前髪を作った話|2|


そんなふうに守っていた防御壁の前髪でしたが、流行りのコロナによって維持できなくなりました。わたしは美容室を予約しません。いつも気分で行ってみて、空いてたらノリで切っていました。例えば読んでいる本が思いのほか最高で、この先盛り上がるなって時には一度本を閉じて美容室を覗きに行きます。気合いを入れるというか、身を正す感じです。この最高の本をこのまま読みきってしまうのは惜しい、という時です。そういう時は20㎝くらい切ったりします。


ところがコロナの影響で、混雑を防ぐために完全予約制になりました。予約していけばいいのですが、一昨年わたしはその美容室で意識を失った挙句救急搬送されており、美容室に行くぞと思うとまたもやご迷惑をおかけするのではなかろうかと緊張してしまいます。髪切りたい!美容室行く!という考える間もない状況だとわりと平気なのですが、予約となると刻々と迫る予定に向けて、気絶直前のあの感じがまた襲ってきたらと考えてしまいます。

美容室が一定時間逃げ出せない状況下というのもあって、とにかくゾワゾワします。行ってみて空間に慣れれば気持ち悪さは消えますが、そうなるまでの心臓の音たるや、お前今全力疾走でもしたんか?ってレベルです。これは多分これまで自己完結していた失神で他者に迷惑をかけたことによるトラウマ的なものなのでは、と思います。いい機会なのでそういうのの治療をしたいと思っています。これは深刻に悩んでいる、というよりはそういう機関に行ってみたい、という試験的な気持ちです。せっかくですから心理的な側面の治療も人生で一度くらいは試してみたい。


とにかくそのせいでわたしは美容室を極力避けるようになりました。とはいえ避け続けていると本当にひとりでは美容室に行けなくなりそうで怖かったので、1年に1回は気合いで行くようにしています。荒療治です。わりとしんどいのですが、今のところ粗相はしていません。

長年お世話になっている美容師さんに顔色を指摘される程度には真っ青になりますが、この「粗相をせずに行けた回数」の積み重ねでトラウマ克服になるんじゃないかな、と素人考えで生きています。


そうして極力美容室を避けた結果、伸び続けた前髪はオールバックにするしかなくなったのです。前述の通り、わたしの前髪は防御壁でした。そのため、おでこまで顔を曝け出して外を闊歩するのはなんとも心もとありませんでした。

化粧が苦手で、おでこの肌荒れを隠す技術もないですし、そもそも眉もうまく描けません。そういう、普通の女性は当たり前にできることができないのがバレるのも恥ずかしい一端だったと思います。はじめは本当に恥ずかしかった。例え誰にも気にされていないとわかっていても、いちばん自分が見たくないのです。


でも、人生はなんでも慣れです。鏡を見るたびに隠せない顔が視界に入るようになったので、いやいや眉をちゃんとするようになりました。最初はどうにもなりませんでしたが、今は多少思った通りにできるようになりました。また、今までは前髪で描かなくてもよかった眉を描くと、顔のなかで眉だけ目立ってしまうので多少眉に合わせてアイメイクもするようになりました。これも濃すぎる気がして羞恥心との戦いです。


そんなわけで、この1年は目元のお化粧にすったもんだしていました。内心です。当たり前みたいに新しいアイシャドウを買って、当たり前みたいに自分の顔を飾っているのではありません。お洋服屋さんに行くのが恐ろしいように、化粧品を買うのだって恐ろしいのです。少年みたいに育って、制服のスカートすら恥ずかしい時代があったせいで、自分が女の子らしいことをするのがなかなか受け入れられないんだと思います。


(続く)