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膝OAを診る上で必要な知識⑤神経

大腿神経

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 腰神経叢の最大最長の神経である大腿神経は、脊髄の第2-4腰椎の脊髄分節の神経線維により構成される。腸腰筋、恥骨筋、縫工筋と大腿四頭筋の運動、および大腿前面、下肢中央部と足の後部の感覚を支配する。この神経は腰筋筋膜の下で大腰筋と腸骨筋に線維を送りながら、両筋間を走り、筋裂孔中央部へ至る。鼠経靱帯の約8㎝下方で多数の皮枝(前皮枝)と筋枝に分かれ、また、終枝の足まで届く長い感覚枝である伏在神経もここで分かれる。伏在神経は、はじめ(広筋内転筋膜の下で)大腿動脈・静脈とともに内転筋管内へ入るが、広筋内転筋膜を貫通して内転筋管を離れ、膝内側に向かって縫工筋に沿って走行する。膝内側の皮膚へ感覚性の膝蓋下枝を与えた後、大伏在静脈とともに下腿中央部と足に至る。

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大腿神経ブロック
1) 解剖と神経の描出
鼠径部で大腿動脈を触知し、直情にプローブを当て短軸走査で大腿動静脈を探す。大腿静脈の外側に大腿動脈が位置し、そのすぐ外側の深層で腸腰筋の表層を走行する長楕円形の高エコー像が大腿神経である。大腿動脈の外側で大腿神経の前方に陰部大腿神経が走行しているが、慣れるまでは判断が難しい。大腿神経を液性剥離していく過程で明瞭になってくることもある。
2) ブロック手技
仰臥位で外側から平行法で注射針を刺入する。大腿動脈の外側に小さな三角形の高エコー象が観察できるが、これが陰部大腿神経である。
3) 注意事項
大腿神経ブロックを行うと、主として大腿四頭筋が筋力低下する。術後すぐに離床すると転倒のリスクがあるため注意を要する。そのため、最近では伏在神経ブロックで代用し、その有用性を示す報告も出てきている。
閉鎖神経

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 閉鎖神経は、第2-4腰椎の脊髄分節から神経線維を受ける。腰神経叢を離れた後、閉鎖神経は大腰筋の後内側を小骨盤へ向かって下行し、分界線の下方で閉鎖動脈・静脈とともに閉鎖管へと入る。さらに遠位において外閉鎖筋に筋枝を出し、最終的に前肢と後枝に分かれる。これらの分枝はさらに遠位に向かい、短内転筋の前方と後方を進み、そのほかの内転筋群(恥骨筋、長内転筋、短内転筋、大内転筋、小内転筋と薄筋)に運動線維を送る。前枝は、薄筋の前縁で感覚性の終末皮枝となり、大腿筋膜を貫いて大腿下方に至り、手掌大の広さの皮膚に分布する。閉鎖神経損傷(出産や骨盤骨折など)に付随する運動障害を評価する際には、大腿神経は恥骨筋への、坐骨神経は大内転筋への神経支配を助けていることを留意しておくべきである。

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坐骨神経

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 坐骨神経は、腓骨部より数本の筋枝を大腿二頭筋短頭へ与えた後、大腿下1/3付近で脛骨神経と総腓骨神経に分かれる。
 坐骨神経脛骨部は、大腿部を走行中に半腱様筋、半膜様筋、大腿二頭筋(長頭)と大内転筋(内側部)へ数本の筋枝を送る。
坐骨神経ブロック
1) 坐骨神経ブロックのアプローチ
坐骨神経ブロックは、中枢側より「傍仙骨アプローチ」「殿下部アプローチ」「膝窩部アプローチ」の3つのアプローチがあり、症例に応じて使い分けられているが、現在、最も頻用されるのは膝窩部アプローチである。その理由は、膝窩部の坐骨神経は浅い位置で十分な太さがあるため、最も視認しやすく、穿刺時の合併症が少ないためである。以下に膝窩部での坐骨神経ブロックについて述べる。
2) 解剖と神経の描出
坐骨神経は脛骨神経と総腓骨神経から構成された長く太い末梢神経で、人体のなかで最も広い支配領域をもつ。坐骨神経は、殿部から腋窩部まで大殿筋やハムストリングス筋群の深層を走行した後、内側の脛骨神経、外側の総腓骨神経に分岐する。脛骨神経は膝窩動脈と伴走し下腿へ向かい、総腓骨神経は大腿二頭筋の深層に接したまま走行し、腓骨頭を回って前方へ向かっている。脛骨神経と膝窩動静脈の位置関係は、表層から脛骨神経、膝窩静脈、膝窩動脈の順で縦に並んでおり、膝窩動静脈の判別は、ドップラーモードやプローブの圧迫で容易に判断できる。
以上の特徴から膝窩部で坐骨神経を描出するためには、まず膝窩動静脈とその表層に位置する脛骨神経を同定する。脛骨神経を見ながらプローブを近位方向に移動させていくと、外側の大腿二頭筋の裏側に沿って近づいてくる楕円形の索状物を確認できる。これが総腓骨神経で、脛骨神経よりもやや断面積が小さい。そのまま近位方向へプローブ走査を進めると脛骨神経と総腓骨神経が合流し坐骨神経となるが、半腱様筋と大腿二頭筋が接する部位になってくると坐骨神経の深さは徐々に深くなり、描出やプローブ操作が難しくなってくる。そのため、ブロックは、脛骨神経と総腓骨神経が合流する部位で行う。
3) ブロック手技
体位は腹臥位または側臥位が一般的である。仰臥位でも可能であるが、その場合は下腿を保持する介助者も必要になる。穿刺は外側からの平行法、頭側または微速からの交差法でも可能ではあるが、外側からの平行法がやり易い。外側から針を刺入する際の注意点は、大腿二頭筋腱を避けて刺入することである。大腿二頭筋腱を針が貫通してしまうと、針の操作性が悪くなり、思うように針をコントロールできなくなる。
4) 注意事項
坐骨神経ブロックは大腿神経ブロックと同様、運動神経遮断による下肢の筋力低下を引き起こす。坐骨神経ブロックの場合は下垂足となるため、日帰り手術では帰宅中につまずいて転倒する可能性がある。足関節を良肢位で外固定するなどの対処法は検討した方がよいと考える。
上殿神経

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 上殿神経は、同名の血管を伴って梨状筋の上部の大坐骨孔を通過し、小骨盤を離れた後、殿筋間を通過して小殿筋群(中殿筋や小殿筋)と大腿筋膜張筋を支配する。
伏在神経

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伏在神経は、大腿神経から分枝する知覚枝であり、大腿動静脈と並走してHunter管(内転筋管)に入り、さらに遠位では、膝蓋下枝、内側下腿皮枝にそれぞれ分枝して、膝前内側および下腿内側の皮膚知覚を支配する。Hunter管は、前内側を内側広筋、後方を長内転筋、大内転筋、内方に縫工筋によって構成されている。さらに、Hunter管の前方には、内側広筋と大内転筋の腱部の一部が合流し腱膜となる広筋内転筋板が存在し、同部を伏在神経が貫通するため、絞扼性神経障害を呈しやすい。
黒部らは、伏在神経膝蓋下枝の走行として、鼠経部ですでに分枝し、縫工筋腱を貫くタイプ、Hunter管の近位で分岐し縫工筋を貫くタイプ、膝蓋下枝がHunter管を通過した後で分岐し縫工筋の上を通過するタイプの3つに分けられたことを報告している。一方、広瀬らは膝前内側部痛と同部の知覚鈍麻を呈し、圧痛がFTjtの内側関節裂隙から近位10㎝付近に認め手術に至った例を提示しているが、内側広筋と縫工筋間に臼井被膜様の筋膜を認め、同部の切開にて症状の消失、軽減に至っている。
これらの報告からわかるように、伏在神経膝蓋下枝単独で絞扼性神経障害を呈する例も存在し、症状が膝前内側部痛であることから、他の膝関節痛との鑑別が必要である。治療としては、内側広筋や大内転筋の柔軟性改善による広筋内転筋板の緊張軽減と、これらの筋の過剰収縮を抑制するためのアライメント調整が必要である。また、縫工筋自体のストレッチングや大腿遠位部を中心とした縫工筋周囲の柔軟性改善が有効である。さらに股関節の内外転と膝関節の屈曲、伸展を組み合わせた伏在神経の滑走を行う。

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伏在神経ブロック
1) 解剖と神経の描出
大腿神経の枝で膝関節内側から下腿を経て足関節内側までの領域を支配している知覚枝である。伏在神経ブロックは、大腿中央部とか下腿近位部の2カ所が適している。大腿中央部では、胡坐の肢位をとらせ短軸像でまず大腿動脈を探す。この部位での大腿動脈は深い位置に円形の低エコー像として同定され、その奥には大腿静脈が位置している。動脈や静脈の鑑別はドップラーモードやプローブの圧迫で確認できる。大腿動脈の前方には縫工筋、後外側には内側広筋、後内側に内側広筋、後内側には大内転筋が接している。
伏在神経は大腿動脈、縫工筋、内側広筋に囲まれた三角形の後エコー領域内に存在する。下腿近位部でも胡坐の肢位をとらせ脛骨の後縁を触知し、短軸走査でもプローブを当てる。伏在神経は薄筋筋膜と縫工筋筋膜との間の小さな高エコー像として同定できるが、筋肉質なアスリートでは、この2つの筋膜が近接し過ぎて同定しづらいこともある。わかりづらいときは、縫工筋筋膜より表層の皮下を走行する大伏在静脈を確認する。伏在神経は縫工筋筋膜を隔てて大伏在静脈の深層に位置しているため、伏在神経同定のための助けとなる。もし伏在静脈が確認できないときは、プローブで圧迫していないか確認する。
2) ブロック手技
大腿中央部、下腿近位部ともに前方より平行法で注射針を刺入する。
3) 注意事項
足部・足関節の手術は、坐骨神経ブロックに下腿近位部での伏在神経ブロックを併用すれば可能であるが、下腿でのターニケットを使用する場合は大腿中央部での伏在神経ブロックを行う必要がある。
引用・参考文献
坂井建雄他)監訳:プロメテウス解剖学アトラス解剖学総論/運動器系第3版、医学書院、2019年、1月
野口幸志他):基本的テクニック―下肢の神経ブロック―、整形・災害外科、金原出版、2020年、9月、P1295~P1303
中宿伸哉:高齢者の膝関節痛の原因、PTジャーナル、Vol.55、医学書院、2021年1月、P19~P25

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