たとえば恋慕う人がいるとして、

「例えば小学生中学生のころなんかは同じクラスに恋慕う人がいたりするものじゃん。これはあくまで例えだけれども」

その語り口は至って冷静だった。




…いや誰?である。

…いや誰?ではないのである。10年近く髪を切ってもらっている美容師さんである。



ちょっと待っててね〜と鏡に向かって手を振って、ふわっとしたいつもの感じでお兄さんはついさっき席を立った。そうだ、ついさっき、あのときまではいつも通りだった。ディスタンスは守られているとはいえ絶えずお客さんが入っている美容院なので、それはここではよくあることである。

ほかのお客さんのカットなどを(おそらく)して戻ってきた彼からは先ほどまでのふわふわとした雰囲気は消え去り堀が深く刻まれて、分厚い本に出てくる哲学者のような佇まいだった。ゆるいウェーブがかかった少し長めのブロンズヘアーが、またその雰囲気を増長させていた。当然ながら、こんな(しかも美容師さん側の)ビフォーアフターはここではよくあることではない。

前日から頭に叩き込んできたかのように誰かが書き起こしたかのようなセリフを淀みない語り口で口にしながら、イケイケ美容師お兄さんは深刻そうな顔つきで戻ってきた。

何?まじで、怖いのはやめて。人間として生きることが極めて苦手なオタクこと私が最も恐れることは「(善悪は置いておいて)理由/根拠がわからない行動」をされることである。

「なんですが急にこわいやめてやめて」

笑いながら冗談っぽく言った。というかまあ冗談なのですが……。

だが彼はやめなかった。両の手をじっと見つめながら言葉を川にさらさらと流すように、しかし噛み締めるように続けた。


「遠足のバスで運良く隣になれば胸が弾むしキャンプファイヤーでペアが回ってくるのを心待ちにしちちゃったりするものじゃないか」


なんなんだまじで。助けてください。


「汗を流してグラウンドをかける想い人を教室から眺めているうちに向こうに気づかれて気まずくなっちゃったり放課後一緒に勉強をしたり"恋人"には至らないときのあの淡くもどかしい気持ちなどもあるじゃないか」

ううう……………

「目が合えば世界が輝いて見えるし少しそっけなくされようものならこの世の終わりみたいに空が澱んで見えたりするじゃないか」

そうなんだ…………………

「そういう感情が人間にはあるじゃないか」

はあ…………

「その感情の大小や人生における優先順位は一度置いておくにしても、多くの人はそういう感情を経験したことがきっとあるはずじゃないか」

そうだね……………………知らんけど……………………

なんの話をしているんだまじで。さっきまでハライチのターン!のマイクロマジック大放流SPの話をしてたじゃないか。俺らマイクロマジック大放流SPの話でゲラゲラ笑いあってたじゃないか。

なぜ突如、恋を語り始めたんだこの人は。

いや恋というものはいつだって思いもよらぬタイミングで訪れるものなのだろうけども。

そうなの………………?

やばい、愛の詩人となった美容師さん側に完全に引っ張られかけている。

そうじゃない。いや、そうではあるんだけど。

「なんなんですか?こわいってば、、、」

「推しがいるってそういう感情なの?」

ウィ???????????


思わず顎がしゃくれてしまった。



 




「生まれてこの方"推し"ができたことがないからさあ、どんな気持ちなんだろうと思って。そこまでするのって」

オタクの髪の脱色具合を調整する少しの間、美容師さんは腕を組んでそう言った。


なるほど散々怖がってごめんね、である。怖がられていたのはどちらかと言えばてめえ自身である。

私があまりにもイキイキと好きなアイドルについて語り10年ほぼ髪も染めずにいたのにブリーチをしてピンクを入れますなどと言い始めたものだから、オタク心理がわからない立場からしてみたらその行動原理が謎めいており、だからこそ心情の推察を試みてくれたのである。(と思う。)

こんなオタクの心情を歩み寄るだけのためにそれだけの名言をたくさん産んでくれてオタクはうれしいよ、オタク冥利に尽きる。ありがとね。戯曲家になったほうがええ。令和のシェイクスピアだよ。(そうなの?)

初めて自分が「オタク」という自覚を持ったのは中学生の時に嵐にハマったタイミングだったので(というか思い返してみれば小学生の頃から好きなアニメの続きを勝手に考えてワードに打ちまくったりしていたので自覚はなかったものの古からマインドとしてはそうだったのだろうが)、もうかれこれこの「オタク」心理との付き合いは長い。そうであるが故にその心理は当然のものとして向き合うことがなかったから、一瞬(んー)と考えた。ただあまりにも付き合いが長かったせいで考えの根幹ががっしりしすぎていたのか、考えるより先に口が動き初めて自分でもウケた。(ウケるな)

「アイドルを今おっしゃったみたいに擬似恋愛の対象として見ている人ももちろんいますし、アイドルのオタクに対してそういうイメージを抱かれるのも、そういう応援の仕方をするファンがいること自体もごく自然なことだと思います」

オタクのよくないところは感情の抑揚がなさすぎてAIみてえなしゃべり方をしてしまうことである。いやこの他にもよくないところは山のようにあるんですけども。

アイドルという職業を因数分解していったときにそういう一面があるのは事実である。好きな女の子の服装は、タイプは、なんちゃらかんちゃらは、アイドル雑誌でお決まりの質問である。だけれども佐久間大介さんがどんなにフワッフワでモコモコしたアウターを着たキュートなガールが好みと答え続けても、オタクはそうなんだ、かわいいね……(佐久間大介さんが)となって終わってしまう。擬似恋愛対象ではない。モコモコのアウターをきた内巻きボブのキュートなガールが好きな佐久間大介さんがキュートである、の感情になってしまう。うるせえオタクだな。

「ただ私の場合アイドルを応援する理由としてそういう感情の分野にはあまり関心がないです。そもそも人間のそういう感情にあまり関心がないので」
「ですよね…………………」(即答)

いつの間にか立場が逆転してしまっていた。言い淀めオタク。

流石に美容師さんとも10年の付き合いになるので、オタク自身が恋愛沙汰にビビるくらい関心がないことも知っているのでそうじゃないだろうと察してはいたらしい。であるが故に余計に私の心理が不思議に思えるらしい。
またしても若干の(んー)タイムを挟んだものの、思ったよりすんなりSiriばりの無抑揚回答を再開してしまった。そもそもオタク、自分の話を人にするのあまり好きじゃないんだよな………。(嘘だろ)(嘘じゃないってば!)
Twitterなど見る見ないが自由なインターネットでは好き放題やってるんですけども………。Twitterは気楽で最高〜。
あれだけインターネットでやりたい放題やっているくせにいざ誰かと話す、相互でコミュニケーションをとる、となると自分の話のために目の前にいる誰かの人生の一分一秒を費やしてもらうことにありえん申し訳なさを感じてしまうため、普段自分の話があまりできない。まあ要するにインキャということです。簡潔!
今回のことも自分からあまりしゃべる話ではないが、疑問を投げかけられたのをいいことに思わず答えてしまった。なんなら一度喋り出したらビビるくらい喋っちゃった。話の長いオタクには何をやらせてもダメだって何度も言ってるだろ!

「特別スポーツ観戦が趣味なわけではないんですけど、どちらかというとイメージしやすい感情で言えばそちら寄りな気がします。」

「ほお、なるほどねえ。頑張ってる姿とか、そういうこと?」

「そういう姿を見てると応援したくなります。この年になると命燃やして生きるっていうことをあまりしなくなるじゃないですか」

「まあそうね」

「Snow Manの場合わたしは同じくらいの年齢なので余計にその気持ちが強いかなと思います。私自身ももう30歳見えてきたし、そのこと自体全然ネガティブには捉えていないんですけどやっぱり歳重ねて自分のペースもバランスもわかってきて、この感じで生きていくんだろうなって将来がなんとなく見えてきた部分があるんですよね。周りもそうだし。でも、同世代にこれだけ命燃やして輝いている人がいるんだと思うとなんだか嬉しくなって勝手に同世代として誇らしく思えちゃって、もっともっと燃えたぎってくれ輝いてくれ〜!と思ってお金ガバガバ使っちゃうんですよね。ポーッとした感じで生きていく自分より、将来可能性がたくさんあってエネルギーをたくさん持っている人に豊かでいてほしいし」

「危険かつ深えな」(浅い)(ど失礼)(許してください)

オタクはこんなことを言ったものの30歳になること自体めちゃくちゃ楽しみにしている。久々に、区切りよくてめでてえーーーー!!!!!な数字なので。こんな30歳になりたいな、とか、30歳までにこれとあれとそれをやるぞ、など思っている元気人間ではあるので、念のため追記しました。(不要)

「それに、アイドルって本当にすごい仕事なんですよ。どこをきりとっても表現者なのにその表現の裁量権が本当に少ないんです。もちろん作詞作曲ができる人ややる人もいますけど基本的には人が作った歌を自分達の歌として成立させなければいけないし、事務所の縛りだったりスポンサーの縛りだったりメディアの大人との関係性だったりファンの反応だったり、自分の意志100%で口にできる言葉や表現がかなり少ないと思ってて。かつその中で飛び抜けた個性が求められる仕事だから、それだけの制約にがんじがらめになりながら与えられたフィールド内で自分の個性を100%120%発揮しなければならないはずで。それってすごく頭も使うし社会人やらないとだし、ステージ上ではキラキラしているアイドルですけど見えないところはほんっとうに泥臭い仕事だと思うんですよ。」

「ほお……………」

「私はアイドルになる才能や容姿はもちろん持ち合わせてはいないですけれど、もし同じような条件が揃っていたとして、アイドルになりたいとは思わないしアイドルを続けられるとも到底思えません、最近のアイドルや芸能人が置かれている状況を思うと。背負うリスクがあまりにも大きいですし。アイドルになれるほどの美貌と才能に恵まれているってことはきっと他に選べる道がたくさんあったと思うんですよね。それだけの才がある人たちがアイドルというとんでもなく大変で泥臭い仕事を選んで、私たちに日々の潤いを与えてくれていると思うと、その強靭で高尚な精神を尊敬してしまうし、崇拝に近いような気持ちが生まれているのも確かです。私みたいな考え方は一歩道踏み外したら危ないことも一応自覚はしているので、バランスをとるようにはしてますけど」※踏み外す前から危険⚠️(追記)

「俺さあ、もしかしてすげえ深い話聞いてる…………?」

「本当にすみません自害します……」

「いや興味深かった。そういう回答が返ってくると思ってなかったから。そりゃ髪もピンクにするよねそういう考え方だったら」

いつの間にか哲学者のような形相をしていたのは私の方だった。

なあんの話してんだよまじで!!!!!!!!!!!!!

ここは天下の表参道のおしゃれ美容室!!!!!!!!!!!!!!

そもそも芋オタクがいる方が不思議なんだけどこれもご縁なのですいませんね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

無限に巡り合う縁 -YUÁN-よ!!!!!!!!!!!!!!!!とでもふざけれなければやっていられないのである。

ま、まあ以前髪切ってもらったときに、コロナ禍でお兄さんが考えた美容師という仕事の存在意義について深めの語りを聞いたことあるし、これでトントンってことでいいか…………。と無理矢理自分を宥めて美容室を後にした。


「推し/推す」という言葉がここ数年かなり市民権を得てポピュラーになったが故に、テレビなんかでも特集番組が作られる話題を見て、なぜだかこんな鬼語りしたことを思い出した。
5000字近く書いておいてとんでも発言なのだが、オタクは「言葉」があまり好きではない。言葉でしか思っていることを表出できないくせに、苦手意識が抜けないのである。「言葉」は「定義」を伴ってしまいがちなので(というか伴わないとコミュニケーションが無理なので当たりめえだが)なんかこう、自分が抱いている気持ちに外枠をつけてしまうような気がするのだ。でも外枠というか、感情に輪郭を持たせることが言葉の役割でもあるので、オタクが抱いている苦手意識は一生向き合い続けなけりゃいかんもんなのだろうなと思う。
「推す」という言葉について、その感情がどういうものかわからないにも関わらず、恋について語る哲学者のように言葉を並べまくった美容師のお兄さんの想像力や語彙力がやっぱりめちゃくちゃ大好きだな〜になったし、髪は最高のピンクにしてくれてありがとう〜の気持ちにもなった。(それはいつも)
短くてわかりやすくてキャッチーでポップな言葉が好まれるこの時代をオタクのようなクソインキャが生きていくのはなかなか簡単ではないけれども、そんな時代にインターネットしている少しタイピングが早いオタクだからこそ、ポップでキャッチーな言葉だったり140字では収まり切らない気持ちだとかそういうものは、地べた這いずるような気持ちで書き留めていこうと思いました。

という日記です!!!!!!!(ええ加減にせえよ)



おしまい

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