みらい日記
「結婚、してください」
「っ...」
私の瞳を真っ直ぐに見て、指輪を差し出した。その真剣な眼差しと、目の前に輝く指輪を見て息を呑んだ。
そして溢れ出す涙...
言葉さえ出てこない、ただ幸せな気持ちが心に充満した。
今日は久しぶりに同じ休みで、彼は夜の仕事を終えて、短時間の睡眠で向かった先は、沖縄の北部にある、綺麗な海の見える場所での一泊デート。
「うわぁ...海まで1分かからないね!」
「そうそう、お客さんが勧めてくれてさ」
「ほんとに綺麗...!」
海を目の前にしたペンションに到着した私たちは、改めて沖縄の海の綺麗さに惚れ惚れした。
「今日、サクがいなくて大丈夫かな?」
「ジョウにお願いしたから、大丈夫」
「あ、ジョウくん出勤?それなら安心だね!」
サクはバーの店長をしているが、未経験でもOKでスタッフを集めていたため、お酒の作り方も分からない、バーでの働き方を知らない子達が多く、サクが常にフォローをしている状況だった。
そんな中、キャバクラのボーイ経験があるジョウくんが働き始めたことで、サクは安心して店を任せられるようになった。
お陰でこうして一緒に出かけられるのは、本当にありがたいことだった。
「落ち着いたらシュノーケリングに行こう」
「うん!」
お互いに関東出身だけど、沖縄の魅力に惹かれて移住してきた。
知り合いもいない沖縄で、たまたま出会った私たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。
アプリで出会ってから1ヶ月で付き合おうという話になり、それから3ヶ月以内にこうしてお泊りデートが出来るくらい仲良く時を過ごしている。
初めてだった、こんなに気楽に話が出来る人と恋をするのも、一緒にお泊まりするのも。
小学生の頃通っていた塾が一緒だったり、中高生の頃に聞いた音楽、社会人になってからの人付き合い...様々なことが重なっていて、まるで一緒に育ってきたような感覚に囚われた。
それほど私たちはよく似ていた。
シュノーケリングを楽しんだり、海辺を散歩したり、沖縄の美しい自然を満喫した後、シャワーを浴びて夕食の準備に入っていく。
「サク、玉ねぎ切って!」
「え、目染みるじゃん、アサコやってよ!」
「私、ニンジン切る!」
「えぇー?」
サクは文句を言いながらも料理を手伝ってくれる。そして大体私の苦手な所を任せても、仕方ないなぁと言いながらやってくれる。
「あー、目染みる」
「...ありがと」
「...うん」
玉ねぎを切り始めて少し経つと、涙がで始めるサク。嫌がりながらもやってくれる姿が可愛くて、後ろから抱きしめた。
中肉中背のスッキリした体型に、程よくついた筋肉。男らしいゴツゴツした腰骨を感じながら、こうしてサクを後ろから抱きしめるのが好き。
手の込んだ料理はできないけれど、今日の夕食はポトフとチキンステーキ。
サクは毎日のようにお酒を飲むから、体に優しいものを作るように心がけている。
そしてサクも私の作るポトフが美味しいと言ってくれて、少しだけ自信がついた。
ペンションについているキッチンは、オープンカウンターでとてもお洒落。
こんな素敵なキッチンのある家でホームパーティをしたり、子育て出来たら...ってつい妄想してしまう。
「こういう家で子供育てるの、憧れるよな」
「え、私もそう思ってた」
「ははっ、やっぱり?」
サクはフライパンを熱しながら、ぽつりと呟いた。私たちはよくシンクロする。私が思っていたことをサクが言ったり、その逆もあったり...
本当にお互いの思考回路を共有しているのではって思えるほど。
今まで付き合った人とは起こり得なかった奇跡が、サクと一緒にいるとよく起こるようになった。
どうして、私たちが地元にいた頃に会わなかったのだろうと不思議に思う。
だけど、沖縄に来たから、行動をしたから私達は出会えたのだろうとも思う。
「やっぱ、アサコのポトフ美味しい」
「ほんと?ありがと!」
テレビを見ながら、食事タイム。
サクはいつも私の料理を褒めてくれる。だから私も頑張らなきゃって思えて、日々体に優しい料理を勉強している所だ。
サクが焼いてくれたチキンステーキも、シンプルな味付けながらも旨味が出てて、美味しかった。
「サク...今日はほんとにありがとね」
「大丈夫だよ、俺もアサコと一緒にいたかったし」
「...えへへ」
サクは21時から5時までが仕事。
私は10時から19時。
生活のリズムは正反対なのに、どうして関係が続くのか...それはお互いの良いところをちゃんと言い合っているからかもしれない。
ちゃんとコミュニケーションを取って、必要なことは感情的ではなく冷静に話し合える。
どちらか一方ではなく、お互いを想いあっている...
だからこそ私たちはうまくいっているのかもしれない。
「今日は休肝日にしようって思ったけど、やっぱり飲んじゃうよね」
「もー!ヘパリーゼ飲んだら大丈夫かな?」
仕事でも飲んでいるのに、やっぱりサクはお酒が好き。私も好きだから飲むけれど、飲んでいる量が違う。
やっぱりサクはお酒強いなぁ、と思う。
最初出会った時、一夜限りの関係で終わると思っていた。だけど私たちはお泊まりデートに行くまでの関係になって、色んなことを打ち明けられる関係になって...
アプリで出会っただけなのに、こういうことってあるんだなと思うと感慨深くなった。
「アサコ、ちょっと真面目な話あるからさ、テレビ消すね」
「う、うん...」
食事を終えて、胃袋が落ち着いてきた頃。
サクはテレビを消した。
真面目な話ってなんだろう...
もしかして別れ話...?
私はサクが大好きだけど、サクがカッコイイって言って通う女性客もいる。
だから不安はいつもあった。
私が仕事中、女性と一緒に寝てたりするのかな、とか。酔っ払った可愛い女の子を介抱するのに、男の本能が盛り上がって、体の関係になってたりするのかな、とか。
信じているけれど、やっぱりバーテンダーの仕事は人気商売だから...不安は完全になくらない。
「俺、マジで知り合いいない中で沖縄来てさ、孤独だったんだよね。人脈もない中で、バーを本当に開けるのかなとか、ちょっと病んだこともあってさ...
でもアサコと出会って、店に来てくれて、笑顔で他の客の対応もしてくれて...
ほんと助かってたんだよね。いい子だなって思って、こうして付き合えて、良かったって言うか...」
別れ話なんてとんでもない。
サクの真剣に話す姿を見て、心の中で謝った。疑ってごめんなさい、と。
「アサコがいたから、ここまで頑張れたんだよね。これからも一緒にいれたら、いいなって思って...」
恥ずかしそうに頭をポリポリとかきながら、言葉を詰まらせたサク。
私の心臓はドキドキ言い始めた。
何故か、この先の言葉をずっと待っていた...そんな感覚があった。
「結婚、してください」
やっぱり、という思いと、実際に指輪を差し出されて本物の声を聞くのは...
今まで何度も妄想したものよりも、とても素敵なものだった。
サクの低い声、私を見つめる黒の綺麗な瞳、その目に見つめられるだけでドキドキしてしまうのは、出会った頃から変わらない。
少し頭を傾けて、私の目を覗き込むような姿勢が好きで、いつもときめいてしまう。
「はい...」
答えは一つしかなかった。
込み上げてくる涙、思わず両手で顔を隠した。
泣き出した私を抱き寄せるサク。
男らしいがっしりとした胸を感じ、私は泣きながら伝えた。
「ありがとう、サク...嬉しい...ありがと...」
「うん...」
サクは優しく私の頭を撫でてくれた。
私の涙が止まるように、そろりそろり、と優しく...
私たちは海の見えるペンションで、永遠を誓った。
初めて出会った時、私には付き合っている人がいた。
だけど、その人との将来をしっかり考えることができず、思わずアプリに走った。
その中で、出会った人が...まさかこうして結婚にまで繋がるとは思いもしなかった。
付き合っていた人とちゃんと別れて、サクに本気で向き合いたいと伝えた時も、怖くて震えていた。
本命にする程の女じゃないって言われたらどうしよう、と。
だけどサクは受け入れてくれた。
生活リズムが反対でも、会う努力をしてくれた。
今までは体の関係で終わってしまうことが多かったのに、私を受け入れてくれる人がいたこと、正直驚いた。
だからこそ、どんどん惹かれていった。
サクを好きになってから、一人の時間を大切にできるようになった。
以前なら、返信が来ないだけで不安で仕方なくて、連続でラインを送ったりしてたのに。
サクは何故か信頼出来る人だった。
こんなにも穏やかに人を愛せることが出来るなんて知らなかった。
この出会いを授けてくれた神様に感謝しなきゃ。
ねぇ、サク。
私を選んでくれてありがとう。
これからもサクの自慢の奥さんでいられるように頑張るね。
歳を取っても綺麗でいられるように、サクに綺麗だって言ってもらえるように。
そして、出会った頃と変わらない愛をあなたに....
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