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4月2日(1994年) 5連敗の後、反転攻勢を予感させる初勝利
1994年4月2日(土)、浦和レッズは駒場競技場にガンバ大阪を迎えてJリーグ第6節を行った。開幕から5連敗の後、シーズン初勝利を挙げた試合だった。
Jリーグ2年目、前年より苦しいスタート
前年1stステージ、2ndステージ共に最下位という苦しいシーズンを送ったレッズは、横山謙三新監督が就任。巻き返しを図ったが、アウェイで行われた横浜フリューゲルスとの開幕戦で0-2と苦杯を舐め、清水エスパルス戦、ジェフユナイテッド市原戦、サンフレッチェ広島戦、名古屋グランパスエイト戦と、土曜、水曜の週2回の連戦にすべて敗れた。前年の開幕4連敗を上回る5連敗にため息の出る思いだった。
とりわけ第5節のアウェイ名古屋戦は、オウンゴールで先制したものの前半のうちに1-3と逆転され、後半さらに4点を奪われた。新人の快足FW岡野雅行の初ゴールがあったが、2-7というチーム最多失点記録を更新する惨敗に、どうしていいやらわからなかった。
ポジティブな応援に救われていた
当然、サポーターも苦しかったはずだ。
しかし、この時期救いだったのは、毎試合始まる前は今の成績が信じられないくらい、明るい雰囲気で応援が始まったことだ。連敗中の悲壮感はなく、かといって能天気な様子もなく、今日は絶対に勝つという確信がうかがえるほどだった。そのため、常に変わらない高いテンションの応援がされていた。サッカーの試合でも大事な「切り替え」がしっかりできていたのだが、それに関しては、当時、応援の中心を担っていたグループ「レッズ・クレイジー・コールズ」のリーダー、吉沢康一さんの力が大きかったと思う。
試合で失点したときには、絶妙のタイミングで「浦和レッズ」コールが起こり、選手たちとスタンドのファンやサポーターのうつむきかけた顔を上げさせた。
ワクワクさせた快足岡野の存在
このガンバ大阪戦も、前節7失点で敗れたのが幻だったのかと思うほどポジティブな、そして緊張感のある中で試合は始まった。
ずっと週2回の連戦だったが、初めて7日ぶりの試合だったのが良かったのかもしれない。
もう一つ明るくなる材料があった。前節、出場3試合目で初ゴールを挙げた岡野雅行が先発していたことだ。岡野の脚の速さは、見ているだけでワクワクするし、ボールを持てばゴールの予感が高まるものだった。
トラップがそのままゴールへ
その予感は少し変わった形で実現した。
前半30分、自陣でのFKを浅野哲也が前線へフィード。敵陣のペナルティーエリア近くまで飛んだボールに相手DFは追い付けず、岡野だけが落下地点に達した。そしてダイレクトでシュート。ボールはゴール内へ転がり、先制点となった。2試合連続ゴールだ。ところが正直な岡野は試合後、あれがシュートではなくトラップで、大きくなり過ぎたので慌てて追いかけたが、そのまま入ってしまったと明かした。
このゴールで勢いづいたレッズは40分に、福田正博もシーズン初ゴールを挙げ、前半2-0と突き放す。後半、G大阪に1点を返されたが、その後は踏ん張り、2-1で試合終了。
![19940402G大阪_016 (2)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75395082/picture_pc_167527f492591f69cc553b72bb0a9082.jpg?width=1200)
月が替わって白星に巻き返しの予感
開幕から5試合、3月中はすべて敗れたが、4月に入った最初の試合で初白星。反転攻勢を思わせた。横山監督も試合後のインタビューで「これからどんどん勝ちます」と語っていた。
残念ながら、それは実現しなかったが、非常に気持ちの良い勝利だったことは記憶に刻まれている。
当時の駒場はまだ収容1万人のスタジアムで、バックスタンドは1階しかなく、ピッチから外の景色が見えるのどかな雰囲気だったが、サポーターとチームの熱い闘いが繰り広げられていた。
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さて、みなさんは1994年4月2日、何をして何を感じていましたか?
※【あの日のわたしたち~浦和レッズ30年~】は、レッズサポーターのみなさんから投稿を募っています。浦和レッズ30年の歴史をいっしょに残していきましょう。詳しくはマガジン「あの日のわたしたち~浦和レッズ30年~」のトップページをご覧ください。
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