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「いいお産」って、誰にとっての「いいお産」?・・・ 地域で活動する助産師と女性の健康②

 「すこやかな子育て」は、「いいお産」からスタートする――
そんなことが言われるようになったのは
産後のお母さんが自身の出産体験を
「いいお産だった」と、満足しているか否かが
その後の、子育てに影響することがわかってきたからなのですが、
ここでギモン。
「いいお産」とは、どういうお産なのでしょうか?
また、「いいお産だった」と、お母さんが思えるためには、
どうしたらいいのでしょうか?
今回も、助産師歴20年の井上愛智(いのうえ・まち)さんに
お話をうかがいました。


産後「こんなはずじゃなかった…」はなぜ起きるのでしょうか


前回の投稿で「産後『こんなはずじゃなかった……』と感じる新米ママたちがいる」という話が出てきたのですが、
どうして産後に「こんなはずじゃなかった」と思ったのでしょうか。
 
その理由は個々にあると思うのですが、

病院で教わったこと、やっていたことが、
退院して自宅に戻ると、「現実にそぐわない」場面が連続して起きてくる、
ということが、大きな原因の一つだと言えるかもしれません。
 
たとえば、病院では、もく浴槽という特殊な浴槽で赤ちゃんをもく浴させていたのが
自宅では、小さなベビーバスでもく浴させることになります。
授乳も、病院では決まった場所で授乳していたのが
退院後は、外出先で授乳しなくてはならない場面に遭遇することもあります。

病院モデルと現実とのギャップ、どうやって埋めよう…

「昔は、きょうだいが生まれたり、近所づきあいもありましたから
親や近所の新米ママが赤ちゃんを抱っこしたり、もく浴、着替えをしているのを見たり、
『私にも、赤ちゃん、抱っこさせて』ってお世話させてもらったり、
そういう経験があって、子どもを産むことが多かった。
だから退院後に「こんなはずじゃなかったのに……」ということは
今よりも少なかったと思うんですね。
ところが、今のお母さんたちは
核家族化が進み、身近で赤ちゃんと接する機会がほとんどない
という環境で妊娠出産を経験するんです。
お母さんたちは妊娠中から本を読んだりして勉強しているのですが、
本に書いていないことが次から次と起きるのが日常です。
『赤ちゃんはロボットじゃない、人間だからね』と、
こちらが諭しても、なかなかピンとこない。
抱っこのし方、ひとつとっても、
頭からですか? お尻を持ったほうがいいんですか?
頭で考えて、なかなか手が出せないのかもしれませんね」(愛智さん)
 
また以前は、里帰り出産すると、母親が赤ちゃんのお世話をやって見せ、
それをやって覚える、ということが行われていましたが、
最近では、母親が仕事をもっていたり、介護する側される側だったり
さまざまな事情で、娘の産後をサポートしづらいケースが増えています。
 
そんななか、地域で活動する助産師さんは、新米ママさんにとって、
心強いサポーターになっているようです。
 
多くの場合、助産師さんは、民家を利用して助産院(助産所)をかまえています。
新米ママは、日常生活を営む家のなかで、赤ちゃんのことや、お世話のやりかたを教わり、
実際にやってみて、また覚えることができるわけです。
あたかも母から学ぶがごとく。

助産師であり先輩ママでもある人の〝対応〟を見て学ぶ

たとえば、お母さんが食事をしているときに、
赤ちゃんが泣きだしたとします。

新米ママさんの場合、赤ちゃんを抱っこして、
「おっぱいがほしいのかしら?」
「おむつを換えてほしいのかしら?」
「眠いのかしら?」
「大丈夫かしら?」
あれこれ、気をもむことがあるんじゃないかなあと思います。
 
「私が助産をしている『つくい助産院』院長の早船先生は、
赤ちゃんを一人の人間としてみなして対応する方なんですが
(長年の臨床経験と医学的知識がベースにあることは言わずもがな)、
今、お母さん、ご飯中だから、抱っこできないのよ。
あんたが飲むおっぱいを出すために、お母さん、ご飯食べているんだから、
待っていなさいって、赤ちゃんを諭すんです」(愛智さん)
 
諭されたら、赤ちゃんは泣きやみますか、というと、
万事、こちらの都合通り、というわけにはいきません。
けれど、お母さんたちは、早船先生の
ときにやさしく、ときに毅然とした対応を見て
「母と子の関係性」を学(真似)んでいきます。
 
「赤ちゃんを泣かせちゃいけない、周りに迷惑がかかるから。
多くのお母さんたちはそう思っているのではないでしょうか。
でも、『泣く』ことは、赤ちゃんにとって大事なことなんです。
『泣く』ことで腹筋が鍛えられたり、肺が丈夫になる
と、昔から言われているじゃないですか。
実際〝つくいの子たち〟はよく泣くせいか、
便秘もないし、夜はぐっすり寝るんですよ」(愛智さん)
 

泣く子にはミルクをあげれば黙るのだけど…


 「施設によっては、泣いたら即ミルク、というところもあります。
それは、ミルクを飲ませると赤ちゃんが寝ると思っているから、
そうしているのだと思うのですが、
本当に寝ているのかな? って、私は見ていて思うんですね。
生まれたばかりの赤ちゃんって、ミルクを消化するのに時間がかかるんです。
それなのに、泣くたびにミルクを飲まされたら・・・。
赤ちゃんは、『もう、いい加減にしてよ』って思っているかもしれない。
それで目を閉じているのに、『寝た』と思い込んでいる
可能性がなきにしもあらず、だなと思うんです」(愛智さん)
 
赤ちゃんの中で何が起きているのか、思いやることをせず、
泣いたら即ミルクを実践し続けると、
赤ちゃんは便秘になってしまうことがあるのだそうです。
 
「私が病院に勤めていたときは、赤ちゃんって便秘をするものなんだと思っていて
肛門刺激をするなどして便を出すのが、ふつうだ、という感覚だったんですね。
ところが、〝つくいの子たち〟には便秘がない。
私、綿棒で浣腸をしたことが一度もないんですよ。
それは、『つくい助産院』では、泣いたら即ミルク、ということをしないし、
赤ちゃんをしっかり泣かせるからではないかと、私は思っているんです」(愛智さん)

「すこやかな子育ては、「いいお産から」


産後、お母さんと赤ちゃんとの間で愛情関係が育まれていくかどうかは
お母さんが自身の出産に満足しているとか、どうかにかかっていることが
様々な研究でわかってきました。
 
では、「いいお産」って、どんなお産なのでしょうか。
 
まず最優先にしなくてはならないのは、
お母さんと赤ちゃんの安心安全であることは言うまでもありません。
 
妊娠した女性のほとんどが、病院や診療所で出産するようになり
医療の管理下でお産が行われるようになってから「悲しいお産」は格段に減りました。
 
ただ、病院や診療所は、「こういう状態のときは、このようなケアが推奨される」
というシバリのなかで診療を行わなければなりません。
妊婦さん、一人ひとりの声に耳を傾ける時間のゆとりがあるところも少なく、
その人、その人に適切なケアを行うことが難しいのです。

【ご留意】
とは言え、持病がある場合や、婦人科系の病気になったことがある場合、異常な妊娠経過、多胎(双子以上)などが確認された場合など、医療的管理が必要な妊婦さんは医療機関で出産しなくてはなりません。

このような〝医療の隙間〟を埋める分娩施設として
見直されているのが助産院です。
 
助産院は分娩を取り扱う医療機関と提携、産科医師と連携をとりながら、
妊婦さんとその家族にとっての「いいお産」が実現するようサポートします。
 
また、助産師さんは、産前から出産、産後の経過や母子の健康状態を踏まえ、
転ばぬ先の杖、つまり先を見越した対策を講じます。
 
えっ、「先を見越した対策」とは何ですかって?
それはですね……。

若い女性たちの体が変わった……


 お産に携わる助産師さん、お医者さんたちから、
「最近、女性の体が変わってきた」
という話を、耳にすることがあるんです。
 
たとえば、「狭骨盤」。
これは、お産で赤ちゃんが外に出てくる前に
通過するゲート(骨盤腔と言います)が平均よりも狭い状態です。

【ご留意】
巷では「お尻が大きいのは安産体型」と言われていますが、①お尻(骨盤)が大きくても骨盤の内腔が狭い人、②赤ちゃんがビックサイズなどの事情により、骨盤の内腔にひっかかって外に出るまでに時間がかかることがあります。逆にお尻が小さくても、赤ちゃんが通り抜けられるくらい骨盤の内腔が開いている場合は、お産がスムーズに進むことがあります。

「なぜ、骨盤腔が狭くなってしまったのか、骨盤の専門家に聞いたところ、
一番の原因は、子どもの頃から運動不足だそうです。
骨盤は、運動することによって発達するのですが、
成長期に体をあまり動かさないと骨盤が十分に発達しないまま成人になります。
成人以降、骨盤は発達しない、そのままなんですね。
その状態で妊娠、出産を迎えると、骨盤腔が狭いので
赤ちゃんの頭がひっかかって、出てくるまでに時間がかかるんです」(愛智さん)
 
さらに、最近「会陰が硬い人が多い」という話を耳にします。
 
ちなみに、会陰とは、肛門~膣の間、その周辺のことです。
お産のとき、赤ちゃんの頭がなんとか外に出るくらい、会陰は伸びますし、
助産師さんは、赤ちゃんが出てくるときに会陰が切れないよう介助してくれるのですが・・・。
 
「会陰が硬いと、赤ちゃんが外に出れる程、十分伸びないんです」(愛智さん)
 
そのため、赤ちゃんが出るときに会陰が切れてしまったり、
赤ちゃんがなかなか外に出てこれず、母子に危険が及ぶ可能性がある場合
病院・診療所では「会陰切開」という手段をとることも少なくありません。
 
母子の命を守るために「会陰切開」は、必要な処置だったりするのですが、
なかには、「知らないうちに切られてた」というお母さんもなかにはいます。
 
「日本は海外と比べて会陰切開率が高くて……」
と、反対意見もあることはあるのですが、しかし。
 
「一足す一は二」というのは、どこの国でも、
誰が解いても「一足す一は二」が正解なのですが、
お産には、このような万人に共通する〝正解〟はありません。
 
「それよりも、私が気になるのは、
助産師とお母さんとの間で、どういうやりとりをしていたのか……」(愛智さん)

産前から体を整えることが大切なんです


愛智さんは続けて、「お産のときは、母子の状態を診て
『切らないと厳しそうだな』とか、
『会陰はまだ少し硬いけど、お母さんに、いきむの、ガマンしてもらって
ゆっくり伸ばしていきましょう』とか、
助産師が説明したのかどうか。
ゆっくり会陰を伸ばす場合は、時間がかかりますから
『早く産んで、終わらせたいから切ってください』というお母さんもいれば、
『切らないで、伸ばしてください』というお母さんもいます。
助産院の場合、助産師とお母さんとの間で
『伸ばして切れないようにする』
という合意がとれているケースがほとんどだと思うのですが、
病院・診療所でお産したときに、そういうやりとりがないまま、
お医者さんがやってきて切っちゃったとすると
お医者さんのなかでは必要な処置であったとしても、
お母さんは産後、会陰を切開した痕があって痛い、
『こんなはずじゃなかったのに』って、なっちゃうこともある
と思います」
 
さらに、愛智さんは、「産前から体を整えることがとても重要」と言います。
 
助産院でお産する場合、
産前から、妊婦健診などで母子の状態をチェックすると同時に、
助産師さんがご本人の話をよく聞いて
「この状態だと、後で、こういうことが起きる可能性があるから
転ばぬ先の杖で、今から、こういうケアをしましょう」
というような助言を、助産師さんが行います。
 
「いいお産を体験してもらうため
有効なケアを検討して、お母さんの体を整えることを
産前から始めるんです。
ちなみに、『つくい助産院』の場合は、
早船先生がアロマの使い手ですし
鍼灸師さんやイトオテルミー(温熱療法)などの専門スタッフと
チームになって、妊婦さん、その人、その人に必要なケアを提案、
体を整えます。
その結果、会陰は硬く、骨盤腔が狭い人でも、
可能な限り負担がかからない、
お産がスムーズに進むように持っていけるんだと思うんです。
そして、産後も安心して子育てできる」(愛智さん)
 
病院では、このような個別に対応してくれるところは
「ない」とは言いませんが、
そう多くはないようなのですが……。
 
「病院でお産をする場合、お医者さんから
『骨盤がゆがんでいる』とか、『気の巡りがよくない』とか
『鍼灸院で鍼灸してもらってきたほうがいい』とか、
『テルミーしたほうがいい』と言われることは
なかなかないでしょうから
お母さん自身が『体を整える』ということを意識すると
いいのかなと思います。
産前から整えておけば、『こんなはずじゃなかった……』
ということを回避できますからね」(愛智さん)
 
もう一つ、愛智さんに聞きたかったことがあります。
それは、「いいお産」って、どんなお産ですか?
ということ。
 
「んー」愛智さんは、少し考えて、こう言いました。
 
「助産師として、忘れてはいけないことは、
お産の過程が正常かいなかをしっかり診る、ということ。
そこを踏まえてうえで、
自分はお腹のなかで赤ちゃんを育んでいるんだ、という、母としての自信と
この子を産むのは自分なんだ、という自覚、
これを、お母さんが妊娠中に育てることが大切ではないかと思っています。
誰から産ませてもらう、というスタンスでいては、
『いいお産だった』という満足感はなかなか得られないと思うんですね。
ですから、お母さんが妊娠中に、母親としての自信を育み、
『自分が産んだんだ』というふうに思ってもらえるような
働きかけを、助産師として、やっていかなきゃいけないなと、思っています」

追伸
次回は、「生涯にわたっての女性の健康づくり」について
愛智さんの藤野での活動を紹介しながら
女性がいつまでも元気で楽しく過ごすコツについて
お伝えしたいと思います。
 
 
【お話をうかがった方】
藤野の助産院「mid-u」 院長 井上愛智(いのうえ・まち)さん  
助産師・看護師。大学で母性看護を学び、病院での助産、NICU(新生児集中治療室)看護などを経て、開業助産師に。
お産を扱う病院がない藤野・相模湖・津久井・上野原で、「つくい助産院」の早船院長とともに助産を行っている。
2023年、助産院「mid-u」を開設、産後ケアをはじめ「生涯にわたる女性の健康づくり」をサポート。
このほか、訪問看護、啓もう活動など、地域でさまざまな活動を行っている。
ホームページhttps://mid-u.life/
 
 

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