読書日記(2023.9.10) 『怒ってください。けれども絶交しないでください。』

太宰治 『風の便り』

作家志望の30代後半の男に、短編集を寄贈されて、ある作家が、ハガキで簡単に礼を述べたら、結構めんどくさい手紙が来て、今度は親切に返事を書いてみたら、以下の返事が来た、という筋である。

 さて、それでは冒頭の言葉にかえりますが、私が、この三日間、すぐにはお礼も書けず、ただ溜息ばかりついていたというわけは、お手紙の底の、あなたの意外の優しさが、たまらなかったからであります。失礼ながら、あなたは無垢(むく)です。苦笑なさるかも知れませんが、あなたの住んでいらっしゃる世界には、光が充満しています。それこそ朝夕、芸術的です。あなたが、作品の「芸術的な雰囲気」を極度に排撃なさるのも、あなたの日常生活に於いてそれに食傷して居られるからでもないか知らとさえ私には思われました。私は極端に糠味噌(ぬかみそ)くさい生活をしているので、ことさらにそう思われるのかも知れませんが、五十歳を過ぎた大作家が、おくめんも無く、こんな優しいお手紙をよくも書けたものだと、呆然(ぼうぜん)としました。怒って下さい。けれども絶交しないで下さい。

太宰治 『風の便り』


『怒ってください。けれども絶交しないでください。』

いいフレーズだと思った。マニピュレーターの資質がある。


私は、はっきり言うと、あなたの此の優しい長い手紙が、気に食わぬのです。葉書の短い御返事も淋しいのですが、こんなにのんきにいたわられても閉口です。私の作品には、批評の価値さえありません。作品の感想などを、いまさら求めていたのではありません。けれども、手紙の訴えだけには耳を傾けて下さい。少しも嘘なんか書きませんでした。どこが、どんなに嘘なのでしょう。すぐに御返事を下さい。
 わがままは承知して居ります。けれども、強い体当りをしたなら、それだけ強いお言葉をいただけるようでありますから、失礼をかえりみず口の腐るような無礼な言いかたばかり致しました。私は、世界中で、あなた一人を信頼しています。

太宰治 『風の便り』


『私は、世界中で、あなた一人を信頼しています。』

太宰は、こういう屁のように軽い言葉を書かせると抜群の才能だと思う。

共依存に陥れようと必死な手紙に、創作とはいえどすごいこと書くなあと思ったが、読者を共依存状態に陥れようとする罠でもあるので、剣呑である。(小並感)

相手の時間を浪費させようとするサイコパスの常套手段である。

(終わり)

お志有難うございます。