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丸裸の男たち/町田康

【第38話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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 福太郎の策謀により役人の手が回り、紺久方に居られなくなった次郞長、 虎三、直吉、千代松とともに小田原に奔った。小田原に着いてさあどこに行こう、予てからの知り合いで佐太郎ってぇのはいい男だ。佐太郎ンところへ行こう。衆議一決して言ってみれば、赤貧洗うが如し、箸にも棒にもかからない貧乏所帯で、お内儀に、
「おい、お光、客人だ。酒を買ってこい」
 と命ずるも間髪いれずに、
「お足がないよ」
 と言われる始末。佐太郎、頭をかきかき、
「面目ねぇ。このところどうにもこうにも負け詰めで、都合が付かねぇ。なんとかするからちょっと待ってくんねぇ」
 と言い、方々を駆け回って、いくらか銭を工面してきて、ようやっとその日のご飯ごしらえをする。その日は泊まって翌日の午過ぎ、佐太郎は次郎長の前に座って言った。
「兄弟、ひとつ頼みがあるんだが」
「なんでえ」
「こうやっておめぇが来てくれたんだ。俺もなんとかしてぇから、少しばかり金を貸してくんねぇ。今日こそは勝ってくるから」
 とそう言われて、「いっやー、それはどうかなー」とかなんとか言って渋るようでは男稼業は務まらない、
「なんだと思ったらそんなことか。構うことたねぇ、さ、持ってきな」
 とありったけの銀両を佐太郎に与えた。
「ありがとよ、じゃあ、行ってくるぜ」
「ああ、行ってきな」
 と勇んで出かける佐太郎の背中を見送った。

 そして夜になった。しかし佐太郎は帰ってこない。
「あの野郎、なにしてやがんだろうな」
「博奕で儲けた金で食らい酔ってやがるんじゃねぇか」
「ふてぇ野郎だ。帰ってきたら全身をくすぐって笑い死にさせてくれる」
「なはは」
「にゃははは」
 なんて言い合っていたが、それでもなかなか帰って来ないので、やがて寝てしまう。
 盛夏。今の時代のように冷房なんて気の利いたものはないから暑い。暑いから着ているものやなんかみな脱いでしまい、褌一つで眠り呆けている。
 そしてすっかり夜も更けた頃、家のなかに忍び入る黒い影があった。その者は、大口を開けて眠っている次郞長だちの様子を窺うと、枕元に投げ出してある着物を残らず小脇に抱え込み、それからもう一度、次郞長だちを見て、
「へっ」
 と笑い、そのまま表へ出て行った。
 つまりは盗人なのだが、表に出て月明かりに照らされた盗人の正体は誰あろう、この家の主・佐太郎その人であった。
 そして先程は暗いなか、よく見えなかったが、その盗人は裸であった。
 その気配を察したのか、どこかで犬が吠えた。
「おっと、こうしちゃいられねぇ」
 そう呟くと佐太郎は人気のない夜道を駆けだした。

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