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あなたにはもう騙されない

Christmas Story Day7

息子には黙っていたけれど、わたしはサンタクロースと電話で話した。あれは本当にサンタクロースだったのか、それともリックだったのか。

リックを元カレと言うには微妙だ。
あの頃、わたしはファッション業界のど真ん中でうろうろしていた。業界の目まぐるしさに付いて行くのがやっとだった。駆け出しのデザイナーだったリックとはあちこちで接点があった。業界人の集まるパーティーで心もとない気分で出席していた時にリックを見つけただけで、安心できた。彼がわたしを堂々とガールフレンドとして紹介してくれただけで、周りの扱いが一転した。リックと居ると、わたしはVIPになれたのだ。

ハーフであることを利用して、抜け目なく立ち回るリック。小柄でスレンダーで、わたしと同じくらい160cmそこそこ。でも彼にしか着こなせないファッションで、独特の存在感をまばゆいほどに放っていた。わたしも彼のように数ヶ国語を操り、社交的で、世界中に友人が欲しかった。

リックのようになりたいと思っていたのに、わたしは、まだあの頃のままだ。

ふと、わたしのiPhone にZoomへの招待状が届いている。誰からだろう。
わたしはちょうど通りがかったいつものスターバックスに入り、一番隅っこの目立たない席に座ってiPhone をアンロックした。

招待状のリンクを踏んだとたん、そこに現れた顔に思わずコーヒーをこぼしそうになった。
iPhone の画面越しでも、マスクを着けていてもすぐわかった。

リック!

Hi ,Sayuri…

2本指で大袈裟に敬礼してくる、あのジェスチャー。
クックと笑いを押し殺している、あのイタズラっぽい笑顔。あの碧の瞳も相変わらずだった。

「久しぶり……だけど、突然どうしたの?」
「サユリの顔が見たくて」
「わたし? 年取ったわ」
「お互いさまだね」

嘘つき。
リックは年なんて取らない。永遠に。
肌の色ツヤも抜け目なさも、いつまでも変わらない。

「どうしてここに?」
「きみにクリスマスプレゼントを届けたくて」
「そんなホラ話はやめて……」
と、言いかけて、何か波動のような、身に覚えのある気配を感じて振り向いて、思わずコーヒーカップを倒してしまった。

わたしの二つ向こうのソファ席に、何と、Zoomに映っていた当のリックが、実物のリック、本物のリックが座っていたからだ。この店で最上級のソファ席に、悠然と、脚を組んで。

お客さま、大丈夫ですか。
スターバックスの店員がやって来た。幸いにも溢れるほどのコーヒーはなかった。

「ここに来ればサユリに会えると思って」

もちろん嘘だ。たまたまの偶然。
それにしてもすごい偶然。ぐいと、間近に迫った碧の瞳に見つめられ、嘘も偶然も、必然に変わっていく。

「仙台で商談があって……ついでに今度取り引きする丸徳百貨店の場所をググって、ストリートビューで見ていたら、スタバのテラス席にサユリが映りこんでいたから」

だから、オレはここに居る。
TOKYOのような大都会しか似合わないリックが、今、雪国に住むわたしの目の前にいる。
リックには地理的距離とか時間的隔たりなんて関係ないのかもしれない。この人は運命的をグニャリと捻じ曲げる力さえ備わっている。

鮮やかなグリーンのチェスタフィールドコートがめちゃくちゃ似合っている。グリーン系のタータンチェックのマフラーも、それとお揃いのマスクも瞳も、めちゃくちゃ似合っている。相変わらずの洒落男だ。

「きみの息子は元気?」
「あなたのガールフレンドたちは元気?」

リックはわたしの憎まれ口をスルーしながら、宝石の入っていそうな小箱を取り出した。
「きみの息子に」

開けてみるとダイヤモンドが目に入った。
いや、正確にはダイヤモンドを象ったVOLCOMのキーホルダー。息子のお気に入りのスノーボードブランドだ。

いかにも、わたしのことは全てお見通しと言った、自信満々の態度が癪に触ったけど、きっとわたしのSNSをチェックしたのだろう。

「What is your Christmas wish?」
不意に英語に切り替わり、不意にわたしの手を握られてしまったから、身体中の血液が一気に頭に逆流してしまった。

ただでさえ、鮮やかなグリーンのコートを着たリックは人目を引いているというのに、こんなところで手なんか握らないで……

と、リックの右腕に嵌められていたアップルウォッチが目に留まった。オレンジ色の上質な革ベルトは一目でそのブランドが分かってしまう。HERMÈS。

いかにもリックらしいし、とても良く似合っているけれど、やはり癪に触ったので黙っていた。

「What is your Christmas wish?」

去年、やはり同じことを訊かれた。
サンタクロースに、ここ、スターバックスで。
わたしはフリーズしている。
わたしの欲しいものは何だろうと。

わたしの欲しいものはここではないどこか。
ここにはない未来。
時間も空間も、思いのままに行き交うことのできるあなたのような自由。

と、わたしを握るリックの腕からSiri の声が電子の波動となって伝わってきた。東京行キ新幹線ノ発車時刻ガ1時間後ニナリマシタ。

(続く → Christmas Story Day8 )

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