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やりたいことの見つけ方

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「やりたいことの見つけ方がわからない」そんなあなたにぜひ出会ってほしいインタビューを集めたマガジン。どんな軌跡を経てやりたいことに出会えたのか、やりたいことを始めてみてぶつかった… もっと読む
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#移住

瀬戸内の離島で天日塩づくりに魅了された元ラジオディレクター【やりたいことの見つけ方】

「自分の中で確信の持てる直感」に従って、導かれるように人生を決断した経験はあるだろうか。振り返ると、1年半前に私が小豆島へ移住を決めた時も、そんな自分の直感を疑うことなく、流れに乗って決めたように思う。 この記事の主役は、東京のど真ん中のラジオ局で番組制作をしていた元ラジオディレクター。彼は、取材で訪れた瀬戸内の離島、豊島に惹かれ、翌々月には妻と共に移住。さらにその2年後、自身の直感に従って塩ハウスをつくり、天日塩づくりを始めた。 今回は、そんな1組のご夫妻の移住と塩づく

生まれ育った島の集落へUターン みかん農家へ転身したバンドマン

大学進学を機に、生まれ育った小豆島、中でも棚田や農村歌舞伎、虫送りの文化など、美しい日本の原風景が残る肥土山を離れ、ひとり大阪へ。 10年ほどの音楽活動の後、バンド解散を経て大阪から小豆島へUターン。 コロナ禍の真っ只中に8年間勤めた地元の飲食店を退職し、みかん農家への転身を決めた。 それが、この記事の主役、文次郎農園の太田翔さんだ。 今回は、大阪から小豆島へUターンを決めた理由、都会と島での暮らしの変化、みかん農家への転身を決めたきっかけ、そして、もうすぐ限界集落となる

金融コンサルからいちご農家へキャリアチェンジ!40代からの島移住

大阪で10年間、金融コンサルとしてバリバリ働くサラリーマン生活を送っている中、40歳のある日、瀬戸内海の小さな離島「豊島」へ移住。 島暮らしの生業として選んだのは、農業だった。 それが、今回の記事の主役であり、私にとって香川県土庄町地域おこし協力隊の大先輩でもある新屋貴之さん。 前回は アウトドアを仕事に!自然に魅せられた彼女の島移住ストーリー【やりたいことの見つけ方】 地域おこし協力隊のカタチ と題して、3年間の任期を満了されたばかりの元・土庄町地域おこし協力隊の立屋

アウトドアを仕事に!自然に魅せられた彼女の島移住ストーリー

好きなことで、生きていく。 2014年のYouTubeCMでヘビロテされていたこのフレーズに憧れ、感化された人は少なくないはず。 冒頭で早速厳しいことを言うようだが、ほとんどのケースにおいて、好きなことを仕事にするのは容易ではない。好きなことが嫌いになり得る可能性もある。好きなことでごはんを食べていくことは決して簡単なことではないからだ。 好きなことで、生きていける?「好きなことで生きていく、ってどうなの?」っていう、そもそも根本的なところについて、まずは自身の経験も交え