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むち打ちを診る上で必要な知識①疫学、分類

むちうち
 むちうちは、交通事故で頭頚部がむちのようにしなる特徴的な動きから名づけらえている。例えば、車が障害物あるいは他人の車へ前からぶつかると、前後方向に激しくたたきつけられるかのように、頭頚部は前方に投げられてから、後方に振られる。過度に後方へ振られると頚部の過伸展が起こる。したがって、むち打ち損傷は、過屈曲過伸展損傷としてよく表現される。
 また、時速8㎞の非常にゆっくりしたスピードの自動車事故でも、むち打ちを生じる可能性がある。さらに、交通事故でなくても、頚部はむち打ち損傷に相当する症状を生じることがある。それは、スポーツ傷害や毎日首を回したり、顔から転倒したりすることで、頚部に同様な外傷を生じる可能性があるからである。
 むちうちは軟部組織が過伸展したり、断裂したりする原因となる。過伸展は筋紡錘反射の引き金となり、結果として筋スパズムが起こる。一般的な用語に当てはめると、筋組織の断裂が起こっているのであれば筋違いに、靱帯が断裂しているのであれば捻挫になる。このように、捻挫には2つの大きな原因があり、どちらにせよ頚部の安定性が消失する。

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 なお、捻挫は、頚部が交通事故あるいは他の原因によって、頚部がどう振られるかでそれぞれ異なる靱帯が損傷する。以下に例を示す。
・頚部が過屈曲となるよう前方に投げられると、後方の靱帯が断裂し、頚部の屈曲が過可動性となる。
・頚部が過伸展となるよう後方に投げられると、前方の靱帯が断裂し、頚部の伸展が過可動性となる。
・頚部が右側屈(過剰な右側屈)となるよう側方に投げられると、頚部の左側の靱帯は断裂し、頚部の右側屈は過可動性となる。
・頚部が右回旋となるよう投げつけられると、右回旋の動きを制動する靱帯が断裂となり、右回旋への過可動性を引き起こす。
・むちうちの動きに関しては複合的なものもあり、捻挫する靱帯に関しては複合的に生じる可能性もある。

 むちうち損傷という言葉を用いるときに注意しなければならないのは、この言葉の意味するものが「受傷のし方」であって、診断名でないことである。同じ自動車に乗って追突されても、怪我のない人もいれば、痛みに苦しむ人もいるのである。それらをひとまとめにすることは無理がある。むち打ち損傷の診断をするときは、むちうち損傷によって何が生じているかを考えることが重要であろう。実際、臨床の現場で使用されているむちうち損傷の名前は、頸椎捻挫、頚部捻挫、外傷性頚部症候群、外傷性頭部頚部症候群、むち打ち症候群などさまざまである。
 では、むち打ち損傷の定義とは何であろうか? カナダのケベック州タスクフォース(Quebec WAD Task Force、以下ケベック報告)によると、「加速、減速メカニズムによる外力のエネルギーが首にかかる機序で、後方や側方からの自転車の衝突の結果起こることもあれば、水泳の飛び込みやほかの事故に際しても起こりうる。衝撃は、骨性あるいは軟部組織損傷(むちうち損傷)を引き起こし、これが次第に多彩な臨床症状となることがある」とされているが、どうもわかりづらい。
 遠藤は、簡単に「頸部が振られたことによって生じた頭頸部の衝撃によって、X線写真上外傷性の異常のともなわない頭頸部症状を引き起こしているもの」と考えている。
 「むち打ち損傷」という診断名は社会的、および患者に種々の誤解を引き起こす可能性があるため、現在では使用すべきでないとする意見がある。
 今回は、一般的に馴染みのある「むちうち損傷」という言葉を使用する。
 外傷性頚部症候群(traumatic cervical syndrome:TCS)は、頚部に加えられた外傷により生じた頸椎の頚部支持組織(靱帯、椎間板、関節包、頚部筋群など)の損傷である。骨折、脱臼は除外される。
 頚部の愁訴のみならず、めまい、耳鳴り、頭痛、嚥下困難、難聴などの多彩な症状を呈することから運動・神経系の損傷のみならず、精神・神経学的および耳性学的、視覚的機能障害をも伴う症候群としてとらえられている。
分類
土屋(1968)による分類

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臨床像から分類されたもので、以前は汎用されたが、臨床症状から明確に分類することが困難であり、治療法も結びついていないのが現状である。
ケベック州むち打ち症関連障害と区別調査団による whiplash-associated disorders(WAD)の臨床分類(ケベック分類)

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最近:その診療ガイドラインとともによく用いられている。頚部に訴えがなく、理学的所見がないGrade 0から頚部愁訴があり、骨折あるいは脱臼を有するGrade Ⅳまでの5つに分類されている。なお外傷性頚部症候群は、ケベック分類のGrade 0からGrade Ⅱまでと認識されており、Grade Ⅲ、Ⅳはむち打ち損傷ではなく、SchneiderⅠ~Ⅱ型の外傷性頚髄損傷に分類されるべきである。
ケベック分類における推定病理

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ケベック分類 GradeⅠ、ⅡおよびⅢの推定病理を示す。
ケベック分類に従った診断の進め方

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外傷性頚部症候群の診断の進め方

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問診、診察で得られた所見から、診断アルゴリズムにより診断に至る。画像診断、さらには必要に応じて電気生理学検査を行う。
外傷性頚部症候群の診断アルゴリズム

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 臨床症状、診察所見などから、ケベック分類の0~Ⅲまでのいずれか診断する。
外傷性頚部症候群の治療アルゴリズム

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引用・参考文献
中村耕三総編:肩こり・頚部痛クリニカルプラクティス、中村書店、2011年、9月
遠藤健司他)編:むち打ち損傷ハンドブック第3版、頸椎捻挫、脳脊髄液減少症から慢性疼痛の治療、丸善出版、2018年、1月
Joseph E. Muscolino著:頚部の手技療法 写真で学ぶ治療法とセルフケア、総書房、2016年、1月
岩﨑 博執)、山田 宏監):脊椎エコーのすべて 頚肩腕部・腰殿部痛治療のために、日本医事新報社、2021年、5月

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