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大阪 16世紀をめぐる旅 堺編

ヴィレラ神父が東洋のベネツィアと呼んだ堺。

南蛮屏風ラッピングバス

堺東駅

不敬な笑

貿易で賑わい、南蛮船は入ったことはないですが、多くの商人が集まり自治都市として栄えた堺。南蛮推しで楽しめました。戦国時代、ここ堺でクリスマス休戦したこともありました。

ザビエル公園


公園入口の花壇

堺の豪商で茶人の日比屋了慶(ディオゴ)の屋敷跡。現在はザビエル公園という公園になっています。ザビエルは天皇から布教許可をもらうため、平戸から京都へ向かい、堺の日比屋家にお世話になったそう。日比屋家はその後、ヴィレラ神父がきてから洗礼を受け、家は神父たちの避難場所になったり教会になったり。娘モニカが誘拐されたり、修道士アルメイダが初めて茶会を経験した家でもあり、色々なドラマがありました。豪商なだけあって日比屋家には離れの家もあったような記載がフロイス日本史にもあり(うろ覚え)、公園をみるとやっぱり広い敷地だったんでしょうね。遊具も南蛮船をイメージしたものでした


小西行長邸


日比屋家から割とすぐ近くにある小西家。日比屋家とは親戚らしい?ザビエルが来たとき、行長の父・隆佐(立佐)が京都まで案内しました。初期のキリシタンの一人でした。でもここは隆佐というか、行長の「実家」ではなくて行長本人の邸宅なんですかね?小西家は堺でも私財を投じて孤児院や病院などをつくり慈善活動にも熱心だったそうです。関ヶ原の後で家も取り壊されたのでしょうか、何も残っていなくて残念・・掘り返しても何一つ出てこないのかな。

菅原神社

 行長手植えの松

菅原神社にある松。門の裏側にあります。朝鮮出兵の時に行長が持ち帰ったもの、と言われているそうです。

他にも回りたいところはいっぱいありましたが時間オーバー。
すごく楽しかったのでまたゆっくりきたいです

堺駅の南蛮人




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