろう。カレンダーを見ると建国記念日。日本ありがとう!なんてことを考えたこともなかったが、晩飯にすき焼きを食べ、日本人でよかったなと咀嚼する。本当の素晴らしさとは空気みたいに捉えにくく、ときおり風が気持ちいいなと思うぐらいのふんわりと感じるものなのかもしれない。

すき焼きに入っている「糸こんにゃく」をみて、これは工場の人が一手間一手間やっているのか…いや、この時代そこは機械だろう。そんなことを考え糸こんにゃくを睨みつける。この糸こんにゃくもまた日本人でなければ食べることのなかった食材のひとつかもしれない。糸こんにゃくマシーンがあるのであれば、まっさきに工場見学へ出かけたい。

キンキンに冷えた水を飲みながら、いつからか水を買うようになったのだなと思う。子供の頃は自動販売機に水なんかなかった。気がつけばどの自動販売機にもコンビニエンスストアにも確実に置かれている。なんなら水の種類すら選べる。駅や公園の上向の蛇口はもう水を出さない。危ないからか。昔は当たり前のように水が無料で飲めた。こういった当たり前だったものも緩やかに消え去っていくこともある。

すき焼きの牛肉を咀嚼しながら、すき焼き用の肉として売られているなと考える。この牛さんも僕らが生きてる間に食べれなくなる可能性がある。由々しき事態だ。フェイク牛で満足する時代が来るのかもしれない。なんならニューエイジな人たちは動物を食さないのがトレンドらしい。トレンドと言ってるのは僕ら上のおじさんおばさん世代がカテゴライズしているだけで、新しい世代の当たり前なのだろう。その世代は水を買うのも当たり前だ。そうやって当たり前がどんどんと次の世代にとって塗り替えられていく。そうやって時代は変わっていく。

日本人でよかったなと思うひとつに「いただきます」「ごちそうさまでした」という食事の挨拶がある。海外では神様に祈りを捧げたりするのだろう。日本ではこれが一般的だ。でも、この儀式の歴史はとても浅い。戦後に生まれたものらしい。諸説色々あるが原点は謎と記載されている。僕らの栄養となるために食材となった生き物たちの命をいただきますというのがスタンダードだが言葉が生まれた根拠は謎という。でも素敵な姿勢の言葉なので僕は好きだ。

ラーメンも、味噌汁も、刺身も塩辛だって日本酒だって、日本が美味しくしてきたものだ。日本の良さの大半は美味しいで構築されているなと思う。そして生きてる上で寝ることと食べることほど大切なことはない。日本はこの二つがとても良い環境にある。

働き過ぎなのが日本人のよくないところなのかもしれない。
適度に働いて、美味しいものをつくってたべて、お風呂に入ってフカフカ布団で湯たんぽ抱っこして眠りにつく。なんて幸せな国だろう。なのに幸福度はとても低い。昔の日本人らしい質素ながらも一つ一つと丁寧に向き合っていた暮らしに戻せば僕らはもっと豊かになれるのかもしれないなと思う。

今日のおいしかったすき焼きを思い出しながら。
今日に至るまで日本を良くしてきた今は亡き多くの人たちに感謝。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。