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橈骨遠位端骨折を診る上で必要な知識①疫学、分類

発生状況およびその危険因子
発生率

 橈骨遠位端骨折は骨脆弱性骨折の中でも脊椎圧迫骨折、大腿骨近位部骨折に続いて発生率が高く、日常診療でもよくみかける。日本にも本骨折の疫学に関するレビューは以前からあり、そのほかでは身体活動性の比較的高い50~70歳の女性に多く発生すると記述されている。
 2008年以降の論文からも成人(16歳以上)を対象とした橈骨遠位端骨折の発生率は、諸外国において年間人口1万人あたり14.5~29人(男性:10~17人、女性:18.9~37人)にのぼり、女性が男性の1.9~3.12倍多く占め、この発生率の性差には有意差がみられたとの報告もあった。また、欧州では社会経済的に恵まれない人たちにおける橈骨遠位端骨折は富裕層と比べて有意に若年者の男性に多く発生している。日本では人口1万人あたり10.8~19.7人の発生率であり、性差も男性:女性=1:3.2=6.4と諸外国と大差ない
 加齢とともに橈骨遠位端骨折の発生率は増加し、70歳以上では若年と比べて男性は2倍、女性は17.7倍になるものの、80歳を超えたあたりで発生率は頂点を迎え、以後は減少に転ずる。80歳以上に限ると、その発生率は人工1万人あたり男性が46.6人、女性は110.7人と報告されている。日本では60歳代または70歳代が発生率の頂点になっている。
 発生率の経年的な動向に関しては以前から「増加している」と「増加は認められない」が対峙していた。2008年以後の論文からも増加、不変、減少と一貫性がみられず、日本の調査では発生率に経年的な増減を認めていない。
受傷機転
 従来、冬季の屋外、特に凍結した路面で転倒受傷することが典型とされてきた。2008年以降の論文も立位からの転倒(低エネルギー骨折)による受傷が最多であり、原因の49~77%を占めている。低エネルギー骨折は有意に女性で多く発生し、転落・交通事故などの高エネルギー骨折は男性に多い。本骨折の受傷場所は屋外、受傷時期は冬季が多く、特に12月と1月の発生率が他の付きよりも優位に高い。なお、利き手・非利き手での発生に差異はない。
骨折形態

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 Colles骨折が全体の約80%を占め、AO分類では関節外骨折(23-A)が全年齢を通して最も頻度が高く、関節内骨折(23-C)は50歳未満で少ないが年齢とともに増加していくことが以前の特徴であった。2008年以降も骨折の転位方向は背側が圧倒的に多く。AO分類ではA型が54~66%、関節内部分骨折であるB型が9~14%、関節内完全骨折であるC型が25~32%を占めている。年齢とともにA型とC型の発生率は増加し、受傷外力が強くなるほどC型は増えるものの、B型の発生に年齢や受領外力の影響は認められていない。また、有意にA型は女性、B型は男性に発生するとの報告がある。
他の脆弱性骨折との関係
 比較的低年齢の高齢者に橈骨遠位端骨折は発生しやすく、大腿骨近位部骨折を将来的に受傷する相対リスクも1.9~3.22と見積もられ、脆弱性骨折連鎖のはじまりとされている。2008年以降の論文からも本骨折の受傷後1年以内に続発する大腿骨近位部骨折は人口1万人あたり84.6人にのぼり、非骨折群と比べると5.67倍の発生率になる。また、多変量解析を用いた研究では、ハザード比3.45のリスクで橈骨遠位端骨折後に大腿骨近位部骨折が発生すると報告されている。この続発性大腿骨近位部骨折は本骨折の受傷後1ヵ月以内が最多となっており、他の主要な脆弱性骨折も橈骨遠位端骨折の受傷後10年以内に発生するリスクが有意に高くなっている。
発生にかかわる危険因子
 橈骨遠位端骨折の危険因子として、骨梁低下や性別、人種、遺伝、転倒、過度の飲酒、動物性蛋白質摂取の不足、早期閉経、高い活動性、視力低下や歩行頻度が高いこと、歩行速度が速いこと、利き手が左であることなどが以前からあげられていた。
 2008年以降の論文では健常者と比べて橈骨遠位端骨折患者は体重が少なく、body mass index(BMI)も低いと報告されている。以前からの骨粗鬆症や骨量現象の有病率、骨密度低値に加えて
中手骨や脛骨遠位部における皮質骨の菲薄化も関係が認められている。また、グルコルチコイドの使用歴や早期閉経、独居、血清ビタミンD低値、短い片脚起立時間、遺伝子との有意な関連も指摘されている。なお、男性では都会暮らしや男性ホルモン低値、女性では骨折の既往との関係がみられる。
 このように本骨折の発生には多数の関連因子が報告されているが、そのなかでも危険因子としては高齢や女性、体重やBMIの低値、独居、グルココルチコイドの使用歴、骨粗鬆症や骨量減少の有病率、水晶雨や路面の凍結、低気温といった気象、中手骨における骨皮質の多孔性や橈骨遠位端部の骨微細構造の劣化、血清ビタミンD低値、片脚起立時間が15秒未満、骨芽細胞分化にかかわるRUNX2の11A対立遺伝子を保有、テストステロン低値などが報告されている。なお、高エネルギー骨折の危険因子としては男性(オッズ比7.01)や田舎暮らし(オッズ比2.08)、夏季(オッズ比2.38)があげられている。
治療方法の傾向と特徴
 1980年代のはじめには観血的整復内固定(open reduction and internal fixation:ORIF)を施行された橈骨遠位端骨折は全症例の2%であり、主たる治療法は保存療法であった。ORIFが治療法全体に占める割合は1996年になっても3%に過ぎず、この傾向は掌側ロッキングプレートが出現するまで大きく変わることはなかった。2000年以降に掌側ロッキングプレートが台頭するに従いORIFは増加し、2005年では16%に達した。
 2008年以後も橈骨遠位端骨折の70~90%は保存的に治療され、特に60歳以上に対しては有意に保存療法が選択されている。ただし、手術療法は全治療法の20.2~35.8%を占めるにいたり、この割合には経年的な増加がみられている。男女間で選択される治療法の差異は非常に少ないものの、女性では治療全体に占める手術療法の割合が男性よりも高い(男:女=1:2.7~3.5)。この手術療法が最も増えている年代は50~74歳代であり(特に60歳未満)。2005~2010年の間に41%も増加していた。近年、手術内容にも劇的な変化がみられており、2006~2008年でプレートによるORIFが創外固定の2倍にまで増え、この変化は女性で著しい。Wilckeの報告では2004年にプレートの約4倍の実施があった創外固定は約4.5倍になり、これを図示すると“X”型を呈していた。

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このプレート増加・創外固定減少の傾向は各年代で等しく認められ、特に50~74歳代では2005~2010年の間でプレート使用は4.4倍となり、創外固定器の使用は77%も減少するなど顕著である。このように経年的な増加がみられるプレートを用いたORIFは2015年で手術療法の60.9%を占めるまでになっている。なお、経皮的鋼線固定の実施状況に経年的な変化はみられていない。
 治療法の選択は患者や実施者の状態に影響されている。患者が高齢や男性、黒人、併存症を有する場合は有意にORIFが選択されず、社会経済上位者に対してはORIFが実施されやすい。その一方で、人種間で治療法の選択に差異はないとする報告もある。術者の年齢は有意に手術療法の選択と関連しており、若年術者ほどORIFを施行しがちであり、術者の年齢とともにORIFを選択する割合は直線的に減少する。特に40歳以下では、それ以外の術者と比べて、有意に創外固定や経皮的鋼線固定を行わない傾向にある。米国手外科学会員に代表される手外科を専門とする医師はそれ以外の医師と比べて有意にORIFを施行し(2.7~2.8倍)、それには地域や手外科の修練状況が大きく関与している。言い換えると一般整形外科医は手外科医よりも有意に保存療法を選択しているといえる(オッズ比5.7)。
引用・参考文献
安部幸雄編):橈骨遠位端骨折を極める 診療の実践A to Z、南江堂、2019年
日本整形外科学会 日本手外科学会監):橈骨遠位端骨折診療ガイドライン2017、改訂第2版、南江堂

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