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梶井基次郎『橡(とち)の花』読書会(2023.9.29)

2023.9.29に行った梶井基次郎『橡(とち)の花』読書会ものようです。

当読書会にも参加してくれている腋野怜太先生に『橡の花』のイメージ画をいただきました

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朗読しました。


私も感想文を書きました。


霊南坂46 デビュー曲 “麻布台ヒルズの七葉樹(とちのき)の道で「ホタルをつかまえたよ」といってしまったら、僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに考えた上でのややHysterica passioな私信のようなもの”


2023年9月29日。今宵は中秋の名月である。


花鳥風月を愛でるというのは、もう人間としてのエネルギーが、衰えているからではないか? というようなことを井上陽水氏がラジオで喋っていた。なるほど、私も不惑を越えて、季節の移ろいに伴う花鳥風月の侘び寂びが身に迫ってきて、みとめたくはないが、老いをおぼえるようになった。


老いではなくとも、体力が弱っているときにある感覚だけが過敏になって、体力があれば気にならないような、視覚作用、色彩の調子、雑音、匂い、などなどが、神経を刺すように苦痛であることがある。この作品では、電車の中で襲ってくる、そういった感覚過敏が、自分の気分を滅入らせていく悪循環から、なんとか逃れたいという足掻きが描かれている。


電車の中にいる人間に嫌悪を感じて、一人相撲を演じるこの手紙の中の語り手。精神的衰弱が、ときにはミソジニーの領域まで落ち込んでいく。健康な乗客の女性に悪感情を抱く。敵意を一方的につのらせ、昨今問題になっている、駅の通路で、男性が女性にわざわざぶつかってくるという行動につながっていく。

日本のそこら中で爆発しているHysterica passio(狂気の感情)の発作である。


Wasteという文字を、初恋の女性の名前のような狂おしさで綴っているうちに、田舎のなまりに似たグルーヴ感のメロディーが聴こえてくるという遊び。ロバに乗った女児の戸惑いへの共感性羞恥。銭湯の女児への顔芸による独善的道化。片思いの女の子にストーカーまがいのことをして、彼女の持ち物を盗んで、事件になったという憂鬱な人生の汚点。身体醜形恐怖症。それらを調和させるための仲間たちと温めている、文芸への純粋な思い。友達のリストカットのような腕の皺。

そういうものがないまぜになって、闇夜に浮かぶ橡の花のネオンのような美しさに昇華されていくが、こういってしまえば、凡庸だが、「エモ」かった。


この語り手の住んでいるアパートの近辺は、目下、麻布台ヒルズ(2023.11.24開業予定)として再開発が進んでいる。夜道を行く人が、蛍を捕まえてうれしくなって見せてくるような風情は、当時だって珍しかったのだから、今は、もうないだろう。


飯倉も狸穴も麻布台ヒルズの周辺である。我善坊の谷は、麻布台ヒルズのために埋め立てられたそうである。田舎者の私が想像するに、麻布六本木は、芸能人やモデルをはべらせた反社まがいの成金が、札束で顔をひっぱたきながら、テキーラをショットで煽らせる下品な社交場である。まちがいない。なんとかヒルズは鉄道草のように都心にはびこる。


同じ場所でかつて、未来の文芸の可能性を切り開こうとする貧しい学生が、お互いに励まし合い、なけなしの金をはたいて同人誌を作る算段をしていたなどというのは、今となっては、儚いフィクションである。


現代の梶井基次郎たちは、妄想で、自らを卑屈にして、戦うべき相手を見失っている。安んずるべき、調和もない。


(おわり)

読書会の模様です。


お志有難うございます。