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私がスターバックスで遭遇したサンタクロース

Christmas Story  Day1


去年の12月。
小雪の散らつく交差点を足速に抜けて飛び込んだスターバックス。エントランス側とロビー側の2枚の自動扉のガラス戸に挟まれたスペースを擦り抜ける瞬間、真っ赤な衣装をまとった、ほっこり大柄なサンタクロースに出会った。

HO HO HO !
おなじみの、ちょっとしゃがれたフィンランド訛りの囁きが聞こえたような気がした瞬間。

うゎっ!
マジ、本物のサンタクロースじゃん……

衣装もしっかりオーダーメイドで仕立てられていて、革バックルがついたブーツもいかにもヨーロピアンメイド。プラチナブロンドがかったふさふさのお髭と髪の毛と、ハリボテなしで本物感たっぷりのお腹のでっぱり。

小さな丸縁の眼鏡は、絶対に北欧人種の彫り深い本物の鼻でなければ乗っかりっこない。

そう、その瞬間、私はサンタクロースと透明な二つのガラス戸に挟まれていた。タイムレスな空間にふたりっきり。

予期せぬ場所で出逢ってしまったサンタクロース。
ほら、サユリ、チャンスよチャンス!
何か話しかけなくっちゃ!

子供のように興奮して、ドギマギしているわたしの前で、愛想たっぷりに微笑むサンタクロース。
片手でスターバックスの紙コップを持ち、もう片手で私に軽く合図してくれる。

自動扉のガラス戸の向こう側には百貨店のクリスマスイルミネーションが輝いていて、「Xmas Sale」のポスターが目に入って、そのとたん、タイムレスな空間は呆気なく、なんてことない2019年の12月の夕暮れに戻っていた。

目の前の、スターバックスのカップを持っているサンタクロースは、百貨店のクリスマスイベントでやってきた外国人アルバイトのおじさん。
行列する子供たちを順繰りにおひざに乗せてクリスマスプレゼントに欲しいものを聞いてあげ、一緒に記念撮影をしてきたのだ。
ひとりあたりの所要時間、約5分間。

サンタクロースに出逢えた子供たちにとっては、タイムレスな5分間。5分間の魔法が解ける平均年齢は10歳から12歳らしいけど。

私の友人リックは時々、チャペルウエディングで外国人神父のアルバイトをするらしい。リックはアメリカ人とのハーフで、日本語はベラベラなんだけど、彫り深い顔立ちに、淡く澄んだ碧の瞳のせいで、神父の敬虔なコスチュームが良く似合う。たまの週末に割りのいいアルバイトで稼いでいる。本当はファッション業界のパーティーピープルなのに。

「でも僕、痩せているからサンタクロースだけはできないんだ……」
と、笑っていたっけ。

そういう点では、今、私の目の前にいる外国人男性は、お腹も背格好も年齢も、まさに本物のサンタクロース。フィンランドの公式サンタクロースの厳しいルックス基準も問題なくクリアできる容貌。12月のこの時期にぴったりのフォトジェニックなシチュエーションに、私は思わず話のタネに一緒に記念撮影してSNSにシェアしようと思い、

May I take photo with you?

と、話しかけそうになったけど、何かアンフェアな感じがして、私はぐいと言葉を飲み込んだ。

私はもう大人なんだし……
サンタクロースなんているわけないし……

それに、子供たちの親はきちんと予約して、料金を払って、写真を撮ってもらったのだ。それがビジネス。アルバイトのおじさんだって、コスチュームのままスターバックスでコーヒーを買うなんて、服務規定に反しているかも。

でっぷりとしたお腹が擦り抜けられるよう脇に寄った私に、アルバイトのおじさんは
HO HO HO
と愛想たっぷりに私に笑いかけてくれた。
通り抜けざまに、外国人お得意の器用なウインクを投げかけながら。

What is your Christmas Wish?

丸眼鏡越しに私の心を覗き混むように見つめてきたから、淡く透き通った蒼い瞳が間近に迫ってきたから、予期せぬ質問だったから、もう私は子供ではなくて、生意気盛りの14歳の男の子の母親だし、それに、それに……

どうしよう、なんて答えよう。
愛と平和が欲しい、なんて答えたら気が効いているかな?
それとも、それとも……

自動扉のガラス戸が開いてしまって、タイムレスな空間に小雪がはらはらと冷たい北風に乗って舞いこんできて。

サンタクロースはもう勤務終了なので百貨店の方には戻らず、スターバックスの斜め前の靴屋の店先に駐めてあった橇に乗り込んだ。
橇に繋がれたまま、うずくまって休んでいたトナカイたちがのっそりと立ち上がり、散らつく雪に向かって小さく鼻をいななかせ、それが黄昏に行き交うクルマのクラクションに紛れこんだ。

I don’t want to pay illegal parking fee.
(駐車違反の罰金は払いたくないからな)

茶目っ気たっぷりのウインクを、振り向きざまに私に残し、サンタクロースはトナカイに鞭のアクセルをかける。とたんに、橇は茜色の雪雲に吸い込まれて行った。



Oh Mr. Santa Clause!
Wait!

待って、私の欲しいものは……

クリスマスに欲しいものは、愛と平和なんて気の利いたものでなくって、14歳の生意気盛りの息子の笑顔、そしてもう取り戻すことはできない子供だった頃の私の笑顔。

しばし橇の行方を雪空に追いながら、その場に立ち尽くしていたけど、ふと思い出した。
そうだ、私はコーヒーを飲みに来たんだっけと、スターバックスの店内に入った。

ショートサイズのクリスマスブレンドが注がれたマグカップを両手で包み込む。温かな湯気と、ほろ苦くて心地よいアロマを吸い込んで、ひとりつぶやいてみる。

もし、もらえるなら、私のささやかやクリスマスウィッシュはアップルウォッチ、かな。


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Text by
SAYURI HARADA

©️I met Mr.Santa Clause at Starbucks

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