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《ヴェーゼンドンク歌曲集》訳詩──2.とまれ!

ざわざわ音を立てる、ごうごう音を立てる、時の車輪よ
おまえ、永遠を測る者、
遠い宇宙に輝く領域、
おまえたちは地球を取り囲んでいる
原初の永遠の創造よ、とまりなさい
成長なんてたくさん、私をそのままにしておいて!

そばに留まれ、創造の力よ、
原初の概念、それは永遠に創造を続ける!
息吹を止めよ、衝動を鎮め、
ただわずかな時間でいいから黙れ
高まる脈動よ、脈打つのをやめよ
終われ、神の意志による永遠の日よ!

至福の甘い忘却の中で、
私はあらゆる歓びを味わいたいのだから、
眼は眼の中に恍惚と飲みこまれる時、
魂は魂の中に完全に沈み込む。
存在は存在の中に自身を再び見つけ、
すべての望みの終わりは自身を物語る、
唇は黙り込む 驚くような沈黙の中に、
内面は希望を何も告げることはないだろう、
人は永遠の軌跡を識別し、
そしておまえの謎を解く、聖なる自然よ!



6/23に演奏する、
ワーグナー作曲《ヴェーゼンドンク歌曲集》。

その訳詞を、
一日一篇ずつ掲載していきます。


第2曲「とまれ!」は、
なんとも衒学的な印象です。

ワーグナーは最初、この歌曲集を、
《ディレッタント詩人による女声のための5つの歌》と
名付けようとしていたそうですが、
マティルデのディレッタント詩人たる要素が
遺憾なく発揮されたのが、
この「とまれ!」だと言えるかもしれません。

ただ詩句には《トリスタン》と共通する要素も見受けられ、
この特別な恋愛経験がふたりにとって
芸術上の大きな転機となったことも感じられます。

さてワーグナーは、
この歌曲集を世に出すにあたって、
制作順とは違う順番で曲集に収めています。

「とまれ!」が制作されたのは、4番目。

「夢」「痛み」に続いて制作された詩句の奥底には、
マティルデの苦しみが吐露されています。

ただ一方で、
その苦しみに酔いしれているようにも感じられるのは、
少しうがった見方なのかもしれませんが……。

「とまれ!」では、
止まらない時の車輪のように、
歌をピアノが急き立てていきます。

最後のファンファーレのような後奏は、
「とまれ!」の前に制作した
「痛み」のピアノパートも思い起こさせます。


言葉と音楽は不可分のものと考えていて、
自身ですべての執筆を手掛けていたワーグナーが、
その一方を他者に預けたというのは、
非常に特別なことだと感じています。

マティルデとの関係は、
それだけ特別なものだったのでしょう。

そして、後年になって、
芸術家としてのワーグナーは冷静にこの作品を見つめ、
(とはいえ、私情はもちろんあったでしょうが、)
後世に残していく道を選んだ。

身を灼くような恋や情念の炎とは距離を置き、
ひとつの芸術作品として昇華させていく過程を思うと、
とても興味深いです。



演奏は、ジェシー・ノーマンです。




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